第5話 出会いと再会の酒場

 ファスティアの街は日々、成長し続けている。この町は元々、酒好きのドワーフ族の農夫が農地の一角に建てた、小さな酒場からはじまった。


 やがて周囲には家が建ち、店が建ち。付近の異界迷宮ダンジョン探索を目当てに集まる冒険者からの評判がさらなる評判を呼び――現在の規模にまで発展をげたのだ。



「さて、どうすッかなぁ。もう一仕事するか、アリサの働きぶりでも見にいくか……」


 なんとか無事に依頼を成功させたエルスは、人混みにまみれた大通りを歩く。


 街の通りはすべて、中心部にある巨大な酒場へと繋がっている。それゆえに目的なく歩いていると、自然と酒場へといざなわれてしまう。


「それにしてもッ、すッげぇ人だぜ! 毎日毎日、どこから来てんだ?」


 人々の群れに押されながら、エルスも少しずつ酒場の方向へと流されてゆく。


 そんな時――。

 彼の耳に、気になるうわさばなしが飛びこんできた。


「おい、聞いたか? ロイマンの奴が……」


「仲間を集めてるんだってな……」


「奴の旅仲間パーティに入りゃ、きっとおおもうけ……」


 ロイマン。その名を聞いたたん、エルスは人混みを強引に突き抜け、かたで話している男たちに詰め寄ってゆく。


「ロイマンだって!?――なぁ、オッサン! そいつはどこにッ!?」


「んあぁ? 何だニィちゃん? 例の酒場に決まってんだろうよ。だがよぉ、おめーのような駆け出しが行ったところで、どうせ相手にされねぇぞ?」


「あの酒場だなッ! オッサンたち、ありがとなッ!」


 男たちからの返答を聞くや、エルスは器用に人波を泳ぐかのように、酒場へ向かって駆けだしていった。


「あのガキ、聞いちゃいねェ……。ったく、変な野郎だ!」


「勇者様のサインでもオネダリに行くんだろうさ! ブハハハハ!」


 背後からは男らの大笑いが聞こえてくるが、そんな雑音など気にも留めず、エルスは目的地へと突き進む。


「ロイマンの仲間になりゃ、魔王だって楽勝だッ! 今日は本当に運が良いぜッ!」


 ◇ ◇ ◇


 街の中央にちんする大酒場。

 通称・ドワーフの酒場。


 石材やレンガを組み合わせた多角形の外壁には多くの入口が用意され、いつでも冒険者たちを歓迎している。


 酒場の屋根は巨大な革布が張られたテントのような構造になっており、平屋ながらも、街で最大の面積を誇っている。


「ふぅ、やっと着いた! よしッ! 待ってろよ、ロイマンッ!」


 いしだたみで整備された大通りを抜け、目的の酒場へと辿たどいたエルス。彼は自らに気合いを入れ、さっそく中へと踏み込んでゆく。


 ◇ ◇ ◇


 まだ太陽ソルちゅうかん陽光ひかりを放っている時間帯なのだが、すでに店内は多くの客であふれかえっていた。


 もちろん、その客の大半は冒険者だ。


 酒場には基本的に、冒険者らがう〝依頼〟の張り出された、掲示板クエストボードが設置されている。そのため昼夜を問わず、冒険者の出入りが途切れることはない。


 酒場は冒険者にとって仕事の玄関口ともいえる、重要な施設でもあるのだ。



「ロイマンは……? ロイマンは、どこだ?」


 エルスは勇者の名をつぶやきながら、薄暗い店内を彷徨さまよい歩く。まるで長年の夢を叶えてくれる、希望の光を探し出すかのように。


「……居たッ! アイツだ!」


 壁際の、ひときわ目立つだいたいの周辺。

 その一角のみが、奇妙なほどに静まり返っている。


 酒場の荒くれ連中も、そこにいる大男の存在感に圧倒されているのだ。

 しかしエルスはおくすることもなく、そのへと近づいた。


 目の前にいる、この男。

 ロイマンを表す称号は、数知れず。


 なかでも最も有名で、最もほまれ高いのは、魔王を討伐した者に与えられる〝勇者〟の称号だろう。エルスの憧れの男。勇者ロイマンが、そこに居た。



