『二人でエピローグを(後編)』
いつしかシエルの存在は学園の伝統を壊すのではなく、学園に巣食う古い価値観を取り除く『風』となるのでは?と思い始めたベガは周囲の目を器用に欺きながら世話を焼くようになっていた。
頭角を現すシエルの成長が嬉しくてあれこれ説教臭く指摘していたら、シリウスに「身分を盾にして平民のシエルを虐げている」と勘違いされるようになっていた。
その点に関してベガは自身の落ち度と痛感している。
シエルとの接し方をもう少し工夫すれば良かったと後悔したが恋に惑わされて一方的に話を進めて婚約破棄したシリウスを彼女が投げ飛ばした際は正直胸がすくわれた。
シエルの王族に対する行いは許されるべきものではないが、それ以上に此処まで歩んで来た彼女が一つの過ちで挫折してしまうのが何よりも許せなかった。
「そうね、ただの気まぐれよ。それとも明日から後ろ指を指される日々を送りたいのでしたら、」
「い、嫌です!…確かに私はやってはいけないことをしました。でも婚約破棄をされる謂れのない貴女様を追い詰め、此処ではない遠い場所に追いやった人達と一緒にいるのはもっと嫌です。」
「交渉成立でよろしいかしら?名誉挽回とまではいかずとも私の領地を改革して一緒に汚名をそそぎましょう。」
柔らかい笑みを浮かべて手を差し出すベガの美しさにシエルは思わず見惚れてしまう。月の光に照らされるベガはまるでロマンス小説に登場する女神そのものだった。
彼女の手を拒む理由は何処にもない。自分独りではどうすることもできない壁があってもベガと一緒なら乗り越えられる。そんな確信がシエルの胸の内に生まれていた。
どんな困難が待ち受けていようとも彼女とともに新しい場所で新しい風を巻き起こしたい。
そう思ったシエルはベガの手に自分の手を重ねた。
「これから対等な関係になるのですから私のことは「ベガ」とお呼びになって。」
「じゅ、十分な信頼関係を築けてからでも遅くはないのでは?」
「あら、つまらないわ。」
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それからどのくらい月日が流れたのだろう。
あの夜会の件でシリウスは廃嫡、共謀した貴族子息三人は勘当されて身分を剥奪された上で四人は国外追放となった。
その後の彼らは浮浪者、ではなくてなんと冒険者として名を馳せているそうだ。ベガ曰く「適材適所とはまさにこのこと」とか。
風の噂ではシリウスの廃嫡によって王位継承権は側室の子でシリウスの異母兄であるレグルスに渡ったそうだ。
彼の護衛を務めていたレグルスは国王と王妃の養子になり、正統な後継者として即位した。
国王となった後、レグルスは手始めに法律を大きく改定したらしい。
周囲の反発は凄まじかったようだが「民が安心して暮らせるように、そして子ども達が毎日学校に行けるように」と制度も税金の使い方も見直して時には新しい法律も設けたという。さらには家督制度を廃止したそうだ。
側近となったデネブとともにレグルスは他国を回り、外交に励み、自国に取り入れられる技術を学んで国内の町村の整備や衛生面の改善にも全力を注いだとのこと。
孤児院の整備は勿論、身分による差別を少しでも無くそうと教育に人権への配慮が取り入れられるように努めたそうだ。それは彼自身やデネブの生い立ちが大きく影響している、とベガはシエルに語り聞かせた。
話の続きで宮廷魔術師のデネブはライラック公爵の妾の子、ベガの異母兄と知らされたシエルは驚きのあまりひっくり返ってベガを笑わせたこともある。
夜会での騒動後、公爵家は家督を継ぐ血縁者がいなくなってしまった。直系の子であるベガ、そして跡継ぎとして養子に招いた遠縁のアルタイルを追い出したのだ。シエルは当時からずっと疑問に思っていたがベガの話で直ぐに謎は解けた。
ライラック公爵は自身の血を受け継ぐデネブに目を付けたのだろう。しかしデネブが今も公爵家の当主になってないのを見るとレグルスが公私混同しない範囲で手を回していたに違いない。
だがシエルは知らなかった。
デネブを当てにしたライラック公爵が「今まですまなかった、やり直そう。」と父親面して心無い謝罪をした際にレグルスがデネブを守るようにライラック公爵の前に躍り出たことを。
レグルスが「彼の母は公爵にとっては妾であっても妾以前に公爵家の侍女として仕えていた女性だ。彼女が婚約者のいる身であることを知りながら公爵は主人の立場を利用して夜伽を命じた。その過ちによって彼女は心身ともに傷付き、侍女を辞めてデネブが生まれてから無理が祟って亡くなった。彼がここまで来られたのは貴方ではない。彼の母の婚約者、つまりは育ての父だ。もし不満なら訴えても構わない。こちらは調査が済んでいるし、証拠も揃っている。」とライラック公爵に反論の余地を与えなかったことを。
そして計画が水の泡になって手も足も出せなくなったライラック公爵がその後どうなったのかはレグルスを含むごく一部のみが知る事実でデネブすら知る由もなかった。
唯一公表されたのは管理する貴族がいなくなった今のライラック公爵領の大半が国営になったことくらいだ。
余談はさておき、彼女達の物語に戻ろう。
ベガが領主として任されたライラック公爵領の土地は文字通り『寂れていた』ため先ずは資金調達を最優先にした。シエルは彼女とともに冒険者として連日様々なダンジョンに通っては依頼をこなしつつ大量の素材を換金した。
次に土地。どの作物が適してどのように土地を改良すれば育てやすいか二人で汗水流して土壌を整えた。
そして領民。出先で行き場のない人々と交渉して領地に招き、読み書きや計算を教えて衣食住と仕事を提供して新しい領民が来た時に彼らを指導する役目も与えた。
現在は軌道に乗って豊かな土地と多くの領民に恵まれたが最初からうまくいくはずもなく失敗の連続で頭を抱えるのは日常茶飯事だった。
それでも二人一緒だったからこそ此処まで辿り着けた。そんなベガとシエルは今、再び国の大地に足を踏み入れようとしていた。
「この国も久しぶりね、シエル。」
「はい、ベガ様。あの夜会以来です。」
「では参りましょう。私達の功績を認めてくださった現国王が待っております。」
あの時と同じように手を取り合うと彼女達は笑い合い、新しい風が吹く故郷へ顔を向けると二人並んで一歩前に進んだ。
あなたは私が好きでも私はあなたを好きではありません。 シヅカ @shizushizushizu
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