第4話 いきなり ”やぶ蛇”

 石造りの階段を二段飛ばしで駆け上がる。

 天守キープの屋上に出ると急報を告げる角笛ホルンの音が、直に鼓膜を叩いた。


「遅いぞ、何をしていた!」


 美貌の女騎士アスタロテ・テレシアが、振り向くなり睨む。

 城塞でもっとも高く視界の利くここに、当直士官として詰めていたのである。

 ここが防衛戦の司令所なのだ。


「ごめん――状況は?」


 開口一番謝った俺にアスタロテは面食らって、言葉に詰まった。


「見てのとおりだ。五〇〇〇ほどの兵が主力から離れて向かってきている」


 気勢を削がれたアスタロテは再び厳しい視線を、眼下に迫るヒューベルンの軍勢に向けた。


 ボーンミル城塞は東西に延びる台地が、一部南に張り出した地形に建つ。

 北側はくだんの貯水池がある以外はほぼ垂直の岩壁で、台地のさらに上部へと切り立っていた。

 東と西は峻険な崖であり、南側だけがどうにか通行できるつづらおり蛇行するスロープになっていて唯一の城門につながっている。


 つづらおりの先には台地と平行に、イゼルマとヒューベルムを結ぶ大陸幹道が

走っている。

 ”血の道” と呼ばれ、城塞に向かってくる攻城隊はその大街道を進軍する軍勢から分かれたものだ。

 血の道の南には昼なお冥い太古の大原生林が広がっていて、大軍はおろか人の侵入さえ許さない。


「抑えだね」


 あの五〇〇〇の部隊でこの城塞を取り囲んで、主力がこちらの本隊を追撃する間、手出しができないようにするつもりだろう。


「旗の数が少なかったかな?」


 俺はチラリと城壁に視線を走らせた。

 立てられる限りの旗旒が、強風にはためいている。

 どの旗にも不死鳥フェニックスを模したイゼルマ帝国の国章が、鮮やかに刺繍されている。

 城に籠もっている兵を多く見せようという悪戯だったけど、あまり上手くいかなかったみたいだ。


「正直、あの三倍~四倍、出来れば全軍できてほしかった」


「はぁ!? おまえは馬鹿か!? 五〇〇〇でも我らには手に余りすぎる数だろうが!」


「う、うん、それはそうなんだけど……」


(キッツイなぁ……アスタロテさん)


「でも俺たちが助かるためには、向かってくる敵は多ければ多いほど――」


「出たぞ! ”騎士の鎧ナイト・メイル” だ!」


 言い訳じみた言葉は、アスタロテの鋭い声に斬り裂かれた。

 迫る重装歩兵たちの陣列が割れて、ひときわ大きな体躯の人影が現れた。

 1、2、3、4、5――その数、ざっと一〇騎以上。

 破城槌代わりの、古代の戦闘人形たちだ。


 俺はひとつ息を吸い、そして吐き出した。


「よし、行こう」


 ”騎士の鎧” に対抗できるのは ”騎士の鎧” しかない。

 この城で奴らを迎え撃てるのは、捨て石にされた五人の下級騎士だけだ。


(……接続……同調………………覚醒!)


 マキシマム・サークの記憶に従って、自分の ”鎧” を起動させる。


「頼むぞ、マーサ!」


 その瞬間俺の意識は、中庭で待機していた”騎士の鎧マーサ” とシンクロした。

 サーク家の重代じゅうだいの家宝。

 主の意思を読み取りその何十倍もの力で挙動を再現する超古代文明の戦闘人形が、一跳躍で城壁を飛び越え、城門とヒューベルム軍との間に割って入った。

 両眼デュアルアイが紅く光り、濃緑の装甲が敵を睥睨へいげいする。


 同時に城壁や中庭からロングボウの矢雨が、血の道を進軍する敵の主力に向かって放たれた。

 さらには数基の投石器カタパルトが、大質量の岩塊を叩きつける。

 これがこのボーンミル城塞の戦略的な価値だ。

 高所から大陸幹道をやくしている重要性は計り知れない。


(つまり、その重要な軍事拠点を放棄しなければならないほど、イゼルマは追い詰められてるってことだね!)


 城塞の遙か上空を無数の ”騎士の鎧” が、雲を引いて飛び去っていく。

 単体での飛翔が可能な上級騎士の ”鎧”。

 追加装備オプションの ”飛竜の翼” を装着した、下級騎士の ”鎧”。

 いずれも本国を目指してひた走る、イゼルマ軍の本隊を追撃する騎影だ。

 すぐにでも本隊の頭上を守る直援隊と、激しい飛翔優勢の奪い合いが始まるだろう。


(頼むから、こっちに目移りしないでくれよ!)


 飛翔能力を有する ”鎧” と有さない ”鎧” では、戦闘力の差は歴然だった。

 単純に三次元機動の可否だけでなく、戦闘はエネルギーの大きい方が有利なのだ。


 運動エネルギーである速度。

 位置エネルギーである高度。


 どちらも飛翔できる ”鎧” の方が圧倒的に大きい。

 だからそういう ”鎧” は、みんな本隊の方に飛んでいってほしかった。


『ぼやっとするな!』


 隣に降り立った真紅の ”鎧” から叱責が飛ぶ。

 アスタロテの ”ライオネル” だ。相変わらず目立つなぁ。


(いけない。俺たちの役目はの ”鎧” を相手にすることだった。まずはそっちをどうにかしないと――)


 城塞に籠もっているのは俺やアスタロテたちが引き連れてきた郎党と、申し訳程度に与えられた弓兵や投石器を操る兵だけ。

 五人の郎党はそれぞれ五〇人前後で、全員を合わせても五〇〇人もいない。

 当然全員が死を覚悟していて士気も低い。というかゼロ。


(だからせめて少しでも希望を与えないとね! 頼むよ、ハイセリアの呂布りょふ奉先ほうせん!)


『やあやあ我こそはイゼルマ一の武辺者、タイベリアルのマキシマム・サークなり! ヒューベルムの弱兵どもよ、見事我が一撃を防げるか!』


 芝居がかった口上が ”鎧” の外部音声から轟いた。

 イゼルマの鬼畜騎士の狂名は、遠くヒューベルムにも響き渡っている。

 これでちょっとでも敵が怯んで無双でもしてくれれば、味方の士気も少しは――。


 その時、目の前に突然一騎の ”鎧” が飛来した。

 稲妻のごとき機動で上空から舞い降りてきた、上級騎士の ”鎧” 。


『マキシマム・タイベリアル・サークの名は、ヒューベルムにもつとに届いている。我は ”カスピアのザナン・デイタス” 。いざ尋常に勝負』


(あ~……その名前もつとに届いてます。確かヒューベルムの最強騎士さん……ですよね?)


 あら~~~~~~~~。


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