「なあッ! あんた、勇者ロイマンだろ?」


 エルスは大声で問いかけるも、ロイマンは酒をみ交わすばかりで目の前の若者には見向きもしない。彼の数人の取り巻きがエルスをいちべつし、嫌味な笑みを浮かべたのみだ。


「俺の名はエルス! 頼むッ、俺を仲間に入れてくれッ!」


 続いてエルスが発した言葉に、この場の空気が一瞬で凍りつく。

 そして直後、周囲からは割れんばかりの大爆笑が巻き起こった。



「ギャハハハ! 何言ってんだ? あの小僧!」


「聞いたか? とんでもねェ馬鹿が来たぞ! ウヒャハハ!」


「アハハッ! ねえ身の程知らずの坊や? イイ子だからサインでも貰ってお帰りよ!」


 周囲一帯からは、エルスに対するせいわらごえが飛び交っている。しかし、そんなぞうごんなど意に介さず、エルスはロイマンに真剣なまなしを向けつづけた。



 そんな彼の度胸を認めたのか。ロイマンは周囲を制するように小さく片手を挙げ、ゆっくりとエルスへ黒い瞳を向ける。


「そうだ。俺がロイマンだ。小僧、仲間にしろと言ったな? 悪いが俺は、子守りは請けない主義なんでな。他をあたれ」


 それだけを言うと まるで何事もなかったかのように、ロイマンは再びグラスをかたむけはじめた。


「待ってくれッ! 俺は昔、あんたに助けられた! 魔王に襲われた俺をッ! それから俺は、あんたを目標に冒険者になったんだッ!」


「フッ……。魔王だと? 小僧、夢でも見たか? 俺は助けた奴の顔なんざ覚えていないんでな。憧れるのは勝手だが、俺の酒が不味くなる前にそろそろ消えな」


「……違うッ! あれは夢じゃないッ! 夢なんかじゃ――ッ!」


 言葉にまったエルスはくやしさから、強くくちびるみしめる。その時、彼の視界のすみで、巨大な魔剣があやしくきらめいた。


 それはまぎれもなく、かつて魔王が振るい、父の命を奪った――。

 あのまわしき魔剣で間違いない。


「その剣ッ! それは〝魔剣ヴェルブレイズ〟だろッ!? 俺はあの時、確かに助けられたんだよッ!」


「何?」


 その叫びに、ロイマンのグラスをらす手が止まった。


「小僧。何故、俺のものめいを知っている? 誰に聞いた?」


 エルスの脳裏に、あのまわしき日の記憶がよみがえる。

 七歳の誕生日に起きた、忘れがたき悲劇の記憶が――。


「魔王……メルギアス……ッ! その剣の、前の持ち主からだッ!」


「ほう……。どうやらただの勘違い小僧ってわけじゃ無さそうだな。お前、あの時に手を焼かせてくれたチビか」


「小僧でもチビでもないッ! 俺はエルスだ! 頼むよ、仲間にしてくれ!」


 エルスは拳を握りしめ、必死に仲間入りをこんがんする。ロイマンは小さく舌打ちし、透明なグラスに新たな液体を注ぎ込んだ。



「さっきから軽々しく、仲間仲間と吠えやがって。それに、お前があの時のチビならなおさらめんだ。また巻きぞえにされてはかなわん」


「巻きぞえッ!? まさか、あの時? 教えてくれロイマンッ! 俺はッ――俺は、あの時……」


えぞ! いい加減に落ち着きやがれ!」


 激しい怒号と共に、ロイマンはグラスを粉々ににぎつぶした!


 彼の拳には余程の怒りが込められていたのか、飛び散った酒や破片は地に落ちることもなく、光の粒子となって消えてしまった。


 これにはエルスも周囲の客らもぎもを抜かれ、いっせいに沈黙せざるをえない。



 ――しかし、その雰囲気におくすることもなく近づいてきた男が、一瞬の沈黙を再びのどよめきに変えた。


 フードをぶかに被り、黒ずくめのマントをまとった長身の男。彼はロイマンの前で立ち止まり、軽く頭を下げた。



「俺の名はラァテル。仲間入りを希望する」

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