2−1 入部した場合

 四月春。年度始まりのこの時期は学生にとっても社会人にとっても新しい始まりを予期させる季節だ。


 高校野球という意味では選抜大会が終わり、その熱狂冷めやらないまま新入生を迎えて最後の夏の大会に向けた追い込みを始める。


 それは俺も変わらない。三月中は新入生といえども練習の見学しかできず、参加はできなかったが、四月になった今日からは練習に参加できる。


 学校に隣接した寮に入っている人間もいれば、俺のように家から近いから徒歩で通う部員もいる。今日は春休み期間ということで集合自体は朝の八時。それまでにユニフォームに着替えてグラウンドに集合とのこと。


「千紗姉、行くよ」


「ま、待って。今行く!」


 どっちが上なんだかわからないな。俺たちが通う帝王学園は歩いて十分ほどの場所にあるため、寝坊しなければ余裕で間に合う場所。


 校則が緩く、部活動のために登校するなら制服は着てこなくていいとのことなので、俺はユニフォームだし、千紗姉は学校指定の赤いジャージ。


 並んで歩いているが、千紗姉の歩くスピードに合わせても、余裕がある。


「マネージャーはいつも八時でいいんでしょ?楽勝じゃん」


「あんたら選手は学校始まったら六時半集合だからね。マネージャーもそうだけど、部員の皆も土日や長期休業中は朝が楽だって言ってるよ。試合が第一試合とか、遠征じゃない限りゆっくりできるからね」


 そういう生活を一年こなしてきたにしては、足取りが重い。喜沙姉みたいに仕事で深夜まで起きてるわけでもなし、睡眠時間は足りてそうだけど。


 強豪校のすごいところなんだろうけど、後援会がしっかりしているからか部員一人一人が水筒を持っていかなくていいというのは荷物的に楽だ。お昼も寮の食堂で食べられるし、美沙の負担が減らせる。うん、いいところ選んだ。


 家の近くは桜が植えられていないから春らしい風情が少ないけど、春に変わりはない。千紗姉と同じ学校に通うって事実がそれを強調する。


 なんだかんだで小学校からずっと千紗姉と同じ学校か。美沙に聞いたら美沙も帝王に来るらしいし。今の成績からしたらもっと上の学校目指せると思うんだけどな。帝王ってスポーツに力入れてるからか、偏差値は五十ちょっとくらいだし。


 喜沙姉だけ違う高校に行った。中学卒業する時点でアイドルになることを決めていたために、出席に融通が利く学校を選ぶ必要があったからだ。


 それが売れに売れて、国民的アイドルだからなあ。


「千紗姉って今日なにすんの?基本って新入生の身体測定だろ?」


「その手伝いに決まってんでしょ。ボール出したり記録を紙に書いたり。あんたたちは休憩時間あるけど、あたしらはフルで動くの」


「マネージャーって何人いるんだっけ?」


「今んところ五人。新入生は入学式終わってからだから増えるかも」


「マネージャーも入部制限かけてるんだろ?どんな審査すんの?」


「誓約書書かされるっていうか。選手のプライベートを暴露しないとか、バイトをしないとか、練習に欠かさず来るとか」


「最後の、去年の最初あんまり守ってなくね?」


「監督の判断次第。あたしはついでに有力な中学生を発掘してこいっていう名目で観戦に行ってたから、一応部活動の範疇よ」


 推薦に関わる資料を入ったばかりの一年生に作らせたのか。いや、考慮する程度だろうし、言い訳の一部だろう。


 青少年の進学に関わることを一学生にやらせたりしないだろう。


 校門が見えてきた。大きな校舎が二棟に、大部分がスポーツの運動場。体育館が二つに、越県入学者、遠方の生徒用の学生寮も男女用である。ここでさらに驚きなのが、野球部専用の寮があることだ。


 野球部は甲子園常連校ということで他の部活よりも成績が良く、大所帯だ。部員数が他の部活に比べて倍もいるためにそういう措置が取られたらしい。野球ブームの時は今よりも部員が多かったというんだから、専用施設も必要になるだろう。


