第4話 はじまりの時

 相棒であるアリサの助けもあり、無事に大物を売りさばくことに成功したエルス。


 再び一人になった彼が料金箱へ目を向けると、銅貨や銀貨の山に混じり、数枚の金貨も輝きを放っている。


「こンだけ稼げば、アレをブッ壊した件も許してもらえるかなぁ……」


「なーに? うふっ、何か壊しちゃったのかしらぁ?」


「……へッ!? うわァッ!」


 いきなり耳元へささやかれたなまめかしい声に、エルスは大げさに退いてみせる。


「ど……、どーしたのよ? そんなに驚かなくても……」


 ふとエルスが我に返ると――。

 そこには、依頼人である女店主が立っていた。



「いやぁ、えっと……。あッ、お疲れさまッス!」

「ええ、ありがと。それより……。あらっ?」


 店主はエルスの脇で存在感を放っている、料金箱の中をのぞきこむ。そして中で金色の光があることに気づくと、彼女の表情もみるみるうちに輝きはじめた。


「まぁ……。まさか、お店やってくれたの?」


「え? そりゃ、依頼を受けたからにはキッチリやる主義っていうか……」


「すごいわぁ……。これ間違いなく、過去最高の売り上げよ?」


 店主は興奮気味に、箱の中の感触を手で確かめながら続ける。


「それにウチで価値がある物なんて、あのせいれいせき守護符アミュレットくらいしか……」


「うぐッ!? ほら、あの変わった杖! アレが、もう奪い合いの大人気でさッ!」


「あ、それって〝こうつえ〟のことかしら? ここに二本置いてあった……」


 店主は床に設置された、棒状の素材類が雑多に立てられたかごの一つを指さしてみせる。


「そうそう! そこにあった変な杖ッス!」


「そっかぁ。アレ、ついに売れちゃったのね」


「……えッ? もしかして、売りモンじゃなかったとか……?」


 どうにか平静を保ちつつ、エルスは恐る恐る店主にたずねる。

 さきほどから彼の額には、絶えず冷や汗が流れ続けている。


「あっ、違うの。実はちょっと〝いわく付き〟の商品でね。仕入先で無理矢理押しつけられて、扱いに困ってたのよ」


「なッ、なるほど……」


「ずーっと並べておいても全然売れないし。モッタイナイけど、今日 処分してもらおうかなって。それを大金にしてくれて、本当に助かったわぁ」


 店主は両手をわせながら首をかたむけ、エルスにウィンクをしてみせた。それを聞いて安心したのか、エルスは左手のそでで額の汗をぬぐう。



「そッか、それなら良かった! これ以上やらかしちまったらと思うと……」


「あ、そうだ! さっき、何か壊しちゃったって言ってなかった?」


「しまッ……!? そッ……。それは……。あの……」


 やはり失敗は隠し通せない。

 エルスは震える手で、虹色のすなつぶが入ったビンを差し出した。


「実は……。その例のヤツを、つい握り潰しちまって……」


「――ええっ!? これが、あの守護符アミュレットなの!?」


「ご、ごめんなさいッ! もちろんタダ働きでいいんでッ! 足りない分はナントカ頑張るんでッ、神殿騎士に突き出すのだけはご勘弁を――ッ!」


 何度も頭を下げ、謝罪の気持ちを示すエルス。

 そんな様子に驚いたのか、店主はあわてて彼をなだめる。


「ちょっと待って。一旦落ち着いて?……ねっ?」


 店主の優しげな言葉を受け、エルスは面目なさそうに顔を上げる。


「えっと……。多分それにせものね。だから気にしないで?」


 そう言って彼女はアミュレットのが入ったビンを手にし、それを傾けながら念入りに観察しはじめた。


「……やっぱり。固めたりょうか何かのかたまりね。まあ、飾っておくにはれいだし、閉店まで並べておきましょっ」


「えーっと……? ニセモノ……?」


「そっ、偽物。本物の精霊石なら、握ったくらいではならないもの。オークやジャイアントが踏んづけたって、ヒビひとつ入らないわ」


 店主の答えに今度こそあんし、エルスは深く大きな溜息をついた。



「それにしても、あそこも代替わりしてからはダメねぇ。ランベルトスの商人ギルド。偽物までつかませてくるなんて……」


 店主は売り上げの中から一枚の金貨を拾い、あやしい手つきでエルスのてのひらに載せる。


「はいっ。それはともかくお疲れさま。これは報酬ねっ」


「おおッ! こんなに!? 良いんスか?」


「ええ。居てもらうだけのつもりで、売り上げなんて期待してなかったし。たくさん頑張ってくれて、ありがとね?」


 優しげな笑みを浮かべながら、店主は投げキッスをしてみせる。

 エルスは受け取った金貨を財布に仕舞い、彼女に大きく頭を下げた。


「こちらこそッ! ありがとうございまーッス!」


「エルスくん。あなた、きっと商人に向いてるわ。よかったら一緒にどう?」


「いやぁ。せっかくだけど、俺にはやることがあるんで! この剣コイツでさッ!」


 エルスは爽やかな笑顔と共に、腰から下げた真新しい剣を指で示す。

 店主は少し残念そうにしながらも、やがて小さく微笑んでみせた。



「そっか。わかったわ、新しい冒険者さん。これからも頑張ってね?」


「はいッ! それじゃ、お疲れさまッス!」


 店主に別れのあいさつをし、エルスは再度おをする。

 そして彼は店を飛び出し、ファスティアの活気の中へと飛び込んでいった。

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