2−2 ベンチスタートの場合

 第二グラウンドに集まって監督から言われたのは、千紗姉が言うように紅白戦を一年生のみで行うということ。AとBに別れて、十六人と十七人に割り振られた。Bの方が一人多い。俺はB。高宮もこっちで、三間と千駄ヶ谷は向こう。見事にばらけたな。


 それで千紗姉がスコアブックをつけるらしい。書けることは知ってるから適任だと思うけど。バックネット裏の小屋の中にいる。


「先ほどの測定を参考にして均等に割り振ったつもりだ。推薦組は中学時代の成績も参考にしている。人数とポジションの都合でキャッチャー二人と三間にはずっと出場してもらうことになる。試合は七回まで、五回になったら出てない選手を全員出す。この試合の結果を加味して二軍に仮昇格する選手を選ぶため、心して臨むように。試合結果は考慮しない。オーダー表は書いておいたので、目を通しておくように」


 Aが一塁側へ。Bが三塁側。先攻はA。俺は最初ベンチだったのでまずは観戦だ。ゆっくりとチームメイトの応援をしていよう。肩を作りたくなったら先輩が捕手をやってくれるらしい。捕手できない人にブルペンキャッチャーは危険だからな。


 審判は三軍の先輩たちがやってくれる。三十三人いる新入生でも、二年後確実にこうなっている人間が一定数いるだろう。全員が一軍にいるというのは一軍の人数が二十人で固定の時点でありえない。この二十という数字も夏の大会のベンチメンバーの人数だ。それに三十三という数字は確実にあぶれるし、下級生でも優秀な人間はこの中に入ってくる。


 実力社会だ。今三軍に何人三年生がいるのか知らないけど、それでも部活を辞めていないのは彼らにも信念があるから。


 理由は人それぞれだろう。でも、辞めていないという事実がある。それはきっと、褒められることだ。


 そうやって手伝ってくれる人がいるからこうして紅白戦ができる。それに感謝して、全力を尽くそう。


「喜沙姉と美沙にメール送っとこ」


 Aの一番は千駄ヶ谷。左打席に入る。あのミート力と俊足を見れば斬り込み隊長にするのも当然。あいつみたいな奴を塁に出すとうるさくてかなわない。こっちの先発の柊が抑えてくれるといいけど。


 柊が投げた三球目のストレートを上手く引っ張って、一・二塁間を抜いていった。四球も嫌だけど、綺麗に打たれるのもそれはそれで嫌だな。そんであの足の速さだ。確実に盗塁を狙ってくる。


 ただ、相手は高宮だ。肩の強さは新入生一。それでも勝負に挑むかどうか。


 三球目に行った。柊はクイックかつウエストして高宮が二塁へ送球する。うん、正確な送球だ。


「アウト!」


 ウエストされなければセーフだったかもしれない。それほどギリギリだった。でも柊のクイックも速かったし、これは二人の勝ちだ。千駄ヶ谷は帰って行く時に悔しそうな顔をしていた。無謀とは言わないけど、もう少し様子見しても良かったんじゃないかと思う。


 柊は守備に助けられながらも、三人で終わらせていた。さすが帝王学園の門を叩いただけある。チームの主力だった面々が入部しているんだろう。内野は特に守備が堅い。


 帰ってきた面々を迎える。


「ナイスピッチング。クイック早いな」


「中学の頃監督に徹底的に仕込まれたから。にしてもやべーな。全員関東とかに出てるレベルなんだろ?」


「そういうのが集まる学校なんだって」


 新入生でもそれだけ気の抜けない相手なんだから、上級生と紅白戦をやったらどうなるんだか。四番だからちょっと余裕ある高宮に聞いてみよう。


「相手どう?」


「まあ、関東勢を思い描けばそこまで間違ってないと思う。軟式出身者だって軟式では良いところに行ってるかもしれないし、誰だって気は抜けないな。……問題は千駄ヶ谷と三間があっちにいること。しかも三間はフル出場で四番とかやってられないよ」


「お前もじゃん」


「三間は全国出場者なんだよ。四国大会優勝して、全国でも悪くない打席結果残してる。味方としてはありがたいが、今だけは最悪だ」


「そうなのか。知らなかった」


 一年生の中でもおそらくトップの出塁能力を持った千駄ヶ谷が一番にいて、四番には全国区の三間。これ、本当に均等に振り分けたんだろうか。そこをコンビにしたらダメじゃないか?


