5話 Just count on me.

 蓮陽、啓太、四葩の3人は変装を解き、連れてきた永遠子と共に車に乗り込んだ。

 車内にある携帯で今から梟介と通話することを聞かせ、ひとまず商店街から離れる。

 揺れる車内の中、永遠子は話し出した。



 父親、紘杜は幾つものアルバイトを掛け持ちして永遠子を養っていたが、ある時体が限界を迎え倒れてしまったらしい。

 数週間の休みを取る必要があったのがいけなかったのだろう。紘杜は全ての勤め先からクビを言い渡されてしまった。

 日々の生活、永遠子の学校、何かとお金が要るこの時期に稼ぐ手段を失った紘杜は焦っていた。

 時が経つにつれ険しくなっていくその表情に、永遠子以外にも気がついた人間がいたという。

 それが紘杜を騙した人間。暴力団剣菱組の人間だったのだ。

 簡単な仕事をこなす。それだけで1日に10万円ほどのお金を受け取っていたらしい。


 何かがおかしいとは気がついていただろう。

 借金も滞納もどんどん減っていった。

 豊かになっていく生活。

 あまりにも都合が良すぎる。


 夢のようなひと時を作り出した根源。その正体に気がついた時、動揺を露わにし、程なくして永遠子にも知られてしまった。


 商品が入っていると言われていたジュラルミンケースの中身が拳銃だったのだ。


 営業先だと思っていた会社は、自分が運んでいたものは、助けてくれた会社は……全てに気がついた紘杜はまた険しい表情になったという。

 永遠子は自分の存在が父親を悩ませていることを知っていた。だから、手を切るように強く言ったという。

 貧乏なのは耐えられるから、悪い人にならないでと。

 その思いに応えるため、紘杜は決意を行動に移した。

 身の回りのものを売ってお金を作り、永遠子をホテルに連れていき、こう言い残したという。


「永遠子。3日後の夕方にお家に帰っておいで……でも、お父さんが先に帰って来ていなかったら、すぐにこの町から逃げるんだよ。いいね?」


 永遠子は言いつけ通りに行動し、紘杜の帰りを待っていた。

 遠い場所から家を見張っていたが、12時を回っても紘杜は帰ってこない。

 何かが起きたのだと悟り、次にどうするべきか考えた。


 父は逃げろと言った。

 それはなぜか。なぜ警察へ行けと言わなかったのか。


 永遠子は自力で暴力団と警察の繋がりに勘づいたらしい。

 警察と繋がっているのであればどこへ逃げても意味がない、捕まるだけだと思い、永遠子は紘杜の携帯からこっそり共有していた銃の写真をbirdのメールフォームに送ったのだという。

 噂通りなら、必ず自警団は来る。

 何が起こったのか話せば力になってくれるかもしれない。


「だけど本当に写真それだけで動いてくれるかは不安だった。だから、念押しで警邏課にわざと捕まって接触を図る。そういうことなのかな?」


 蓮陽の言葉にコクリと頷く。


「ブレていたし、そもそも拳銃だと気づいてくれる人かもわからないから……」

「うん……僕はわからなかったよ」

「白羽は別として、お前の作戦はうまくいった。あとはこっちでなんとかする」


 啓太の視線の先は梟介と繋がっている携帯。忙しなく動くキーボードの音からでも、梟介が状況を動かしているのがわかるのだろう。


「……」


 啓太の隣、運転席の四葩はサイドミラーを一瞥すると、首都高速道路手前の道で車を止めた。

 そして


「……啓ちゃん、運転交代」


 いつもよりワントーン低い声で告げた言葉に啓太は事態を把握した。


「……わかった」


 啓太が運転席に着いたと同時に携帯から声がする。


『黒百合、行き先は株式会社Mess。港区だ』

「了解」


 後部座席に蓮陽と四葩とで永遠子を挟み込むように座ると、啓太はエンジンをかけて首都高速インターチェンジを通過した。

 ワンテンポ遅れて、蓮陽はやたらエンジン音の大きな後ろの車を一瞥する。

 いかつい2人の男が乗る車は自分達を追いかけるように加速。


「今もしかして追われてるんですか!?」


 青ざめる蓮陽に対して四葩は軽い調子で


「うん、そーみたい。見つかったのはあの商店街以後だろうね。俺らが変装を解いてなければ追ってくるはずが無いからさ」


 ならば服をもう一度着たほうが、と蓮陽は考えたが、四葩はゆったりと背もたれに身を預け動く気配が無い。

 自分の考えることくらい、四葩だって思いついているはずなのにだ。


 啓太の運転する車はスイスイと先行く車を抜く。ピッタリとくっつく後ろの車に視線を向けてもその表情が変わることはない。


「只今首都高。玄蒾、剣菱組の奴らにつけられている。18分後に目黒から出る。numbersを配置」

『了解した』


 さっきの四葩のことと合わせて、なるほどと蓮陽は思った。追われていると気がついた時に、まくのであれば首都高に入ったのは間違いだと考えていたのだが、捕まえるのであればこれほど適した場所は無い。