 けどそれで野球部が変な目で見られるということもなく。実績を挙げてきているので、文句が出ないんだと。あとは野球部が相手を不快にさせない学校生活を心がけているらしい。


 校門をくぐってそのまま野球グラウンドへ。千紗姉によるとグラウンド近くの屋根がある場所に通い組は荷物を置いていいそうなので、そこに置こうとしたら既に先客がいた。先輩だろうか。


「宮下。……新入生を引っ掛けてきたのか?」


「な訳ないでしょ。柴くん。これ、弟の智紀」


「初めまして。新入生の宮下智紀です。よろしくお願いします」


「あー。遠征サボってまでお前が追っかけた弟か。ニュースで見たよ、U-15のアメリカ戦。あのリリーフは神がかってた」


「ありがとうございます」


 千紗姉がくん付けだから二年生だろう。練習は見学してたけど、名前と学年は全然だ。


 第一印象が悪いと困るので、できるだけ丁寧に。体育系社会だから、上下関係はしっかり、だ。千紗姉だってそこのところはしっかりしてる。先輩には先輩をつけて呼称する。


「二年の柴光秀しばみつひでだ。外野手やってる。見ての通り通い組だ」


「よろしくお願いします。俺の希望ポジションは投手です」


「だろうな。それ以外だったら全員腰抜かすぞ」


 荷物を置いて千紗姉と別れてグラウンドへ入る。きちんとグラウンドに礼をしてから新入生の列に並ぶ。最初は監督からの挨拶と、新入部員の自己紹介をやるとのこと。寮組は同じ部屋になった先輩からその流れを聞いているらしい。


 新入部員は既に十人ぐらい集まっていた。三列に並ぶように言われたので、その通りに。見知った顔はいなかった。同じシニアからここに進学したやつはいなかったし、多分対戦しても一回か二回くらいのもの。


 田沢シニアの高宮隼人たかみやはやとは知ってる。シニアでも優秀なキャッチャーだった。打ってよし強肩でリード巧みと有名なキャッチャーだった。見学でも一緒にいたので、軽く手を上げて挨拶すると向こうもよっと返してくれた。新入生で無駄口叩いてちゃまずいだろ。


 それから待つこと十分。新入生が全員集まって整列。上級生も集まって監督が一番前に来る。


 強豪校にしては珍しい、四十代の男性だ。


「俺が監督の東條健吾とうじょうけんごだ。今年もこれだけの新入生に恵まれたことに感謝する。そして、甲子園へ出場する仲間として、ライバルとして、全員切磋琢磨してほしい。我が部は一軍から三軍まで存在し、年齢に関係なく優秀な人間は一軍にして起用していく。それは新入生であっても変わらない。目指すは頂点だ。脱落者がいないことを祈る。では、新入生は右から順に自己紹介をしていけ」


 東條監督から近い列の新入生から自己紹介をしていく。名前とポジションを覚えていくが、一回じゃ流石に覚えられない。東京のシニアに所属していた人間ならなんとなく思い出してわかるんだけど。


三間宗輔みまそうすけ。出身は香川県の本庄シニア。希望ポジションはサードです!強打が持ち味です!」


 香川。越県も越県だ。多分推薦組だろう。埼玉や千葉から来る人間はいても、四国は初めてだ。


 あ、俺の番だ。


「宮下智紀。東京の江戸崎シニア出身です。希望ポジションはピッチャー。あと、そこに姉がいます。よろしくお願いします」


 千紗姉を指差してから頭を下げる。登下校を一緒にすることになるだろうからさっさと言っておけと命令されていた。面倒ごとは増やしたくないので、さっさと潰しておく。


 俺が自己紹介をしていると流石に知っている人がいるのか、主に先輩たちから視線を向けられる。まあ、さもありなん。


 新入生の自己紹介が終わると、新入生と三軍の部員は第二グラウンドに移るように言われる。第一グラウンドは一軍が使用し、二軍は室内練習場へ向かう。本当に野球部にとって豪華な施設ばかりだ。


