第26話 それぞれの忘れたい過去

 森から離れた一同は、化け物について話し合った。


「町の人たちが目撃した不死者らしき存在は、あの化け物たちで間違いないわね」

「そもそも、あれは不死者なんですの? 普通に攻撃が通用しましたわよ?」

「ええ、不死者ではないと思うわ。かと言ってゾンビにしては動きが俊敏よね」


 ユリリカが一同に化け物の正体が分かるか問いかけたが、頷く者はいなかった。


 とりあえず宿屋に戻った一同は休息を取る。

 昼食後に調査を再開し、町の墓場に出向いた。狩人の言っていた通り、墓のいくつかが掘り返されている痕跡が見つかる。


 墓場の管理者に聞けば、最近亡くなった者の墓だけが掘り返されて遺体が消失しているらしい。これだけ大規模な遺体泥棒を行った犯人の正体は未だに検討すらついていないようだ。


 墓場から戻る頃には夕方になっていた。ひとまず今日の調査は終わりだ。夕食と入浴を済ませれば、窓から見える町は夜の帳に覆われていた。


 なんとなく眠れなかったシロウは、夜風を浴びるために宿屋を出た。

 夜空を見上げながら冷たい風に浸っていると、こちらに近づいてくる足音が聴こえる。


「あんたも眠れないの?」


 凛とした声で、振り返らずともユリリカだと分かった。

 白いネグリジェを身にまとったユリリカは隣に立つと、シロウの真似をするように夜風に浸り始めた。彼女の横髪が風に揺れる様を眺めていると、呟き声が漏らされる。


「あの仮面の男を見たら、忌々しい記憶が蘇ってしまったわ」

「三年前の降魔戦争か」

「ええ……悪魔が古都を襲って、たくさんの人たちが殺された惨劇よ」

「その渦中に、お前もいたのだな」


 ユリリカは静かに頷いた。

 そして、当時の忌々しい記憶をさらけ出していく。


「お父様が他の貴族たちと会合中に、私は退屈を持て余して街に出た。議事堂から離れるなという、お父様の言いつけを破ってね。そんな不届き者の私が一人で観光している最中、悪魔たちが街に現れた」


 話しながら、ユリリカは自分を抱きしめていた。細身の身体が震えている。


「目の前で、人がたくさん殺された。男も女も子供も大人も関係なく、悪魔たちは目につく者を虐殺していった。私は尻餅をついて震えるだけで、何もできなかった」


 ユリリカは、どこか苦しげに息を吐き出した。


「そして、あいつが現れた。災厄の大悪魔が」

「大悪魔……」

「そうよ。五百年前に大陸全土を恐慌に陥れた大悪魔ベリアル。そいつが目の前に立って私を見下ろしていた。姿形は人間と変わらないのに、見ているだけで気を失いそうな邪気を纏って、まるで虫けらを眺めるような目でね」


 大悪魔ベリアル。かつてソロモンという召喚士に使役されていたという。王宮に仕えていたソロモンは国を裏切り、悪魔を従えて大陸の侵攻を始める。その際に最も人々に恐れられた大悪魔がベリアルだった。


「どうやってベリアルが顕現したのか、具体的なことは分からない。だけど、邪教の連中が関与していることは想像がつくわ」

「邪教バビロン……そいつらが悪魔を解き放ったのか」

「ええ。そして私は、奴らに消えない傷を残された。本当に忌々しい連中よ」


 ユリリカは吐き捨てるように言った。

 大悪魔ベリアルと邪教バビロンの教徒たちは星刻騎士団に討ち取られた。しかし教団の主は逃走を果たしており、今もどこかで災厄の種を振り撒いている。


 過去を語ったユリリカは、ふう、と息を漏らした。


「私としたことが、柄にもなく語ってしまったわね」

「少しは楽になったか」

「何のことやら」


 こちらを向いて、おどけるように言う。

 そんな彼女に、シロウは自分の過去を明かそうと思った。

 漆黒の夜空を見上げながら語り始める。


「俺も三年前が人生の分岐点だった。故郷の村に双頭の魔獣が現れて、村人たちを食い荒らした」

「似たような惨劇が同時期に起こっていたのね」

「もしかしたら、俺の時も邪教が関わっていたのかもしれない。見たことのない魔獣は、まるで悪魔のようだった」


 そこまで語ったシロウは一息つく。

 これから彼女に伝えることは、自分の中で最も誰かに知られたくない恥じるべき過去だ。


「その時に、俺は妹を見殺しにした。負傷した彼女を置いて、一人で逃げ去ったんだ」

「そう」

「あまり興味がなさそうだな」

「そういうわけではないけど……まあ、誰にだって忘れたい過去の一つや二つはあるわよね」


 ユリリカの反応は、言ってみれば素っ気ないものだった。

 だが、その素っ気なさに……シロウは安心した。

 彼女は蔑まなければ慰めもしない。ただ、そばにいてくれるだけだった。それが、なぜかシロウの心を落ち着かせる。


 冷たい夜風が吹き、二人を撫でて過ぎ去った。


「戻りましょうか。あまり身体を冷やしても風邪を引いてしまうわ」

「そうだな」


 また明日も実習に励むことになる。

 シロウは宿屋に戻りゆくパートナーの華奢な背中を見つめながら、明日からもよろしく頼むと心のなかで呟くのであった。

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