「これでお前があっちにいなくて良かったよ。打てる化け物投手があっちにいたら勝ち目0だった」


「俺、シニアではずっと七番打ってたけど?」


「U-15で六番打ってただろ。その実績だけでお前は三間クラスだよ」


「高宮は?」


「せいぜいがU-15の控え選手だろ」


 なんか自己評価低くないか?


 二年の秋には関東大会出てた気がするけど。贔屓目なしに涼介と守備の面では遜色ないけどな。


 バッティングだってさっきの試験だと俺と本数変わらないし。むしろ長打も打ってたから俺よりは上だと思うんだけど。


 両方のチームにこれといって目立つ選手はいない。一分野では目立っても他がダメだったり、どれも高水準だったりはしない。多分推薦組だろうっていう奴も、上手いっちゃ上手いんだけど、化け物レベルではないというか。


 こっちの攻撃は二番が四球で出塁して打席には高宮。その高宮はストレートを見事に打ち返して、左中間を抜ける長打。一塁ランナーが返ってくる二塁打。いや、十分すごいだろ。


 先制したが、後が続かず。高宮がプロテクターをつけてる間に俺が柊のボールを受ける。速度はないけど、キレと回転がいい。これは打ちづらそうだ。


 高宮が来たら代わる。三間をどう抑えるか。それ次第だよな。


 その三間に対して、初球から変化球で入るバッテリー。三球目までカーブしか投げなかった。カウントは二ストライク一ボール。ここで決めてしまいたいところだ。


 そして投げた四球目。それは低めに決まるストレートだったが。


「ウオラァ!」


 カキーン!という快音が響く。一本足打法から繰り出されたそれは、ライトのフェンス上段に突き刺さった。


 一塁塁審が右腕を上げて回す。ホームランだ。


「シャオラ!」


 腕を掲げながら一周する三間。ああ、うん。やっぱりあいつ化け物だわ。


 完全に決めにいったストレートを完璧に運びやがった。あの打球、新入生の打球じゃない。すぐにでも高校生として通用しそうだった。


 なぜかこっちを見て煽ってくるような笑みを浮かべていた。俺からも打つっていう意思表示かね。


 高宮がタイムをとってマウンドへ行く。柊を慰めるためというか、落ち着かせるためだろう。


 しっかし、あの一本足打法、足腰がしっかりしてなかったらまともにスイングできないはずなんだけど。リストも強いんだろうな。スイングがブレてたらホームランなんて打てやしない。


 それにストレートを完全に狙っていた。カーブを連投されても最後はストレートだろうと確信していたスイングだ。


 もしカーブだったらどうしていたんだろう。そんな疑問も浮かんだが、過ぎたことだ。結果はもう出ている。


 高宮が戻って試合が再開される。柊は崩れることなく、ヒットを一本打たれたが失点はしなかった。ただ汗がやばい。それだけ集中して抑えているのだろう。ドリンクを手渡す。


「ありがとう。……逆球とはいえ、完璧に持ってかれた。全国ってすげえな」


「インコースに行ったのか?」


「ああ。低かろうが失投は持ってかれる。それをミスショットせずに運ばれるんだから、一瞬たりとも気を抜けない」


 そんな奴が同級生で嬉しいんだか敵にならなくて良かったんだか。


 ベンチワークも終わったので聞きたいことも聞けたし、肩を作る。


 こっちは攻撃で糸口を掴めず凡退。相手の高坂は球威はないっぽいんだけど、コントロールがめちゃくちゃ良いらしい。コースギリギリへボールが来て、しかも変化球が多彩な軟投派投手。俺と真逆だ。


 俺はどちらかっていうと球威で押すタイプだ。時たま混ぜる変化球で緩急をつけて空振りも取るけど、基本は押せ押せ。コントロールはもちろん大事だから鍛えてはいるけど、針の穴を通すように、とはいかない。