 準備運動をした後にキャッチボールを。ちょうどよかったので高宮と組んで、肩を作る。


「まずは遠投だ。名前を呼ばれた者からやるように。まずは安倍」


 五十音順らしい。ホームベースの近くにラインが白線で引かれていて、そこから何メートル飛ばすかってところか。


 目を引いたのはやっぱり高宮。強肩と言われるだけあって、百メートル近く投げた。俺も負けていられないと、同じくらい飛ばしたけど高宮には勝てなかった。ちくしょう、投手なのに。


「次はベースラン」


 バットを振ってホームからホームまで一周するタイムを競う。足はあんまり自信がない。長距離走ならまだしも、ベースランは野手本業の方が速いだろ。


 ベースランが一番速かったのは外野手希望の、出身は神奈川のボーイズから来た千駄ヶ谷裕之せんだがやゆうすけ。俊足が武器って言ってたからな。


「続いてシートノック。投手希望の者は第二希望ポジションへ行くように」


 なら俺は外野だ。U-15でも、登板がないときは外野をやってたし。投手希望が外野に行くのは珍しくないからな。あとはファーストだろうか。


「やあやあ宮下君。僕は千駄ヶ谷。よろしくね」


「ああ、よろしく。足速いな」


「センターやるなら守備範囲をカバーするのに足の速さがものを言うからね。いずれは走攻守揃えたいけど、まずアピールするならこの足だから」


 ノックでも千駄ヶ谷は落球なく捕って、返球も正確にしていた。肩はそこまでじゃないけど、とにかく守備範囲が広い。彼に守ってもらったら守備がだいぶ楽だろうな。


 俺も落球なく終わらせる。軟式出身者はボールの伸び具合、ボールの硬さなどに困惑していて目測を誤ったりして奮わなかったが、そこは経験値の差だからな。


「続いてバッティング。準備をするまで一時休憩」


 三軍の先輩たちが守備についてくれるらしい。十分ほどの休憩をしている間に、三間が話しかけてきた。新入生の中でも大きい自信があったが、三間の方が若干高い。くそ、負けた。


「お前があの宮下か?外野でもやっていけそうだな」


「でも本職じゃないからな。たまに外野で出ることもあるくらいで、ピッチャーの方がいいよ」


「ハッ。世界大会で外野守ってた奴は言うことが違いますなあ。オレらのこと下に見てんのか?」


「まさか。チームスポーツで仲間を下に見るわけないだろ。それに、あの試合は出来過ぎだ。十割抑えられるわけもなし、俺よりすごい投手もいるし、羽村には打たれるヴィジョンしか浮かばないぞ?だから、みんなが俺を負けない投手にしてくれ。いくら打たれても打ち返してくれれば勝てる」


