第6話 ライバルとの対決

 エルスとロイマンの前に現れた、ラァテルと名乗る男。

 彼はエルスには一切 目をくれることなく、ロイマンへ視線を向けつづけている。


「おい、おまえッ! いきなり出てきて何だよッ!? 俺が先にロイマンに……」


 抗議の声を上げるエルスであるが、ラァテルはどうだにしない。


「おいッ! 無視するんじゃねェ!」


「ロイマンに用がある。貴様との会話は時間の無駄だ」


「なッ!? なんだとォ――ッ!」


 まるで大切な宝物を横取りされた子供のように。

 エルスはラァテルに対し、激しい怒りをあらわにする。


 しかし、ラァテルは彼をいちべつしたのみで、すぐにロイマンへ視線を戻した。エルスはどうにか理性を保ちながら、ラァテルの横顔をにらみつづけている。



 そんな二人の様子を静観していたロイマンだったが、やがて「フッ」と息をらし、ゆっくりとから立ちあがった。


「フッフッ、ハッハッハッハッハッ!」


 立ち上がるや、いきなり大笑いを始めたロイマンの様子に、周囲の客らはそうぜんとなる。今や彼のいっきょいちどうに、誰もが注目しているのだ。


「いいぞ! こいつぁ面白い! ここの連中は腰抜けばかりだと思っていたが、この俺に話しかける度胸のある奴が、二人もいるとはな!」


 言いながらロイマンは壁際へ向かい、壁掛けの内装品インテリアから二本の剣を手に取る。

 そして真っ直ぐに、二人の前へときびすを返した。



「まあいい。新しい仲間を探しているのは事実だ。少しは見所のあるお前らに、チャンスをやろう」


「ふん。なるほどな」


「――なんだよッ? おいッ、どういう意味だ?」


 勇者の意図がつかめず、エルスは間の抜けた表情でラァテルの顔をのぞきこむ。しかし黒いフードにさえぎられ、彼の表情をうかがうことはできない。


「察しろ。時間の無駄だ」


「ぐッ……! ラァテル! イチイチ腹立つ野郎だなッ!」


「――そこまでだ」


 じゃう二人の目の前で、ロイマンは右腕を振り下ろす。

 すると大きな炸裂音と共に、二本の剣が木製の床へ突き立った。



「エルスにラァテルと言ったな?――その剣そいつで勝負しろ。たたかいぶり次第で、勝った方を仲間にしてやる」


「おッ! なんだ、そういうことか!――よしッ、勝負だラァテル!」


 興味がないと言わんばかりに、静かに目をじるラァテルに対し、エルスは剣を素早く引き抜き、ものの感触を確かめる。


 剣の造りはしっかりしており、先端は鋭利であるが刃自体は止められている。

 完全に調度品として造られた、模造刀レプリカのようだ。


「どうせ貴様では勝てん。やるだけ時間の無駄だ」


「おい、あおさい。一つ教えてやる。俺の仲間になるってことは、俺の指示に従うって意味だ。わかるか?」


「……良いだろう。承知した」


 ラァテルも剣が引き抜いたのを確認し、ロイマンは背後のだいたいを指さしてみせる。


「ここでれ。刺突と魔法は禁止。剣を落とした方が負けだ。いいな?」


「なんだよ、なんか細けぇルールが多いな」


「ルールの無い闘いは、ただの殺し合いだ。理解したか? 行け」


「ヘッ! わかったよ! 望むところだ――ッ!」



 大舞台でたいする二人の緊張感をよそに、酒場の空気は次第に熱を帯びてゆく。


 気合い充分に剣を構えるエルスに対し、ただ剣をぶら下げて突っ立っているだけのラァテル。だが、フードの奥から覗くしんがんこうは殺意を帯び――それは今や、エルスのみを鋭くとらえている。


「よし、始めろ!」


 ロイマンの掛け声により、周囲からは大きな歓声が巻き起こった――!



「速攻で決めてやる! いくぜ!」


「さっさと来い。時間の無駄だ」


「――無駄無駄うるせェ野郎だ! 戦闘ォ――開始ッ!」


 エルスは床を蹴り、一気に相手との間合いを詰める。

 対するラァテルは――いまだ、微動だにしない。


「でやぁぁぁぁ――ッ!」


 エルスの剣がラァテルを捉え、高速で振り下ろされる。しかし、捉えたはずの一撃は紙一重でかわされ、むなしく空を斬ったのみだ。


 だが、避けられることはエルスも想定していたのか、間髪入れずにそのままよこぎにはらう――!


「ふん……」


 それもお見通しとばかりに。ラァテルは軽く上体をらし、斬撃を難なくかわす。そして、体勢を戻しつつ放たれた蹴りの一撃が、エルスの脇腹にさくれつした――!


「……うおぉッ!?」


 不意に繰り出された攻撃に、大きく吹き飛ばされるエルス。

 幸い、防具で直接的な打撃は受け流せたことで、受けたダメージ自体は少ない。



 周囲の観客からは歓声が上がり、ジャラジャラとチップをやり取りする音が鳴り響く。二人の勝負が、早くも賭けの対象になっているようだ。



「チッ……。クソッ! そういう戦い方かよッ!」


 エルスは立ち上がり、素早く剣を構えなおす。

 まだ剣を落としてはいない。闘いは続いている。


「無駄な動きが多いな。無駄口も多い」


「おまえはイチイチ無駄無駄うるせェ―ッての! おい、今度はそっちから来いよ!」


 回避からのカウンター戦法を取るラァテルに、攻め込むのは不利と判断したエルス。彼はあおるように、手招きをしてみせる。


 そんなエルスの挑発を鼻でわらい、静かにラァテルが動く。


 一歩、二歩。

 まだ距離はある。


 ――だが次の瞬間!

 エルスの目の前に、とつじょラァテルが出現した!


「な――ッ!?」


 エルスは思わず驚きの声をげる。

 ラァテルの動きに観客らもどよめく。


 すかさず繰り出されたラァテルの斬撃を、エルスはかろうじて剣ではじく。大きな金属音と共に、エルスの腕にしびれるほどの衝撃が伝わった。


 調度品用の剣とはいえ、これが硬い金属板であることに変わりはない。それに速度もさることながら、ラァテルの一撃は見た目以上に鋭く、そして重かった。



「なんだよ今のは……、全ッ然見えねェ……ッ!」


 エルスも負けじと剣を振るうが、ラァテルの体術により軽々と避けられてしまう。間合いを調整しようとするも、息つく間もなく繰り出される強烈な蹴りがそれを許さない。


「……うぐッ!」


 ラァテルの足による一撃を、エルスはどうにか剣の腹で受け止める。

 しかし、身体全体に伝わった衝撃により、大きく体勢を崩されてしまった――。


「おお――ッと! まだまだァッ!」


 エルスは重心を低くし、とにかく倒れまいと踏みとどまる。そこへ、さらに身体のひねりを加えて放たれたラァテルの剣が、正確に彼の腕を捉えた!


「しまッ……!? ぐあァ――ッ!」


 エルスの右腕に、強い衝撃と鋭い痛みが走る。

 そして、乾いた金属音が酒場内に鳴り響いた。



 ついに、エルスは剣を落としてしまったのだ――。



 ラァテルのれいな連撃に観客たちは息を呑み、場内はせいじゃくに包まれる。


「――よし! そこまでだ!」


 ロイマンの一声で、一瞬の静寂は大きな歓声へと変化した――!

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