追いかける現実と失った過去

視線をあわせた瞬間の違和感? 整えられた黒髪に眼鏡はない。

はるかな高みから見下ろす視線。想像よりどこか柔らかく映る。


左足を半歩引きながら軽く右腕折り曲げた。まんまの騎士さま。

お姫様になれないから傍にいる資格はない。そんなの当たり前。


あからさまに表情が引きつった。ニヤリと返されたんだけどね。

いつのまにやら紙袋を奪われる。手のひらの甲に口づけされた。


恥ずかしすぎて逃げだしたいよ。寄りかかられてのエスコート。

満月だけが照らす深夜の住宅街。物音もしないから別の世界だ。


二つ目の辻を右に曲がると誰もしらない楽園? ただの公園よ。



昨今の状況下で劣化した遊具は封鎖の対象。利用できないよね。

トイレもない公園のなかは無人。いくつかの休憩ベンチがある。


ベンチに現れる魔法。キレイな白のハンカチーフが敷かれたよ。

手に促されるしぐさ。見とれながら可能な限りちいさく座った。


またニヤリとした笑みなんだ。紙袋からチキンを取りだしたね。

渡されそうで左右に首を振る。うなずいてから中身のチェンジ。


保温ポットとお揃いマグはベンチに置いた。チキンだけは紙袋。

カーネルおじさんの顔がゆがむ。すこし距離をおいて座ったよ。



「コーヒーでも飲みましょうか」青いマグからこぼれないギリ。

コーヒーを注いで指先で促す。微笑んで一口飲んだ瞬間だった。


「あまーい!」元ネタに近い口調だ。ツカミとしては軽い印象。


赤いマグに注ぐコーヒー。熱々だから口でフーフーしたんだよ。

飲んだらニヤニヤされた。いつもの味だから丁度いい甘さ加減。


「もしかして男のひとには甘すぎたかな?」ガーンとショック。

「これも悪くないんだよ。キミが甘いから」苦笑いでからかう。


その瞬間だった。頭上から舞い降りる白い結晶体。粉雪だよね。

前の流行歌が脳内リピートする。幻想的な美しさに声を忘れた。



「あきらめたらそこで試合終了。それがバタフライエフェクト。

未来は変えられるさ。現時点で無理でも状況と見極めだからね」

言葉はバスケ監督の名セリフだよね。それとSFの理論だっけ?


『ブラジルの蝶が羽ばたくとテキサスで竜巻を引き起こすか?』

後半ちいさなつぶやきだから聴こえない。わけがわからないよ。


だけど……なんだろう。勇気りんりんだよ。元気100倍かな?


どこかが違うような気もする。それでも伝えたいから仕方ない。



「家族以外に伝えたこともない夢がある。今年は全滅したんだ。

それでもね。国公立の看護学科。合格して看護師になるんだよ」

夢は見るものじゃなくかなえるんだ……そう信じるだけでいい。


「へぇ。それは悪くない未来かもしれないね。僕も医者になれ。

そう義務づけられた一族さ。反発した自分がバカだったかなぁ」

キラリと光るのは涼しい瞳。猛烈にロックオンされた気がする。



「何も約束はできないんだ……ごめんね。だけど10年後お互い

独身なら結婚しよう」そんな言葉。ある種の宣誓かもしれない。


「それも悪くないね」無意識だった。同時に口からおもらしだ。

一瞬で全身が熱くなった。きっと顔色なんかも真っ赤なはずだ。


だめだだめだだめだめだ! それ勢いで伝えるのはダメなヤツ。

もう手遅れだけど……ネタに消化する? 昇華するしかないよ。


「……あなたに聴こえますか……聴こえますか優子あなたです。

10年前のあなたです……いま心に直接……語りかけています」


そうじゃん……SNSの流行ネタだよ。10年前に発した言葉。

どこか現実味もない。現実なのか妄想か。境界線がわかんない。



「ちゃんと聴こえていますか。優子……自殺は絶対にダメです。

……やめてください……でないと……あの。約束を守れません」


ああああああああ! なんでなんでなんで……忘れたんだろう。


茫然としてうつむいた。なぜか優しく両手が肩に載せられたよ。

「なるほどなるほど言霊か……そうだね。封印するしかないな」


えっ? これが過去。記憶なら忘れていたことも偶然じゃない。

いつものオタ妄想かもしんない……そのまんま外見は王子さま。


ほとんど会話した記憶もないノッポさん。尾田優次さんだっけ?



ちょっと待って。ちょっと待って。ちょっと待ってダメだこれ。


ちょっと冷静になろう自分。いろいろ整理しないとわかんない。

尾田優次って名前……最近どこかで見たんだよね。どこだっけ?



ほぼ同時だった。階段を駆けあがるガツガツとした靴音が響く。


なんだろ。あたしの部屋でとまったよ? 今度はガンガンガン。

何度も扉を叩く轟音。いまにも割れそうなぐらいの衝撃じゃん。


おそろしさに震えても誰もいない。息を潜めてちいさくなった。

築年数は半世紀近い木造アパート……じゃないよ? ちげぇし。


過去の記憶と現在の状況。微妙にリンクするから判断できない。

ちょっと待ってよ? このマンション。古い木製扉じゃないね。


しっかりしたセキュリティが売りだから。女性用のマンション。

……オートロック玄関。もちろん誰もが訪問できるんだけどさ。


「優子いるか?」二度と会いたくない。聴きたくない声だった。

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