31 夏祭り

 アウリオンが新奈にいなの部屋にいることを快く思わない人達は、アウリオンが思っていた以上に多いようだ。出ていけと書かれた貼紙を見て実感する。


「気にすることないよ。今はみんな動揺してるだけだよ」

 部屋に引き揚げてすぐ、新奈は明るく言う。

「きっとリオンが魔物を退治し続けてたら、リオンの大切さを判ってくれるよ」


 そうかもしれない。

 だがそうなるまでどれだけかかるか判らないし、魔物を倒していてもアウリオンの存在を認めない人達が考えを変える保障もない。


 アウリオンがうなずかなかったからか、新奈は表情を暗くした。

 それもほんの僅かの間で、気を取り直したように話題を替える。


「そうそう、今度の日曜にね、お祭があるんだよ。花火もあがるんだって。一緒に行こうよ」


 打ち上げ花火をぜひリオンにも見てほしい、と新奈が言う。


「うん、行こう。楽しみだな」


 アウリオンが笑顔を向けると、新奈もほっとしたように笑った。


 祭りで新奈との思い出を作って、それを最後にしよう。

 アウリオンは決めていた。




 日曜日までの二日間。

 もしも万が一、事態が好転するならとアウリオンは願っていた。

 だがそんなに簡単な問題ではなかった。


 アパートの住人の一人が新奈に「あの異世界人をいつまで部屋においておくのか」と文句を言っているのを見てしまった。

 相手は、新奈に退居してもらうように大家に言う、と言い捨てて自室に引き揚げていった。


 自分がいることで彼女に迷惑がかかってしまう。

 アウリオンはりつの言う通りエルミナーラに行くことにして準備を始めた。


 律に連絡を取り、祭りの花火の途中で新奈のそばを離れるので迎えに来てほしいと告げた。

 さらに三兄妹の両親に、日曜日は祭りに来てほしいと頼んだ。きょうだいに新奈の気を引いてもらいたいのだ。コウタたちとも思い出を作りたい思いもある。


 両親はアウリオンの願いにうなずいてくれた。


 前までは、もしエルミナーラに行くなら新奈に告げてからだと思っていた。

 だが今は、彼女には黙ったまま行こうと思っている。

 引き留められては決意が揺らいでしまいそうだ。

 決意が揺らぐほどに彼女の言葉はアウリオンにとって大切なものになっていた。


 そして、夜。

 新奈と、お隣の一家と一緒に祭りに出かけた。

 アウリオンは帽子をかぶった。サングラスは却って目立つだろうとかけないことにした。


 子供達は大はしゃぎで、夜店に飾られているお面やグッズに見入り、食べ物に目を輝かせている。


 射的で子供達のほしいものをを見事落としてみせると子供達だけでなく周りからも歓声が上がった。


 店主は盛大に苦笑いをしたが、それでもアウリオンの腕前を褒めてくれた。


 花火が見えるポイントに移動して腰を落ち着け、買ってきたとうもろこしや綿あめ、焼きそばをみんなで分けて食べた。


 子供達の弾ける笑顔、両親の穏やかな顔、新奈の幸せそうな笑み。

 どれもこれも、アウリオンの胸を甘く締め付ける。


 俺は、この笑顔を守らないといけない。


 打ちあがった大輪の花火に歓声が上がる中、アウリオンは思い出をしっかりと記憶するために、新奈と子供達の姿を目に焼き付けた。


 そろそろ律との約束の時間だ。

 名残惜しいが、動かなければならない。


「俺、飲み物買ってくるよ」


 立ち上がって、自分を見上げる子供達の両親に軽く会釈をして、子供達や新奈にはいつもの様子で。

 佳境に入ろうとしている花火と、人々の楽し気な歓声に背を向けた。


 会場を出ようとしたところで、後ろから声がかかる。


「リオン。どこに行くの?」


 振り向かなくても判る。新奈だ。

 どう応えるべきか、一瞬、判断をつけかねる。


「……エルミナーラに行くのね」


 新奈の指摘にアウリオンは観念したかのように振り向いた。

 ショッピングセンターでアウリオンが異世界人だと告げた時のような、悲し気な顔の新奈がいた。


「俺がここにいたら、新奈に迷惑がかかる」

「わたしは気にしないよ。だから――」

「それじゃ駄目なんだ。俺は新奈に我慢をさせたくない。どんな方法でも君の笑顔を守ると決めたから」


 今はまだいい。騒動の初めはまだ気力がある。だが今の状況が長引けば新奈はアウリオンを引き留めたことを後悔する、そこまで行かなくとも、アウリオンと一緒にいることに疲れを感じることがあるだろう。


「だったら、俺はエルミナーラの魔物の問題を解決して、またここに戻ってくる。平和になった世界となら、つながってたって誰も文句は言わないだろう。その時こそ、何の心配もなく新奈と一緒に過ごせる」


 戻ってくる。


 アウリオンの力強い声に、新奈はやっと笑った。


「だったら、待ってる」


 うん、とうなずいた。


「君が待っていてくれるって思ったら、より一層頑張れるよ」


 もっと早く動いていたら、早く異世界人であることを明かして周囲になじめていたら、皆の理解を得られていただろうか。ここにいられただろうか。


 そんな後悔もある。だが今考えたところで過去は変わらない。

 ならばこれからを変えるのだ。


「それじゃ、行くよ」

「帰ってきたら連絡ちょうだいね。これ、わたしのメールアドレス。あなたが戻るまで、変えないから」


 新奈が紙を差し出してきた。これを用意していたということは、彼女の中でもアウリオンは行ってしまうのではないかという予感があったのかもしれない。


「帰ってきてね、アウリオン」


 新奈が、本名を呼んだ。

 久しぶりに聞く名前は、少しくすぐったかった。

 すっかり「リオン」になっていたのだ。


「あぁ。帰ってくる」


 二人は手を差し出して、握手をした。

 抱きしめたかった。

 だがそれは、想いを伝えるのは、帰ってきてからだ。


「いってきます」


 また戻る。その意味を込めて。


「いってらっしゃい」


 新奈も、見送りの挨拶を返してくれた。


 手を振って、踵を返す。

 アウリオンは前だけを向いて歩き始めた。

 大切な人達を守るために。



(了)

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召喚戦士、異世界に落つ 御剣ひかる @miturugihikaru

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