6話 I’ll always be on your side.

 芝公園で永遠子と別れた3人は警邏課の制服(レプリカ)を持って剣菱組の根城……株式会社MESSのビルへと現着した。

 既に大勢の警邏課が集まっているが、あたりは静まり返り、その時を今か今かと待っている。

 己が内に迸る正義感に身を任せ、今にも飛び出して行きそうなほどたぎる武装組織を指揮しているのは、その中で唯一静けさと落ち着きを纏う警邏課エース堀部幾仁。

 彼は3人を見つけると柔らかく微笑んで、声をかけた。


「みんな、お疲れ様」

「それはありがたいんですけど本番はこれからですよね」


 啓太の言葉に幾仁はいつも通り眉を八の字にさせて困ったように笑う。


「ごめんね。本当は現場のことは警邏課numbersが請け負うべきなのに……みんなが頼もしいからつい力を借りたくなってしまうよ」

「いいですって〜持ちつ持たれつ。おんなじUなんですから」


 そよかぜのように軽く優しく肩に触れた四葩の手で、幾仁は再び顔を綻ばせる。

「ありがとう」と小さな声で呟くと、3人に片耳型ヘッドセットを渡した。自身もそれを装着した次の瞬間、その顔は誰より真剣な表情に変わる。


「相手も警戒しているから、銃撃戦が予想される。俺について来てね」


 歩き出したのと同時に灰のコートがはためく。

 自動ドアが開いた。その時、誰かが幾仁の胸ぐらを掴む。

 彼の背丈を悠に超える黒スーツの大男が渾身の力で邪魔者を押し返す。

 だが……風が吹けば飛んでいってしまいそうなほどの華奢な美青年は、微動だにしなかった。

 ただ障害物を避けるように胸ぐらを掴まれたまま横へ逸れる。それだけで魔法のように大男の体が浮き、バランスを崩して床に倒れ込んだ。


「ぐわっ!」


 ろくに受け身も取れなかった男は腰を強打し動けずにいる。

 その隙に幾仁は男を注意深く観察した。


「……全員が銃を携帯してるわけじゃないみたいだね。

 さて、どうしましょう……やはり、もう少し俺に付き合ってもらいましょうか。仲間がいるのに発砲なんてできないでしょうから」


 幾仁は男を立たせ、手を捻りつつ自分の胸に引き寄せる。一見するとまるでダンスでも踊っているかのように見えるが、男はもう自分の意志では動けない。

 男を自分を守る盾のように操り、幾仁は会社内ホールへ堂々と歩みを進める。

 中央にエレベーターが配置され吹き抜けになっているそこは、2階3階から大人数の男達が銃を構えて狙っている。

 だが、やはり撃つことはできない。

 幾仁がどの角度からでも完全に男の影に立っているからだ。

 一時膠着する現場……少し後ろから様子を伺っていたbird達は中央エレベーターの不自然な点に気がついた。


「啓太さん、あのエレベーター……ボタンのところに変な機械がついてます」

「階数のインディケーターも1階と最上階の7階しかいてないな。一気に上まで行けるとしたら……あれにのれれば早い。

 だけど、あの機械……恐らく磁気を読み取るものだろう。カードキーのようなものが必要か」

「幹部っぽい人なら持ってるかもしれないね」


 ヘッドセット越しに3人の会話を聞いていた幾仁は丁寧な口調で紳士的に問いかける。


「すみません、どなたがお持ちか教えてもらってもよろしいですか?」


 剣菱組が義理堅い組だと言うことは幾仁も承知の上だった。けれど、あらぬ方向に捻られ軋む肩、銃口を向けられたこの極限状態で男が義理を気にする余地など無い。


「……4階に1人」

「ありがとうございます。では、みんなに4階に行ってもらうよ。俺は上から邪魔されないようにサポートするね」


 瞬間、幾仁の左手が真っ直ぐに上がる。

 それが突撃の合図だった。

 盾を持った警邏課達が激流のようになだれ込む。

 birdの3人も彼らの盾に隠れつつ4階へと走っていった。

 ヘッドセットからはまた幾仁の声が聞こえてくる。


「電気制御室の場所も教えてもらって良いですか?」


 エレベーターに乗れる前提でもう動き始めている。

 程なくして男の呻き声が聞こえる後に質問の答えを手に入れた。


「第一部隊。地下一階北東突き当たりの部屋を制圧してください」


 3人は同じことを考えていた。この人が誰かに使われていたところを想像できない、と。



 ────────────────────



 警邏課の皆の補助もあって、3人が4階にたどり着くのは容易だった。

 向かい来る男達はあしらい、一際大きな会議室と書かれた部屋の扉を開ける。

 タバコの匂いが絡みついた。

