第6話 いきなり ”大成功”

 一〇万を超えるヒューベルム軍がいきなり攻撃目標の変更を命じられ、大混乱に陥っていた。

 気の毒だけど、付け入るなら今しかない。

 でも今すぐでもない。


「マキシマム!」


 ボーンミル城塞の天守キープ

 その屋上に設置された司令所で、アスタロテが俺を見た。

 ふたりともここにいながら接続した ”騎士の鎧ナイト・メイル” を操って、城門も守っている。


「まだだ。まだ早い」


「だが一部の敵が混乱をまぬがれて向かってきているぞ!」


 混乱しているとはいっても、敵の全軍じゃない。

 運良く行軍陣形の外側にいて比較的自由の利く部隊が、命令を遵守して(……というよりも、味方の混乱に巻き込まれないように)城門に続く坂を登り始めている。


「あれだけじゃ足りない。もっと引き付けるんだ」


 穏やかだけど有無を言わさない俺に、アスタロテが押し黙った。

 焦って手を出してしまったら意味がない。


 城門に続くつづらおり蛇行する坂道には、すでに最初の寄せ手五〇〇〇が押し合いへし合いしている。

 これだけでも城内にいる五〇〇の味方は袋の鼠なのに、さらに何倍もの新手。

 マキシマムの活躍で盛り返した味方の士気も、あっという間にしぼんでしまった。


「マキシマム!」


 やがて新手の先頭が寄せ手の後方に達したとき、アスタロテがたまらずに叫んだ。


「ここだね――ボーランに合図を!」


 指示を受けた信号兵が、城塞の裏手にいるボーラン・ゴードに旗信号を送る。


「やれやれ、やっと出番か! ――そらいけ!」


 ボーランが自身の ”鎧”で貯水池の縁に巨大なくさびを打ち込み、彼の郎党も一斉に土木作業の仕上げに取りかかる。

 溜め池の南側 ”血の道大陸幹道” に面した箇所が次々に決壊し、貯められていた水が流れ出す。

 半分以下にまで減ってはいるが、それでも水量自体はほどほどにある。

 流出した水は城塞の外壁をほどほどの勢いで伝わり、幾重にも折れる坂に零れた。


『なんだ、これは? まさか水攻めのつもりか?』


 足下を流れゆくわずかばかりの水に、寄せ手の ”鎧” が外部音声で罵った。

 付き従う兵士たちも、こちらの意図がつかめずに困惑している。


『わははは! 笑えや、皆の者! 追い詰められたイゼルマの哀れな浅知恵を!』


 俺たちへの嘲笑は彼らの足を濡らす水に合わせてゆっくりと、だが確実にヒューベルムの全軍に浸透していった。

 そしてついには、戦場を揺るがす大笑に変わった。


「今だ!」


「よし、本命を叩き込め!」


 俺が叫ぶや否や、中庭の指揮を執るカリオンが鋭く命じた。

 投石器カタパルトが唸りをあげて、足を濡らしたヒューベルム軍に向かって弾体を投射する。

 その数一〇発。


『馬鹿め! その程度の数、混乱は起こせても痛痒つうようには――』


 なおも外部音声で嘲る ”鎧” の眼前で、固く閉ざされていた城門が開いた。

 同時に跳び退すさる、マーサ、ライオネル、アルタナの三騎。


精核コア……?』


 自分に向かってゴロゴロと転がってきた物体の意味を理解したときには、寄せ手の ”鎧” は接続していた騎士ごと文字どおり凍り付いていた。


「水攻めじゃなくて、だよ」


 ”騎士の鎧ナイト・メイル” の精核は、爆発してスペースコロニーの外壁に穴を開けるようなことはないが、その代わりにとんでもない強さの冷気が封じ込まれている。

 触れようものなら人間だろうと ”騎士の鎧” だろうと、一瞬でカチンコチンだ。

 それでも周囲何十メートルを凍らせることはできない。


 ただし、


 絶対零度もかくや冷気はほんの少しでも濡れていれば伝わり、対象を瞬間的に冷凍する。

 直後投石器が放った一〇個の精核が、眼下を埋め尽くす敵軍に満遍まんべんなく降り注いだ。

 着弾の度に、ヒューベルム軍の直中に真っ白な円が拡がる。

 くるぶしにすら達しないわずかな水が一〇万を超える大軍勢に、痛痒を超えた痛撃を与えたのだ。


「うおっ! 上手くいったぞ、マキシマム!」


 信じられない! といった風にアスタロテが振り返った。

 いつも厳しく凜々しい顔が、年頃の少女のように輝いている。

 でもそれも一瞬で、すぐに自分がマキシマム・サークを嫌っているこを思い出したようだ。

 ふんっ! とまた横を向いてしまう。

 俺は苦笑し、それから再び表情を引き締めた。


「脱出する」


 遠隔操作のマーサに城門を守らせたまま、天守キープの屋上から中庭へと駆け下りる。

 中庭ではカリオンの指示で、五〇〇の守兵がすでに集合していた。


「”騎士の鎧” を先陣・殿しんがりに血路を拓く! 全員で生きて帰ろう!」


 俺は叫ぶと、マーサのすぐ後ろに立って駆け出した。

 ボーラン、カリオンがそれぞれの ”鎧” と続き、アスタロテとロイドがライオネルとアルタナと共に最後尾を守る。


『「我こそは、タイベリアルのマキシマム・サーク! 見事と我が行く手を遮ってみせるか!」』


  ”鎧” の外部音声と自分の口の両方で叫びながら、凍り付いたヒューベルム兵を砕き散らしていく。

 平常なら怖気を震う光景だが、誰も彼も、もちろん俺自身も、戦場の狂気に取り憑かれていて何とも思わない。

 頭にあるのはただただ、


(死にたくない! 生きて帰りたい!)


 という思いだけだ。


 つづらおりに続くスロープをマーサを先頭に突き進む。

 後ろから二列縦隊を組んだ五〇〇の兵が、決死の形相で追随してくる。


『「どけえええーーーーーっっっっ!!!」』


 肺腑はいふから絞り出すような絶叫がほとばしったとき、砕けた敵兵の先に視界が拓けた。

 三騎の ”鎧” が鋭い槍の穂先となって、ヒューベルムの大軍を貫通したのだ。


「ボーラン、カリオン、このまま味方を導いて ”塩の原野” を目指せ! 心臓が止まるまで駆け続けろ!」


「おまえはどうする!?」


「最強騎士の居場所はいつだって敵の一番多いところだよ――行け!」


 ボーランがうなずき、カリオンも一瞥いちべつをくれてから走り出す。

 俺は味方の感謝の眼差しを横目に縦隊を逆走、最後尾に向かう。

 視界の中で次々に転倒・将棋倒しになっていたのは、氷結を免れた敵兵だ。

 凍った地面のうえでは追撃どころか、歩くことすらままならない。

 味方は滑らず逃走を続ける。

 行動の自由を別けたのは、”大氷壁” を越える際に使ったアイゼンの有無だ。


 二〇秒と掛からず、最後尾に達した。

 そこで目にした光景は――。


「――アスタロテ!?」


 破損した自身の ”鎧” の足下にくずおれる、女騎士の姿だった。


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