 自宅のネットは九分割してあるけど、九分割のコントロールはないし。プロでも滅多にいないけどな、九分割。


 三回。Aの攻撃。千駄ヶ谷が粘って四球で出塁して、三番もヒットでランナー一・三塁になってバッターは三間。二アウトだから抑えて欲しいけど、チャンスに強いから全国区なんだよな。


 三間に対する初球。まさかのインハイストレート。さっき打たれたストレートを、しかも下手したら得意なインハイへ投げるなんて。これには驚いたのか、三間は見逃してストライク。


 スラッガーにとって高めは基本ホームランボールだ。低めを掬うよりも長打を狙いやすい。低めが好物の打者は割と少ない。だから投手は低めを心がける。低ければ長打を飛ばしづらいという理由もある。それでもホームランを打てるということは、筋力はもちろん、身体全体のバランスがよく、満遍なく鍛えられているということ。


 味方で良かったと、思い込もう。


 二球目はカーブをアウトコースに外す。そして三球目。またしてもインコースへストレート。これは引っ張り過ぎたのか、一塁線へきれるファウル。だけど打球の速度がかなり速かった。フェアゾーンに入っていたら確実に長打。


 追い込んだ。さっきの打席も、追い込んではいる。


 四球目はさらにインコースへ攻めてボール。強気だな、バッテリー。気持ちで負けていないとバックへ示しているようだ。


 ここでボール球を投げたら投手としても追い込まれる。それにこれは昇格を賭けた試合だ。逃げていては、未来への展望なんてないだろう。だからきっと、勝負はここ。


 その五球目。アウトローへ決めに行くストレート。だというのに三間は合わせた。


 コォンという軽い音。その音とは裏腹にボールはショートの頭を超えていく。

 二アウトということもあり、三間の長打を警戒して外野は下がっていた。その弊害で、レフトの前にボールが落ちる。


 そういう細かい技術もあんのかよ。でも打った本人は負けた、みたいな爽やかな顔をしている。あいつは気持ち良く打てなかったら負けのつもりか。打点ついたってのに。


 柊は続く五番にもヒットを打たれてランナーが生還。これで二点差だ。


 六番は打ち取ったが、柊は帰ってきてすぐ皆に謝る。


「悪い!最後の一点余計だった!守ってくれてありがとう!」


「打ち返すぞ、お前ら!」


「おう!」


 そのやる気が通じたのか、連打と高宮の犠牲フライで一点を返して一点差。


 このシーソーゲームな感じ、確かに戦力は拮抗しているのかもしれない。


 それでも点が入りにくいのは、千駄ヶ谷の守備範囲が広いことだ。足が速く広範囲に行けるから長打が単打になってしまったり、ヒットがフライになってしまったり。あいつだけで二点は抑えてる。


 その二点があればこっちが勝ってた計算なんだけど。こっちも初回に高宮が千駄ヶ谷を刺したから、それで一点防いでいるって意味じゃ同点になるけど。


 四回の表。柊の迫力溢れるピッチングと好守によって三者凡退に切って伏せた。投げ終わった瞬間、雄叫びをあげたほどだ。


 帰ってきて攻撃に移る前に、俺たちは全員で円陣を組んでいた。高宮がやろうと言い出したことだ。


「良いか?この回に最低でも同点だ。そうすれば後はアメリカぶっ飛ばした大エース様が0に抑える。そうすれば負けはない。で、三回のチャンスの間に一点取れば良い。勝利の筋道は見えたか?」


「「「おう!」」」


「いや、待て。俺への信頼が重くてビビる。そりゃ戦ったことはあるけど、ほぼ初対面だよなお前ら?」


 むしろ今日初めて会った奴までいる。頼りにされるのは嬉しいことだけど、0に絶対抑えろっていうのは無茶振りってやつではなかろうか。そんな投手、どこにもいないぞ。


「大エース様はこれを見越して昼飯の時に三間を脅してた。負けたらあいつは赤っ恥をかく。だから宮下との勝負は今までみたいに積極的に振りにこないはずだ。0に抑えられる確率が高い」


「さすがだぜ!」


「まさかその時点から手を出しているとは!」


「現代の孔明か⁉︎」


「逆!あいつが脅してきたんだろ⁉︎捏造はやめろ!」


 何でそんなに意気投合してんだよ!高宮も煽るのやめろ!


