第27話 辺境伯の招待

 実習二日目の朝、身支度をしたシロウは部屋を出た。

 集合場所である受付場へと向かっている最中でユリリカを見る。彼女も支度を終えており、騎士学院の制服に身を包んでいた。


「おはよう、シロウ」

「おはよう。何かあったのか?」


 ユリリカは考え込むように腕を組んでいる。

 問いかけに頷いたユリリカは懐から一枚の紙のようなものを取り出した。


「これは……招待状か」

「ええ、ヴァレンシュタイン辺境伯からよ」


 招待状の表面には『アルセイユ騎士学院の皆様へ』と記されている。


 つい先ほど宿屋の娘から渡されたものらしい。朝の掃除をするために宿屋を出ようとしたらドアに挟まれているのを見つけたのだとか。


「中身は見たのか?」

「もちろん。あんたも見てみなさい」

「分かった」

 

 招待状を開いて確認する。

 辺境伯の直筆のようで、騎士学院の皆を館に招待したいと書かれていた。

 

「わざわざ招待状を届けに来るとは、回りくどい真似をするな……ユリリカは招待を受ける気なのか?」

「私としては、顔見せに行くぐらいはしておきたいと思ってる。辺境伯とはもう随分と会っていないし」

「俺としても、ルルの頼みがあるからな。皆と相談して館に行くか決めよう」


 受付場に行くと、皆はすでに集合していた。

 ユリリカが招待状を見せて辺境伯の申し出を受けるか問いかけると、特に異存がある者はいなかった。


 こうして、この街を統べる辺境伯のもとへと向かうことが決定する。さっそく準備を済ませた一同は宿屋を出て、街の片隅にそびえる大きな館を目指して進んだ。


「ロズベルト卿と会うのは久しぶりですわね」

「アリシアさんは辺境伯さんと知り合いなんだよね」

「そうですわね。昔から貴族としての交流がありましたし、会合の際にお姉様ともども面倒を見てもらったことがありますわ」

「昔は気さくな人だったって話だよね。今は引きこもりがちで、人が変わってるらしいけど……」

「何はともあれ、挨拶ぐらいはしておいたほうがいいでしょう。もう少しで館に着きますわ」


 アリシアとジェシカの会話を聴いているうちに館へと到着した。領主が有する館だけあって大きく、広い庭には鮮血を思わせる赤色のバラが咲いている。庭から伸びた茨が巻き付いている正門をユリリカが慎重に開けると、軋んだ音が鳴り響いた。


「……空が曇ってきましたね」


 庭を進んでいる最中、薄暗い空を見上げたシャルンが呟いた。

 先ほどまで晴れていたはずなのに、空は灰色の雲に覆われつつある。一雨降りそうだったので、一同は館の入り口まで急いだ。


 先頭に立ったユリリカが扉をノックする。

 扉は重苦しい音を立てて、ゆっくりと開いた。


「これはこれは、久方ぶりだなユリリカ嬢。そしてアリシア嬢にシャルン嬢も」


 扉を開けた主は、細身で背の高い男だった。

 歳は四十かそこらで、切れ長の鋭い目とニヒルに歪められた口元が特徴的だ。黒のスーツとマントを身に着けた肉体は、細身であるものの鍛えられていることがわかった。


「ご機嫌よう、ロズベルト卿。この度はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ、突然の招待を受け入れてくれて感謝感激だ。さて、堅苦しい挨拶も程々にしよう。どうか気軽に入ってくれたまえ」


 どこか愉快そうに声音を弾ませたロズベルト卿は、入館を許可した。ユリリカはアリシアと顔を合わせて肩を落とすと、一同を館の中へと促す。


「わ……すごい」


 館の内部を見たジェシカが小さな声を漏らす。

 大広間の天井には豪奢なシャンデリアが吊り下げられており、心もとない光量で辺りを照らしている。壁には風景や若い女性が描かれた絵画がいくつもあった。


 周囲を物珍しげに見回すジェシカの後ろでソーニャが鼻をくんくんと鳴らす。


「……?」

「どうした、ソーニャ」

「なんか、へんな臭いがする……」


 ソーニャは眉を八の字に下げて顔を歪ませる。

 どうやら不快な臭いがするらしいが、シロウの嗅覚では感じ取れなかった。


「皆様方、食事はもう済ませたかな?」


 ロズベルト卿が振り返り、カラスの鳴き声のようなしゃがれた声で問いかけてくる。


「実はまだで……」


 ユリリカが返事すると、ロズベルト卿は犬歯を見せて微笑んだ。


「おやおや、育ち盛りのキミたちが朝食を抜くのはいただけないな。食事室に軽いものを用意してある。食べていくといい」

「それでは、お構いなく」


 食事室の巨大な食卓には朝食が盛り付けられていた。ステーキやサラダ、スープなどが人数分あって、あまり軽いとは言えなかった。


 椅子に腰を落ち着かせた一同は、少し遅れた朝食を取る。

 シロウはスプーンでスープを掬い、一口味見をしてみる。まだ作りたてのようで温かく、味も悪くなかった。


 ふと、この朝食を作ったのは誰なのだろうと疑問に思う。

 館にはコックや給仕人がいる気配はない。ロズベルト卿が調理したにしては量が多すぎるように感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る