第3話 いきなり ”敵襲”

 俺が転生した世界は ”ハイセリア”って呼ばれている。

 文明の程度は、ようやく中世を抜け出しつつあるヨーロッパといった感じだ。

 ハイセリアにはいくつかの国があるんだけど、そのうちのふたつが対立している。


 ”神聖イゼルマ帝国” と ”ヒューベルム諸公連合王国” だ。


 両国ともに大国で、俺こと瀬名せな岳斗がくとが鬼畜騎士マキシマム・サークとして転生したのが、そのうちのイゼルマ帝国ってわけ。


 ハイセリアには大昔に栄えた凄い文明があったらしい。

 いわゆる超古代文明ってやつで、”騎士の鎧ナイト・メイル” はその遺物だ。

 ”鎧” はたいがい土中に埋もれた遺構リメインズから発掘されるんだけど、この時代にはすでにあらかた掘り尽くされていて、今ではほとんど見つからなくなっていた。


 戦争のたびに消耗される ”鎧” は、有史以来数が減り続けている。

 イゼルマもヒューベルムも誇張して発表してるけど、稼働数は互いに一〇〇〇騎を割り込んでいるらしい。


 このことが逆に、ここ一〇〇年ほど両国の間で大きな戦争が起きていない理由になっていた。

 下手に戦争になって保有する ”騎士の鎧” のバランスが崩れたら国家存亡の危機になっちゃうからね。


 だけど――。


「ヒューベルムで見つかった大規模な遺構の話、あれって本当だったのかなぁ?」


 本隊が出払ってガランとした城内を見回りながら、疑問が口を衝いた。


「と、おっしゃいますと?」


「いや、もしかしたら俺たちを誘い込むための、偽報だったんじゃないかってね」


 共に見回っているモーゼス・ヴァイルが、俺の言葉に眉根を寄せた。

 サーク家の家老格であり、従軍している五〇人の郎党を束ねている男だ。


「未発掘の ”騎士の鎧” が、もしかしたら何千騎も眠ってるかもしれないだなんて、普通に聞いて眉唾っぽくない?」


「それは……確かに」


 モーゼスの顔に戸惑いが浮かぶ。

 四〇代前半の壮年の武人は忠実で勇猛。

 マキシマムの亡父の代からサーク家に仕えていて、こんな嫌われ者が家督を継いだあとも、に奉公してくれている。


「ではマキシマム様は、すべてはヒューベルムのはかりごとであったと?」


「でもそうなると、それはそれで辻褄が合わなくなるんだよね」


「?」


「せっかく一〇〇年も小康状態が続いているのに、今になって戦争を始める理由ってなに? ってこと」


 ようやく納得がいったようにモーゼスがうなずく。


「どちらにせよイゼルマの精鋭一〇万は、艱難辛苦かんなんしんく ”塩の原野”と ”大氷壁” を越えてここまできちゃった。早く逃げないと皆殺しにされちゃうよ」


 発見されたという遺構の真偽はともかく、イゼルマ軍が大遠征の末にほぼ同数のヒューベルム軍に半包囲されてしまったのは紛れもない事実だ。

 グズグズしていたら帝位継承権一位の第一皇子を総司令官に戴く一〇万の味方が、遙か異邦の地で ”草むすかばね” を晒すことになる。


「……」


「? どうしたの?」


「いえ、まさか殿の口から逃げるなどという言葉を聞くとは思わなかったので」


「今さら強がったところで始まらないよ」


「ですがそのお考えには同意いたします。我ら一同生きて帰らなければパトリシア様が悲しみますからな」


「パティ……か」


 パトリシアというのは、マキシマムと一回り一〇才離れた妹だ。

 兄とは似ても似つかない明るく無邪気な女の子で、家臣からだけでなくサーク家が治めるタイベリアルのすべての人間から愛されている。

 他の人間が揃いも揃って忌避するマキシマムにも懐いていて、出征する兄たちを涙で見送ってくれた。


 俺自身は出征中に転移してきたんで、直接会ったことはないんだけど。

 サークの記憶の彼女は、とてもよい子だと思う。


「彼女を悲しませないためにも、全員で生きて戻らないとね」


 珍しく真面目な顔で首肯すると、俺はモーゼスを伴って屋外バルコニーに出た。


「少ないね」


 城の裏手には溜め池が築かれていたが、水量は半分以下にまで減っている。


「対陣が長引きましたから。ここ最近は雨も少なく、このままでは早晩渇き死ぬことになるでしょう。ですから――」


「わかってる。水攻めは無理だな」


 溜め池を崩して、諸葛孔明みたいに敵を押し流してやろうと思ったんだけど……。

 この水量じゃ、せいぜい足下が濡れるくらいだ。


 他に何か使えそうなものはないかと城内を見渡してみても、中庭にこれまでの戦闘で討ち取ったり討ち取られたした ”騎士の鎧” が積まれてるぐらい。

 二〇体ほどあったがどれも酷く破壊されていて、再起動はとても出来そうにない。

 部品も使える物は根こそぎ本隊に持ち去られてしまい、俺たちの ”鎧” の修理にも使えなかった。


「せめて精核コアが爆発してコロニーに穴を開けるくらいなら、爆弾の代わりにできたんだけどねぇ」


「は?」


「はは……いや、こっちの話」


 ま、無い物ねだりは非生産的な言動の代名詞だ。

 料理は冷蔵庫にある具材で作るしかない。


 ブォ~~~~~ッッッ!


 その時、吹き鳴らされる野太い角笛ホルンの音が響いた。


「殿!」


「本隊が逃げ出したことに気づいたみたいだね――敵、来るよ」


 俺は表情を引き締めた。

 とにかく生き残らないことには ”ざまぁ” もできない。


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