 中には優雅に一服する男が1人、パイプ椅子に腰掛けている。


「大人数でどかどかと、ちょっと失礼じゃないですかねぇ……日本の司法は令状主義でしょうよ」

「勿論令状取ってあるよ?警察よりもそこの手順が早いだけ」


 耳に飛び込む重低音悪意に蓮陽は眉根を寄せた。

 阿久津家の中で感じたものと同じだった。しつこくまとわりつき、嘲笑うかのように不愉快で……視界の端、ガラス越しに映った蓮陽の表情を見て四葩も気がついたようだ。


「あー……おじさんなんだ?紘杜さんを騙した人って」

「騙したって失礼な。こっちは助けてやったつもりなんだがなぁ」

「ん〜なかなか悪趣味な言葉遣いをするね……かけらも愛情が見えないや」

「へぇ……」


 ふぅと煙を吐き出し、タバコの火を消す。

 男の手がスーツの内ポケットに伸びた。けれど


「撃たせないよ」


 すんでのところで手は止まっていた。一瞬で懐に入った四葩が男の手首を捕らえている。

 胸ポケットの膨らみも、男がそこに視線を向けていたのも、彼にはお見通しだったのだ。


「ヒュ〜カッコいい」


 男は強い力で四葩の手を跳ね除けると鋭く拳を突き出し反撃、だが最小限の動きで四葩はそれを躱すと、入れ違いに啓太の回転二段蹴りが炸裂する。

 一瞬で勝負が決まる大技をまともにくらいつつも男は受け身を取り、手を伸ばしたのは蓮陽の首。


「わ……っ!」


 逃げるのが一手遅れた。

 男は蓮陽の首に手を回し胸ポケットの拳銃をこめかみに突きつける。


「道具には使い所ってもんがあるよねぇ……このかわいい子、撃っちゃおうかな」


 一瞬のうちに有利不利が入れ替わる。

 蓮陽の耳にはさらに強い音で重低音が鳴り響く。

 この男は自分を本気で撃つつもりだとわかり、冷静に物事を考えられない。

 その時


「白羽、行くぞ」


 啓太の声が聞こえた。

 けれど啓太は自分では無く四葩を見ながらそう言った。

 なぜそうしたのか


「3、2、1……」


 与えられた少しの猶予の間に蓮陽は啓太の考えを理解する。


「0」


 こめかみから銃口をずらすと共に蓮陽は男の足の甲を踏み抜いた。


「な……っ!?」


 急所を突かれ一瞬動きが鈍る。

 その隙に蓮陽を奪い返す四葩。

 せめて殺してやろうか。男が銃を構えた刹那、死角からスクートで助走をつけた啓太のムーンキックが刺すように振り下ろされ銃を叩き落とした。

 激痛に悶えながらも男は四葩に三日月蹴りを繰り出したが、肝臓に中足が届くその前に剣のような肘ではたき落とされ、骨張った大きな手が男の顔を覆う。

 折り曲げられた親指が眼球に当てられる。

 この状態から力をのせれば古来からの単純な戦法、目潰しになる。


「おじさ〜ん素直だね〜俺が白羽だと思った?俺は丹鵠、白羽はその子だよ」

「誰が育てたと思ってる……こんななりだが人間の急所は把握している」

「こんななりなんですけどね……」


 今更になって思い出した。一撃で勝負を決める沖縄空手……その型の凶悪さは武術の達人であっても勝つのは至難であること。

 しかも今は強烈な蹴り技の使い手がそばにいる。この状況下では勝てるわけがない。男は一切の抵抗を諦めた。


「カードキーもーらい」

「逮捕する」


 今回ばかりは相手が悪かった。胸の内で頭に謝罪をした後、男の手首に手錠がかけられた。



 ────────────────────



 逮捕した男を捕縛しつつbirdの3人は一階へ駆け降りた。

 エレベーター前にたどり着きカードキーをスキャンしようとするが


「だめです啓太さん……っ!狙われてます!」


 危機一髪手を引っ込める。すると、そこに弾丸の雨が降って来た。

 幹部の男がいるのに容赦なく撃ってくる。

 3人は男を武装した警邏課に預け物陰に身を隠した。


「窮鼠猫を噛むってやつかな。カードキー取られたから本格的に攻めてきたね」


 四葩がヘッドセットで呼びかける。


「幾仁さん……他にカードキー誰が持ってるの」

「今交戦してるよ。すぐそっちに行くね」

「……じゃあ俺幾仁さんと行くよ。啓ちゃんとれんれんは先行ってて。無理せずに待機でも」

「そんな甘えたことすると思うか」

「しないんだよね〜……でも本当に無理はしないでよね」


 bird最年長らしく2人の頭を撫でると、四葩は再び階段を駆け上がる。

 程なくして銃撃が止み、代わりに男達の呻き声が聴こえてくる。

 四葩の作ったチャンスの間に啓太と蓮陽はエレベーターに乗り込んだ。

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