30 貼紙

 アウリオンのやや悲観的な予測は、半分ほどが現実となった。


 インターネットでアウリオンが自分は異世界人だと告げる様子が流されてしまったのだ。


 アウリオンの顔はもちろんのこと、いわゆる「身バレ」を防ぐためか、周囲にもぼかしが入っているが、アウリオンの声はそのまま流れている。


 そしてその投稿には、さまざまなコメントがつけられていた。

 肯定と否定は、ほぼ半々だった。


『蒼の夜の魔物をやっつけて助けてくれるならいいじゃないか』『実際、ここにいた人達はこの人に助けられたんでしょ』『元の世界に帰れないなら仕方ない』


 そんな肯定派の意見に対し否定派は。


『行くとこないならそれこそエルミナーラに行けばいい』『そもそもエルミナーラ人じゃない証拠がない。帰れないって言って同情を引いてるんじゃないのか』『異世界人とか魔物とか、実際にいたら単純に怖い』


 といったところだ。


 さらにアウリオンが投稿していた「魔法陣を描いてみた」の動画のコメント欄にも「あれっておまえ?」「マジで魔法陣描いてたのか」という書き込みが入り始めた。


 まぁ、そうなるよな。

 アウリオンは意外に冷めた目で見ていた。こうなる予測があったからだろうか。


 動画のコメントの方は肯定派が多いから落ち着いてみていられるのもある。元々こういう動画を好んでみてコメントをくれるような人達だ、「実際に見てみたい」などという書き込みすらある。


 そして一番肝心の、アパートや近所の人達は。

 つかず寄らずといったところだ。


 アウリオンが挨拶をすると返してくれるし、誰も彼の正体について尋ねてくることはない。だが存在を意識されているのは感じる。


 隣家の三兄妹は変わらずアウリオンを慕ってくれる。彼らの両親は是とも非ともいわないが、拒絶しているようではない。


 ネットでどれだけ騒がれようが、実生活に支障がないなら、このままここにいたい。

 異世界人であることを明かしたうえで、雇ってくれるところも探したい。


 少しだけ、アウリオンはここに残る希望も見出し始めていた。

 だが。



「異世界人は出ていけ」

「化け物」

「いなくなれ」

「同居させるな」



 ある日、新奈の部屋のドアに、複数の紙が貼りつけられていた。


 ついに、こんなことになってしまった。

 アウリオンの胸に、あきらめに似た失望が浮かんだ。


「ひどい」


 新奈はぐっと悔しそうに顔をゆがめて貼紙をドアから引きはがした。


「これが、ここの近所の人達の考えなんだろう」


 直接口で言うのははばかられる。あるいは怖い。

 だがずっとアウリオンが新奈の部屋にいるのは看過できない。

 そんなところだろうか。


 示しあわせて貼ったのか。それとも誰かが張り付けたのが口火になって次々と追加されたのか。


 自分の存在を否定するだけならいい。

 だがこのまま知らん顔をしていると新奈にも大きな迷惑をかけてしまいそうだ。


 りつの言うとおりになってしまったのは悲しいし、エルミナーラに戻るのはなんだか悔しい気もするが。


 俺は大切な人を守らなければならない。


 アウリオンは、決意した。

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