4話 I already know whether I win or lose.
東京湾に程近いこの場所は、オフィス街と住宅地の境目がはっきりと分かれている。
それがこの森林公園。
春は一斉に開花する花々によって極彩色に染まり、夏は樹齢数百年の樹々たちが青々とした葉を茂らせる。
秋は見渡す限り紅葉の錦。
見物客でひしめくこの観光地……冬はというと……ホームレスや訳ありサラリーマンである意味賑わう胡散臭い場所に様変わりする。
大樹の木立は哀愁漂い、カピカピの落ち葉がカラカラと音を立てながら石畳の上をのたうち回る。
寂れた空気の中、冷えた鉄ベンチに腰掛け、公園に隣接するビルを睨む男が1人震えている。
「ゔ……さぶい。さぶすぎる」
警視庁捜査一課。誇り高きキャリア警官……
歯をガチガチと鳴らしながらも張り込みを止めるそぶりは見せない。
昨今の腐敗した警察の中では珍しく、太郎は本物の警察なのかも知れない。
彼の背後、北風が吹き抜ける石畳の上を甘いマスクの男が駆けてくる。
訪れを察知し振り返った太郎と目が合うと男の顔がふにゃりと笑った。
「桃川さん!あったかい牛乳とレンチンしたあんぱん買ってきたっす!」
太郎の元に駆け寄りレジ袋ごと渡す。
尻尾を振っておつかいから帰ったこの男は警視庁捜査一課、
さわやかな黒の短髪と大きな目が愛らしい太郎の忠犬である。
「あーっ……天の恵みっ……いや、犬江の恵みだぁ……」
震える手でストローをさし牛乳パックをズーズーと吸い出す。
濃厚なミルクの柔らかな温かさに安堵したのか、一気に飲み干し、少しの間余韻に浸った
「こんなに早く突き止めたんです!張り込み頑張って決定的証拠を押さえればきっと大手柄ですよ!」
「大手柄……っ!!」
……そう。なんとこの男、今朝聞いたばかりのフロント企業をお昼頃には突き止めていたのだ。
まずは株の動向と業績を調べ、経営不信気味の一社を排除。
残る4社を地道に尾行し、この会社を突き止めたということだった。
「birdめ何度目かの正直だ!今日こそ出し抜いてギャフンと言わせてやる……ぬふふふふふ……だぁーっはっはっはぁ!!」
……東京某所。閑静なこの場所に天高く響く高笑い。
どうやら太郎の根性の根底にあるものは警察官としての心構えではなく、birdへのメラメラと燃える対抗心だけらしい。
仰け反って高笑いする太郎とよいしょする犬江を少し遠くの方から眺めている2人の男はブラックコーヒーに口をつけながら
「ねぇきじやん、これさ〜いつも通りパシリやらされてるよね」
「ふふふ……そうみたいですね」
ゆるふわウェーブのツーブロックの髪は北風にサラサラと揺れる。
黒のトレンチコートに身を包み独特の響きを持った声の持ち主は警視庁捜査一課、
その隣、紺のリーファーコートを着こなす長髪の眼鏡の男が同じく警視庁捜査一課、
賑やかで突き抜けた明るさを持つ2人とは対照的に、千莉と共也の間に流れる空気感は落ち着いているが何処か曖昧で、程よい緊張感が流れている。
「でも猿滝さん……暴力団を捕まえるだけならパシリでもいいと思いません?」
「そうね〜奴らは警察とただならぬ関係らしくてよぉ……俺が
「パイプのないUの動きは把握できていない。
仮に上層部とパイプがあってもフットワークの軽すぎる桃川さんの動きは恐らく追えていない」
「なんか最近あいつらのパシリが板についてきたよ。正義の下っ端ってのも悪くないかな」
「私は不思議でなりませんよ。どうして彼らは間違うことなく動けるのか……その秘密はなんなのか」
「どうせなら夢のあるものがいいね。ただでさえ現実はつまんないんだから」
「というと?」
「俺たちの思う正義は存在しない。無限のジレンマとパラドックスに陥った人間のエゴの塊」