「極論だな。だが、気に入った!」


 思いっきり三間に背中を叩かれる。いいけどね。さっきまでの強面から、一気に破顔した良い笑顔を向けてくれた。


「お前が天狗のクソ野郎じゃないかと心配したが、杞憂だったか」


「すごい偏見だねー。何をどう見たらそうなるのさ?」


「雑誌のインタビュー。宮下喜沙のインタビューに素っ気なく答えてるから、嫌な奴なのかと」


 U-15の。だって喜沙姉にインタビューされても、いつもの延長だし。雑誌の記者さんがテンション高すぎる球児たちの受け答えの編集大変だったってぼやいていたそうな。


 あの記事見たけど、冷静に受け答えしてたの俺と羽村だけだった。表彰された二人がそんなのだから、イケ好かないと思われても仕方がないかもしれない。


 三間の隣に千駄ヶ谷が並ぶが、小さいわけではないはずなのに小さく見える。高校一年生の平均身長はありそうだけど横幅がないから小さく見えるのかな。


 三間が年齢の割にがっしりしすぎという話がある。上背もそうだけど、胸筋とかもあるからな。これはスラッガーだわ。


 千紗姉が喜沙姉のこと全然話してないって言ってたから、知ってる人はあまりいないのか。言うつもりもない。面倒だし。


「唯我独尊とかお山の大将で勝てる投手がどんだけいるんだよ?」


「むしろそれで勝てるってわかったらやるの?」


「やったら姉に怒られるから、やらない」


「あのお姉さん、そんなに怖いんだ。綺麗な人なのに」


 千駄ヶ谷よ。外見と怒ることは比率なんてないぞ。綺麗だろうが可愛かろうが、怒るときは怒るんだ。


 あと一番怖いのは母さんかな。千紗姉に怒られてもあんまり怖くない。姉二人はダメな部分が多いからな。むしろ美沙が母さんの優秀なところをかなり引き継いでる。だから三姉妹で怒らせたらダメなのは圧倒的に美沙だ。


 千紗姉がこっちを見ているけど、地獄耳なのか直感なのか。なんでもないという風に手を横に降るけど、それでもじっと見てくる。信用ねーな、俺。


 バッティングの準備ができたらしいので、俺たちも準備をする。バットを出して素振りしているか投手の球筋を見ているか。俺なんて最後の方だからおそらく投手代わってるだろうし、自分のペースで素振りをしている。


 内容は十球でどれだけヒット性の当たりを打てるかというもの。もちろん変化球もありなので、総合力を見るそうだ。ボールはカウントされない。ストライクを十球で換算するようだ。


 千駄ヶ谷がヒット性の当たりを七本打ったことには周りからもおおという驚きの声が生まれた。バットコントロールが非常に良い。力はなさそうだが、ヒットを打てる俊足な奴というだけで有能だ。


 高宮は長打を含む五本。フェンス直撃を打つなど、オフシーズンもしっかり鍛えていたらしい。俺は一ヶ月くらい成長痛が来て体幹トレーニングしかできなかった時期があるから、ちょっとだけ羨ましい。他の人にもそこら辺を聞いてみたいところだ。


 ここで投手が交代。ボール球も含めて結構な数を投げてるからな。


 新入生は全員で三十三人いる。それを一人で投げ切るはずがない。


「ダラァ!」


 カキーン!


「グオラァ!」


 キーン!


「だらっしゃあ!」


 カキーン!


 うん、すごい。打力は新入生の中で一番だろう。今打ったのも引っ張った打球でライトのフェンス最上段に当たった。練習試合とかだったらホームランだな。三間、すごい打者だ。


 あの掛け声も凄い。ハンマー投げとかと同じで、叫んだら飛距離が伸びるんだろうか。試す気ないなあ。


 ただフルスイングしているだけじゃない。ちゃんと自分の懐に呼び込んで、その上でパワーで飛ばしている。流し打ちは苦手そうだけど、ミート力もある。あとは左打者だから左投手だとどうかって問題だな。


 結局十球中七本。打球の強さからも、トップと言って良いだろう。


 俺は五本止まり。野手は本業じゃないんで、これくらいで勘弁してください。


「次はバッテリー希望の者のみホームに集合。他の者はお互いに自己紹介をして交流を深めておけ。午後から必要になる」


 というわけでホームへ。新入生で投手希望は俺含めて四人。武蔵野シニアのたいらだけ知ってる。左のオーバーハンドの軟投派だ。他の二人は知らない。


 捕手希望は高宮ともう一人だけ。捕手って大変だからやりたがる人少ないんだよね。チーム事情で仕方がなく捕手やってた人もいるだろうし。その大変さを知ってるから高校では別のポジション、よく聞く話だ。


「まず投手は高坂こうさか。捕手は佐々木ささき。投手は投げる前に投げる球種を宣言。捕手の構えたところへ目掛けて投げること。投げる数は二十球」


 東條監督が審判をする時のマスクと防具をつける。捕手の真後ろから見るつもりなのだろう。千紗姉がスピードガンをネットの後ろで構えてる。その数字も記入するのか。


 捕手に構えるところを指示して、そこへ投げさせる。二十球投げ終わると監督がメモをして、終わったら次の投手が呼ばれる。俺は最後のようだ。


 三番目のひいらぎが投げる前に捕手が高宮に。高宮のキャッチングも上手い。ボールの勢いに流されず、ピシッと止まっている。変化球にもアジャストしてるし、やっぱり能力が高い。


