04 滴る

 次の日の朝、食事を終えてしばらくすると新奈にいなは大学に行くといって出かけた。


 大学というのは高等教育を受ける場だそうだ。

 アウリオンもストラスにいた頃には似たような学校に通う学生であった。


 新奈は十代半ばかと思っていたが、どうやら二十歳らしい。アウリオンと同い年だった。

 思っていたよりも大人だったのだなと、口にしそうになってやめた。きっとどこの世界でも女性の年齢はタブーだ。


 さて、とアウリオンは家主のいなくなった部屋を見回す。

 新奈が帰ってくるまで、どうやって過ごそうか。


 彼女が用意してくれた昼食をとるまでは、テレビというものを視聴していた。チャンネルはそこそこあるが、どれも似たような情報ばかり流している。


 この星で、この国で、関心が持たれている事件や政治の話を一通り見終えて、昼からもあまり内容が変わらないことを悟ると、アウリオンはテレビを消して、外に出てみることにした。


 部屋の鍵と、少しの金は渡されている。あんまり目立つようなことはしないでねと冗談半分に言われているので、近所を散策してみることにした。


 もしかするとまたあの現象に出くわすかもしれない。自分がここに来た仕組みがわかるだろうか。

 でももし、エルミナーラに続く穴が開いていたとしても、果たして自分は帰るだろうか?


 呼ばれたからには魔物に脅かされる人達を助けようと戦っていたが、平和な世界に来て、もしもここで暮らすすべを手に入れたなら……。

 戻りたいとは、思えないな。


 考えながら、歩く。


 新奈のアパートの近くは住宅街だった。昨日の夕方に彼女と話した公園以外に、あまり立ち寄れそうな場所はない。


 それにしても暑いなとアウリオンは額の汗をぬぐう。

 ここに来た時はほぼ夜であったし、新奈の部屋にはエアコンがあったからさほど暑苦しいとは思わなかったが。


 部屋に戻った方がいいのかもしれないとアウリオンは少し迷いながら新奈のアパートへと歩いて行った。


 途中、何人かとすれ違ったが、皆アウリオンの髪を凝視していた。

 そのくせ、アウリオンが目を合わせると、顔をそらして立ち去っていく。


 そういえば、皆髪は黒い。アウリオンの髪がいくら黒に近い群青色だといっても目立つし、珍しいのだろう。


 アパートの隣に戻ってきた。一軒家の前で子供達が水鉄砲で遊んでいる。

 二人の男の子と一人の女の子が、体と比較すると大き目の水鉄砲を抱えている。


 邪魔をしないようにそばを通り抜けようとした時、なんだか、嫌な予感がした。

 と同時に、一人が持っていた水鉄砲から勢いよく放たれた水がアウリオンの腕を濡らした。


「あ、ごめんなさい」


 四、五歳ぐらいだろうか、子供達はちょこんと頭を下げた。

 かわいいな、とアウリオンは目を細める。


「いいよ。暑かったし、涼しくなった」


 実際、ぽたぽたとしずくが滴る腕だけが涼しい。


 怒られると思って緊張していたのだろう、こわばっていた子供達の顔がぱぁっと明るくなる。


「おにいちゃん、このへんにすんでるの?」

「あおいかみー。どうしてあおいの?」

「めもあかいねー」


 口々に疑問を投げかけてくる。


「あら、みんなで水遊び?」


 アウリオンが答えに困っていると聞き覚えのある声がした。新奈だ。


「にーなねえちゃん、おかえりー」


 子供達は途端に新奈に群がった。彼らにただいまの挨拶をしながら、新奈がにっこりと笑う


「部屋に戻ろっか」


 まさに助け船だった。


「このおにいちゃん、おねえちゃんのしりあい?」

「うん、遠い親戚。しばらくうちにいることになったの」

「へー、にいちゃん、なまえなんていうの?」


 新奈と一緒に住むと言われてまた子供達の感心がアウリオンに戻ってきた。


「アウ――」

「リオン、リオンおにいちゃんだよ」


 アウリオンと名乗ろうとしたのを新奈に遮られた。

 それからもアウリオンがどんな人なのかを訪ねる子供達を軽くやりすごして、新奈とともに部屋に戻ってきた。


「おとなりの三兄妹、あなたに興味津々だったね」

「……なんで、リオン?」

「あぁ、ごめんね。この国じゃアウリオンって名前はそれだけで珍しがられるから。変に目立っちゃうと、居づらいんだよ、この国って」


 新奈の笑みに苦いものが混じった。

 平和そうでいて、なかなか生きづらい面もあるようだ。


「しばらくうちにいるって言っちゃったし、この際、あれこれ“設定”を考えないとねー」


 言いながら、新奈はキッチンで食事を作り始める。表情やしぐさに、迷惑そうなそぶりはない。


 ここに来て最初に出会ったのが彼女だったのは、実はすごくラッキーだったのかなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る