顔を背けたまま風にのせるようにサラリと呟く。
若くして多くの現場に関わってきた刑事の一言は、いたく胸に迫るものがあり、千莉は束の間、続く言葉を探せずにいた。
共也は自分のことを話すタイプではないから捜査一課以前のことは噂でしか聞いたことはないが、後味の悪い事件に数多く関わっていたらしい。
それゆえに口からこぼれたこの退廃的な考えに少し前の千莉なら「そうですね」と言っていたはずなのに
「そうなんですかね」
口をついて出たのはその言葉だった。
千莉には最近、どうも信じられないのだ。
正義はエゴであるという事実そのものが。
それもこれも、あの男、白羽蓮陽がbirdに入ってからだ。
千莉は今までの蓮陽の言葉を反芻していた。
どうして彼はbirdの中で一番劣っているはずなのに、一番正義に近いのだろう。
考えても答えの出ないその問いが千莉のbirdへの興味の源だった。
「ん?またあの子坊主から電話だ」
不意に聞こえた太郎の一言で千莉の意識が引き戻される。
「……っ!?」
彼にとって自分達は都合の良い駒のはず、それなのにどうして直接連絡が来る?
瞬時にイレギュラーを感じ取った千莉は共也と目配せをすると、太郎からスマートフォンを奪う。
「もしも」
「もしもし
「ちょちょちょちょい」
「状況が変わったから電話したのですよね?いったい何が」
『話のわかるやつが出てよかった。日東大学病院に行け。話は通してある。
ドクターヘリに乗り待機。神奈川県警、山梨県警、静岡県警から連絡が来たら即座に出立。
恐らく山梨だろうがな』
「おい子坊主、何言ってるわけ?」
「わかりました。ではそのように」
困惑する太郎をあしらって、共也も千莉と一緒に電話の向こうの梟介につげる。
「【
『ほう……』
「俺ぁ暴力団にはちょっとばかし詳しくてね〜あ、今も。この会社の中からちょっとでかい組の頭が出ていったね。
取引でもしてたのかな〜……
こりゃ……フロント企業じゃなくて根城だな」
『……なるほど?足を使うノラ刑事も侮れん』
「そりゃどーも、じゃね」
電話を切り上げると共也は千莉に車のキーを投げ、会社から出てきた暴力団の男の元へ音もなく走って行く。
見届けた千莉も犬江と太郎を連れて車に乗り込むと、焦った様子でエンジンをかけた。
「おい黄艿間ぁ……よくわからないだが、怪我人でも出たのか?は、早く行かないといけないんだろ?」
「……怪我で済めばいいんですがね」
胸に浮かんだことが現実のものとならないように、千莉はただ、祈ることしか出来なかった。
────────────────────
泰然自若の司令塔は
一つのパソコンでは愛する彼女を使い
「澪、株式会社Mess半径5キロ内に包囲網を敷く。各機関に連絡だ」
[かしこまりました]
また一つのパソコンでは電話をかける。
「堀部、動ける警邏課全員を連れて、今からいう場所に来い」
『速いね。でも大丈夫こっちは準備してたよ』
「結構。現場をおさえるぞ」
準備を整えるといつものように糖分補給。チョコレートを頬張りながら片手間で先程の共也の言葉を再考する。
(それにしてもなぜこちらの動きを察知した……こっちは仮定段階で動いてる。どう考えても気づかれないはずだが)
考えられる方法、それはただ一つだけだ。
またもう一つのパソコンには繋ぎっぱなしの
『……啓ちゃん、運転交代』
何が起こったのかその一言で梟介にはわかったのだ。
「やっぱりな」
チョコレートをコーヒーで流し込みながら、梟介はもう一度、堀部幾仁に電話をかけた。
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