「次、宮下」


「はい」


 マウンドに上がって、土の柔らかさを確認する。それと前の人たちの作った足場を直してフラットな状態に戻す。足幅が違うからな。引っかかって無様なボールを投げないようにしないと。


 諸々の準備が終わったので、高宮に告げる。


「ストレート」


 さて。高校野球初めての投球だ。気持ちが昂ぶっている。ここから俺の高校野球が始まる。


 腕が軽い。構えられたミットの真ん中へ。全ての動作のどこに力が入っているか確認しながら、糸を通すように腕を振るう。


 パァン!と気持ちいい音が聞こえた。やっぱり誰かに捕ってもらうのはいい。入学するまでもシニアのチームメイトに会って受けてもらっていたが、新しいチームメイトに受けてもらえるというのはまた別格だ。


 続けて投げて四球目。そろそろ変化球を投げないと。


「チェンジアップ」


 これは千紗姉に相当絞られた変化球だ。フォームがストレートの時と一切変わらないように作り上げた、努力の結晶。


 力を抜くことなく、さっきと同じように腕を振るう。ボールはさっきと同じ軌道を描きながら、ブレーキをかけてゆっくりとミットに収まる。速度がだいぶ違うから、打者からしたら戸惑うらしい。自分のボールを打席で見ることはできないからなあ。


「スライダー」


 縦ではなく横のスライダー。空振りを取るためのウイニングショット。それは右打者から逃げるようにスライドしていき、高宮の膝へ滑っていった。スリークォーターの投げ方だと、かなり使いやすい球種だ。それに変化量も大きいから、決め球としてかなり信頼できる。


「シンカー」


 スライダーの逆。アメリカ戦で投げた右打者へ向かって沈んでいくボール。これは変化量が少ないが、詰まらせるにはこれがいい。これも高宮の足元へ沈んでいく。スライダーが使えたからこそ、別方向への変化球が欲しかった。そして磨いていたらアメリカ戦で投げられるようになったわけだ。


 賭けすぎて千紗姉に後から怒られたけど。


 この三つの変化球も混ぜて二十球投げ終わる。監督はメモを続けて、書き終わったら一年生の方を見てこう告げた。


「第二グラウンドにいる者は食堂へ移って昼食。食べ終わったらまたここに集合だ。再開は一時半。解散!」


 先輩方について行って寮の一階にある食堂へ移る。メニューは全員決まっているようで、この食堂で働いているおばさんから一式受け取る方式らしい。部員は必ず丼ぶりで二杯食べることが原則。食育の一環だろう。女子マネも一緒の場所で食べるらしい。ご飯は一膳だけど。


 俺は高宮と三間、千駄ヶ谷と一緒に席につく。さっきまでの試験で目立っていたメンバーだ。他の新入部員はあまり近寄ってこない。


「なあ、宮下。お前最速何キロなん?」


「智紀でいいよ。姉貴いるから紛らわしいだろ」


「んじゃ智紀。で、何キロなん?」


「あのアメリカ戦の138。春になってから測ってないから、多分そんなもん」


「速っ」


「家にスピードガンあるのか」


「高宮くんもよく捕れるよね」


「高校で通用するようにキャッチングは練習してきた。強豪校なら140km/h投げる人はいるだろうからって」


 会話しながらも箸を進める。口の中に何もない時に話しているが、三間を除いて皆お行儀が良かった。三間は掻き込みながら話す。ぶっちゃけ見た目通りだから驚きもない。


「智紀、さっきの十一球目で141km/h出てたよ」


「マジ?……千紗姉、人の会話に割り込んでくんなよ」


「いいじゃん。ご飯の時の雑談なんだから」


 そう言いながらお盆を持ってきた千紗姉が隣のテーブルに座る。他の女子マネも後ろにいたが、困惑しているらしかった。


「え、千紗。本当にそこに座るの?」


「別にいーじゃん。空いてるんだから」


 いつもなら女子マネは配膳場所に近い場所で食べるようなので女子マネの方々は困惑していたらしいが、ウチのバカ姉がちゃっちゃと隣に座ったのでどうしたものかと悩んでいるようだった。


