第5話 いきなり ”最強の敵”

「カスピアのザナン・デイタス! 前回のヒューベルム王前試合トーナメントの優勝者!」


 天守キープの屋上で、アスタロテがおののいた。

 騎士は ”鎧” と同調していても、身体に自我を残している。

 城門前のライオネルを操っていても、本人は人格ともども天守司令所にいるのだ。

 そのアスタロテの美麗な横顔が、突如降って湧いた白金の ”騎士の鎧ナイト・メイル” に蒼白になっていた。


(あ~~、やっぱり)


 どこかで聞いたことがあると思ったよ。

 もちろん俺ではなくマキシマムの記憶でだけど。

 マキシマムはこのデイタスって騎士を意識していたなぁ。

 そして多分、向こうも同じ理由でマキシマムのことを。


「アスタ、心配いらないよ。あいつは俺が抑えるから。君は他の ”鎧” を頼む」


「マキシマム……」


『「恐れるな、イゼルマの兵士たちよ! 敵にカスピアのザナンあれば、味方にタイベリアのサークあり! どちらがハイセリア最強の騎士か証明してみせようぞ!」』


 と ”マーサ” の外部音声と自前の口で大口叩いておいてなんですが――頼むよ、俺の中の鬼畜騎士!


 次の瞬間、濃緑と白金の装甲が激突。火花を散らした。

 ”騎士の鎧” 用に鍛えられた巨大な長剣が同様に鍛造たんぞうされた盾を叩き、戛然かつぜんとした金属音を響かせる。


 打ち下ろし、斬り上げ、払い、薙ぎ、突き、弾き、カチ上げ、ドツク!


 互いに持てる技術とセンスと経験を、余すところなく注ぎ込んでの一騎打ち。

 戦いのあまりの激しさと見事さに、周囲の時間が止まった。


『なにしてるの! 攻撃して! 戦って!』


 意識をザナンの ”鎧” に集中しながら、周囲を叱咤する。


『――ソファイアのアスタロテ・テレシア、参る!』


 ハッと我に返ったアスタロテが叫ぶなり、抜剣させたライオネルを突撃させた。

 剣光が一閃し、虚を衝かれた一騎の首が斬り飛ばされる。

 あれでは ”切断” が間に合わず、接続していた騎士は離れた場所で訳もわからないまま息絶えただろう。


『ハリスラントのロイド・ロウ、ここにあり!』


 さらに城壁を飛び越えて、颯爽とロイドの ”蒼のアルタナ” が参戦。

 アスタロテとの息の合った連携で、浮き足だったヒューベルムの ”鎧” たちを切り崩していく。


(そういえばこのふたり、幼なじみだったっけ)


『こいつら、練度が低いぞ!』


『うむ、おそらく初陣だろう!』


(いや初陣なのは、あなたたちも一緒でしょうが)


 ロイドとアスタロテの会話に、思わず内心で苦笑してしまう。

 もちろんそういう瀬名岳斗自身も、これが初陣なんだけど。

 それでもヒューベルム最強の騎士を向こうにまわしての、この余裕。


(まったくマキシマム・サーク――あんたは本当に最強のチートスキルだよ!)


 斬!!!


『ば、馬鹿な……』


 脳天から股間まで幹竹割からたけわりにされたダイタスの ”鎧” が、呆然と呟いた。

 ヒューベルム最強の騎士だけあって、こちらは切断が間に合ったらしい。

 だがその外部音声も、両断された ”鎧” が倒壊すると同時に途切れた。


『空を飛ばないで戦ったのはさすがだよ』


 そして、


『イゼルマのマキシマム・タイベリアル・サーク、ヒューベルムのザナン・カスピア・デイタスを討ち取ったり! 我こそがハイセリア最強の騎士なり!』


 剣と盾を突き上げ、外部音声でこれでもかと宣言する。

 一拍置いて爆発する大歓声。

 戦死確実と消沈していた士気が、逆転した瞬間だった。


(戦場の空気を一瞬で塗り替える武神――まさしく呂布りょふだね)


 まるで無双ゲーム。ほんと苦笑するしかない。

 

 士気を青天井にあげたイゼルマ軍とは対照的に、凍り付いてしまったのが攻め手であるヒューベルム軍。

 なんといっても自軍最強の騎士が、目の前で真っ二つにされてしまったのである。

 ショックですぐには動けない。


 チャンス到来。


『がおーーーーーー!!!! ががおーーーーーー!!!!』


 いかにもな雄叫びをあげて、マーサが突進する。


「「「「「「「「「「ヒィッ!!?!」」」」」」」」」」


 先頭から後方へ、統制の乱れが津波のように伝播した。


『今だ、押し返せ!』


『よし!』


 寄せ手の動揺を見て取ったライオネルアスタロテアルタナロイドも、マーサに続いた。

 中庭で弓兵と投石器カタパルトの指揮を執っていたカリオンも、この機を逃さず、”血の道” を進軍する敵の主力に猛射を加える。

 広く整備された大陸幹道とはいえ数万の軍勢が、逃げる敵を追って我先にと進んでいたのである。

 ひとりでも射倒されれば足を取られた後続が将棋倒しになり、大きな混乱に発展した。

 投石器が放った巨岩が落下すれば、そのさらに何倍もの擾乱じょうらんを誘発する。

 その様子はさながら、投じられた小石によって水面みなもに波紋が広がるようだ。

 ホーンミル骨砕き城塞はその名のとおり、眼下の敵軍を砕きつつあった。


 状況が三度変わったのは、その直後だった。


「何事だ!?」


 キープ天守の屋上。

 俺の隣でライオネルを操っていたアスタロテが、狼狽の声を上げた。


「どうやら本気で怒らせてしまったみたいだね」


 自軍の混乱に業を煮やしいたヒューベルムの総司令官が、全軍をボーンミル城塞に向けてきたのである。


「馬鹿な!? 今になってあの大軍の指向先を変えるだと!?」


 本来大軍というものは、進んだり止めたりするだけで大変な労力を要する。

 ましてこんな状況で攻撃目標を変えるなんて狂気の沙汰だ。

 案の定ヒューベルムの主力は押し合いへし合い、収拾不能の事態に陥っている。

 圧死者だって出ているだろう。

 まともな司令官なら、こんな命令は絶対に出さない。


「……しがたきは生まれが良いってだけで、何万もの兵を指揮してる王侯貴族ってことさ」


 でもこれで――。


「仕上げに入ろう。の準備をするようにみんなに伝えて」


 俺は伝令を走らせた。


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