 あとは自分達が自警団Uだと気づかれず最後まで向こうが追いかけてくれれば作戦は成功だ。

 隣で身を固くして緊張している永遠子に蓮陽は笑顔を向ける。


「あのお兄さんはね、すっごく賢いしすっごく運転が上手だから安心していいよ」


 少し強張りが解けたか、永遠子は控えめに頷く。

 2人、そして啓太、加えて追手の行動に目を遣る四葩は気がついた。


「あらら向こうも連絡取り始めちゃった。俺達がUだってバレちゃったかな?」

「いや、まだ追いかけているからそっちはバレて無いだろ。

 動きを察知したとて逃げる時間は限られている。最低でも壊滅一歩手前ぐらいには追い込めるだろうな」


 軽快に、確実に、車は首都高を駆け抜ける。

 とても追われているとは思えない程、時間通りに、当たり前に……

 目的地半分あたりまで来た頃、梟介から応答があった。


『numbers配置完了だ。芝公園で降車して現地まで徒歩。阿久津永遠子もそこのnumbersに引き渡せ』

「……パパは」


 永遠子の小さなその呟きはとても常人が聞き取れるものではなかったのだが、耳の良い蓮陽、唇の動きを見ていた四葩、そして『自責』の感情を嗅ぎ取った啓太にはわかっている。


「阿久津紘杜さんはどうなってる」

『山梨県警から連絡あり。防犯カメラに剣菱組の奴らに囲まれ連れ去られる阿久津紘杜が映り込んでいた。

 地元警察が山林を捜索中。ドクターヘリもまもなく到着する』

「……山林って」


 最悪の事態が頭をよぎり、永遠子の喉から笛のような音が鳴った。


「大丈夫」


 いち早く蓮陽が手を握る。続けて四葩も頭を撫でてこう言った。


「永遠子ちゃんは、やれること全部やったでしょ?」


 その瞳は優しく、そして憂いを帯びたもので、何か大きな感情が永遠子の小さな体に押し寄せてくる。

 不安に心を砕くのはやめよう、そう思った永遠子は2人の手を握り、目まぐるしく変わる車窓を見つめる。


「一ノ橋ジャンクション。あと3分」


 啓太がそう呟いた。

 車は依然として距離感を保っている。

 勢いよくスピードを上げた直後、ウィンカーがこっちへおいでと導くように点滅した。

 それを見た男達は追っているものが何なのか知らずに、美味しい誘いに乗っかってしまった。

 今度騙されるのは己だと言うことに最後まで気づかずに……

 目黒インター下り坂、男たちの前に数台の車が立ち塞がった。

 追っていたはずの車は遠く遠くへ去って行く。



────────────────────



 啓太は短く息を吐き出して、車のドアを閉めた。

 所は港区芝公園。

 到着時刻にはやはり1秒の乱れも無い。


「さすが啓ちゃんのドラテク〜」

「相手が良かっただけだ」

「ヒヤヒヤしたのは最初だけでした……やっぱり啓太さんは凄いです!」


 降車後、梟介に連絡を取り状況を整理するのと同時に待ち合わせていた警邏課に永遠子を預ける。

 事が落ち着いたら再び不安が沸き起こってきたのだろう。birdの3人に「ありがとうございました」と告げるその顔は曇っていた。

 警邏課の車に手をかけたその時、電話をしていた啓太が永遠子を引き留めた。


「紘杜さん、見つかった」

「……パパは」

「山梨の山林に外傷を受けたまま放置されていたらしい。そのままだったら命が危なかったが、お前の判断が正しかったから、問題無く心臓が動いてる……助かったぞ」


 その一言を聞いてやっと緊張の糸が切れたのか、永遠子の瞳に大粒の涙が浮かぶ。

 それをぶっきらぼうに袖で拭うと啓太は運転席に声をかけた。


「事情聴取の前に病院まで送ってやってくれ」


 拭い切れない涙が一つまた一つ地に落ちる。


「ありがとう、ございました」


 しっかり者の少女は泣きながら笑って深く礼をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る