 第一グラウンドを使っていた人たちや監督たちも来たけど、席には余裕がある。席が埋まることはないようだ。


 そんなバカ姉の動きに賛同するように、一人の女子マネが席に着く。


「いいじゃない。弟さんと話したいからってルールを破る千紗さん、嫌いじゃないわ」


「ありがとうございまーす。君津きみつ先輩」


 君津先輩が座ったからか、他の三人の先輩たちも座る。本当に極論だけど、食べられればどこでもいいのだろう。


 面倒ごとを解消するためにそういう特別席を作っていたのだろうけど、俺は知ーらね。


 ん?皆の箸が止まってる。


「姉貴のことは気にせず食ってくれ。気にしたら負けだ」


「お、おう」


 それから食事を進めて、ご飯のお代わりをもらって雑談を挟みながらも完食した。俺からしたら丼ぶり二杯はちょうどいいけど、千駄ヶ谷にとってはきついことだったようだ。線が細いからなあ。


 むしろ三間なんて足りなくてもう一杯お代わりに行ったほど。それには女子マネも苦笑い。


 俺以外は皆寮生活で、食事は入寮した時点でこれだったらしい。美味しいから問題ないけど、やっぱり量は多いらしい。


「午後から何やるんだろうな?バッテリー以外は自己紹介してたんだろ?」


「ああ。紅白戦よ。去年もそうだったみたい」


 千紗姉に話題を振ったつもりはないんだけど。けど誰も答えを持っていなかったから、ありがたいか。


 でも初日から紅白戦かあ。それなら自己紹介しておけっていうのもわかる。


「まさか上級生と?」


「いや、今日は一年生同士で。それで暫定的な所属を決めるの。二軍で練習についていけそうだったらそのまま二軍。ダメそうだったら三軍に落ちるだけ。最初の内ってほとんど三軍なんでしたっけ?」


「推薦で入って来た子でも、二軍は少ないわね」


 千紗姉が部活に入ったのは入学式の後なんだから、入学式前のことは人伝でしか知らないんだよな。


 そして実感する強豪校の実情。いくら推薦をもらったからって、そんな簡単にはいかない。それを聞いて燃える三間。


「ならまずは二軍に上がれるか競争しようぜ?負けた奴は罰ゲームな」


「それ、乗らないとダメ?」


「乗ってもいいけど罰ゲーム次第」


「女性遍歴」


「やだー!」


「却下」


「いなかった。以上」


「あっ!ずるいぞ智紀!」


 聞きたくもないけど、どうせ聞かれそうだったから答えただけだし。やだと却下って言った千駄ヶ谷と高宮については何かあるんだろう。恋愛でいじろうとするなんて小学生かよ。


 三間はなんか自信があるのかね。もしかして負けた奴の話を聞いて、その上でマウント取りたかったからとか、そんなところか。


 他人の恋愛事情なんてどうでもいい。ぶっちゃけ自分の恋愛の方が大事だ!


「ガキっぽい」


 姉上様も呆れてますね。千紗姉のも聞いたことないけど、こういう時に突っ込んだら藪蛇ってこともあるんだから自殺への片道切符なんて切らないぞ。


「片して行くぞ」


「待てや!え、U-15に選ばれても彼女できなかったのか?」


「野球上手いと彼女できるは等号じゃねーんだよ」


 何そのニヤケ顔。三間ぶっ飛ばすぞ。ぜってえお前彼女いるんだろ。それで自慢したいだけだろ。


「哀れだな、お前……」


「紅白戦敵だったら覚えとけよ」

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