「よーし!じゃあまずは一点だ!そんでもって守備はミスしないように落ち着いて、良いな!」


「「「おっしゃあー!」」」


 クソ。もうどうとでもなれ。それで士気が上がるなら何も言わねーよ。


 サード守ってる三間には今の会話聞こえていたみたいで、ハァ?みたいな目線送られた。そりゃあ嘘百%の会話を大声でされたら、そんな顔にもなるわ。


 同志よ。


 高宮が決起集会を終えてベンチに座る。文句の一つでも言わないと気が済まない。


「お前は韓信か?それともユリウス=シーザーか?」


「どっちも知らないな。野球選手じゃないんだろ?」


「歴史の偉人だからな。……0に抑える自信があるのか?」


「三間を一回抑えるのはできると思う。どんな化け物だって十割は打てない。そんで、お前のボールを受けて抑えられると信用してる」


「そりゃどうも。じゃあ何とかして打ってくれ」


「お前も打つんだよ。打順こっちで弄れるなら三番にするからな」


 なんか同じセリフをどっかで聞いたような。


 違う。俺が羽村に言ったセリフじゃないか。巡り巡ってくるんだな。


「お前はこの中で唯一、打撃成績五本以上なんだよ。打てる奴はクリーンナップに置くのが普通だ」


「全員の打撃成績覚えてたのか?」


「キャッチャーの習性で、打者の力量とか癖とかは確認するもんなの。紅白戦は予想ついたし」


 は〜。俺ピッチャーだけどそこまでしないわ。全員の打撃成績覚えるとか無理なのに、その上で癖探そうとするとか。


 主要な人物しか覚える気なかったし、目立ってたら覚えただろう。


 対戦相手だったら顔と打撃成績、どこが得意でどこが弱点か覚える努力をしただろうけど、チームメイトの癖まで覚えるつもりはない。だってそれ、今回みたいな紅白戦でしか役に立たないじゃん。


 コーチとか監督みたいな指導者なら、矯正させるために把握するだろうけど、選手の俺たちが全部覚えるなんて、労力に見合わない。


 俺たちが指導するわけでもなく、癖がわかったからって直せるかと言われたらわからない。それにこの競争する環境で、全員に気配りはできない。


 気配りなんてして一軍の座を奪われたら意味がない。そういう強豪校に俺たちは来ているんだから。


「何考えてるかわかっけど、俺もそれを指摘するつもりはないぞ?観察眼を日常から養っておけば他校の観戦とかした時に楽だなと思って常日頃からやってる俺の癖なの」


「えー。きめえ」


「失礼な。お山の大将で居られるように投手を手助けしてやれんのは、キャッチャーだけだろ。キャッチャーはピッチャーのサポーターで、理解者じゃないといけないんだよ」


 それが高宮の持論なのだろう。それを否定するつもりはない。


 ただ投手と捕手はとことん違う人種なんだなと理解しただけ。


 Bチームの攻撃は六番から。彼らは甘い球が来たら逃さず、厳しいボールにはカットを続けて、四球を勝ち取ったり。チャンスと思ったらきちんと送りバントをしたり。


 そしてきっかりと、同点にしてみせた。


 その間に俺は全力でいけるように肩を作り上げる。調整も終わって、万全の状態で送り出してくれる先輩には感謝を言わないと。


「先輩、ありがとうございました」


「おう。頑張れよ」


 ここからは後半戦だ。バックネット裏で観戦していた東條監督が一旦出てくる。


「選手入れ替えだ。打順は各々で考えるように」


 それだけ言って戻っていく。俺たちも守備について、投球練習を始める。ブルペンの時と変わらない。全力でいける。


 投球練習が終わると高宮がマウンドに来た。サインの確認もあるが、相手の確認からだ。


「ある意味最初が三間で良かったな。一番データがある」


「物は言いようだな、おい」


「頼むぞ。大エース様」


「はいはい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る