第4話

 教会を目指す最中、器用に周囲を見流していた。誰もが険しい顔で喋っているが内容は分からない。花屋のことだろうか。いや、盗み聞きは良くないと己を押し込める。

 ヴァドの聴力は人並みである。ひそひそ話を探れるほどではない。魔法で聴力を研ぎ澄ましてしまえば聞こえるものの難しい。魔女であるメアリーならちょっと意識すれば出来るという。この身を恨んでも何も変わらない、鬱屈しそうな気持ちを振り払う。

 やれることなら表情や仕草を読み取るぐらいだった。怪しまれない程度に伺ってゆき、微かな手掛かりも探す。世間話の中でうつろう影や、一瞬浮かぶ嫌な顔──あまり普段と変わらない。

「ヴァド?」

 不意に声をかけられ振り向く。数歩先に居たのは見知った人物だった。視線が合うもすぐ逸らされる。今にも逃げてしまいそうで、そっとヴァドは声をかけた。

「エル。どうかしたか。配達の途中か?」

 呼ばれた彼の瞳はあちらこちらへ揺れ惑う。話しかけたのはいいが返事に迷っているようだった。双眸へと向き合わないまま口が開く。

「えぇと配達の仕事、後少しで終わります。それで……あっちから大きな声したけど、何かあったのかなって。周りも何か、空気が重いし」

 ふむ、と頷く。知っていることは山ほどある。どこから切り崩そうか、呼吸を落ち着かせ、溜め込んでいた疲労も放出してゆく。微かな眠気も湧いてきたが蹴り飛ばす。

 ふと陰気臭い顔をした大人が二人、駄弁りながら歩いてきた。少しだけ中身が耳に入る。あの花屋の……太っちょが……プライドだけが高い……と。ツンと腐臭が鼻に刺さる。荷車で嗅いだ臭い。不快感のせいで眉間にシワを寄せてしまう。

「……それで、どう、ですか?」

 エルの声は真剣そのものだった。この件にヴァドが関わっていたら只事ではないんだと、身を乗り出している。気持ちは嬉しいが何のために急いでいたかを思い返す。

 ニーナが持ち去った白い花。

 花屋から消えた白い花はどこに行った。

 これら全てを話している時間もあるだろうか。

「向こうの、花屋の件なら把握している。だが今は急ぎで説明している暇はない」

 普段より早口で語っていた。申し訳なさそうにエルが俯く。邪魔をしたのではないかと。

「急ぎならそっちを優先して。仕事もあるしこっちで探るから」

 ぽん、と手紙が詰まったカバンを撫でる。声色こそ明るい。が、どことなく無理をしているような苦味もあった。本当は助けになりたいのだろうとヴァドは察する。突き放したくない。何せエルもまた魔女メアリーに助けられヴァドと関わりがある。

「すまない。また明日に話す」

「大丈夫。ノアンもいるし。きっとアイツの方が詳しいと思う。会ったら聞いてみるよ」

「……あまり無理はするな」

 エルから先に立ち去り、伸ばしかけた手を下ろし息を飲んだ。申し訳ない、すまない。心の中で何度も呟いた。

 やはり事情を伝えておきたい。胸の奥から苦しさが滲み出る。握り潰した片手を丸めた。渦中にいるのは自分自身であるし、ニーナが持っていった花についても、例えば軒先の花がなくなったという話を見聞きしていないかと聞けば良かった。

 顔を左右に振るい足を動かす。エルの姿はもう見当たらない。

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