第6話

 バスは通常通り運行していた。座席に腰は下ろさない。吊革にも触らずに耐えた。窓から見える景色は、いつもと何ら変わらない。ただ、人の姿だけが皆無だった。


 真中は玄関先に座り込んでいた。

 制服姿で、上から毛布を被っている。考えることは一緒で、ビニール手袋とマスクを着けていた。俺の顔を見ると、真っ赤な目で、力なく、それでも嬉しそうに笑った。


「中には入らないほうがいいと思う」


 真中の言葉で、室内がどうなっているのか予想がついた。

 隣に並んで腰を下ろすと、毛布を引っ張って、俺にも半分掛けてくれた。コンコンと小さく咳を繰り返しながら、真中は言った。


「来てくれて、ありがと」

「どうってことねぇよ」


 寄り添った肩から伝わってくる温もりは、真中が生きていることを実感させてくれて、たまらなく嬉しかった。


「友達に片っ端から連絡したんだけど、誰も出なくて……そしたら、沢渡に電話するの、すごく怖くて……」


 昨日まではみんな普通だった。放課後から今朝までの間に、爆発的に感染が広がり、発症したということか。

 再び泣き始めた真中の手を、ビニール越しにそっと握った。


 もしかしたら、と思った。

 結果的に自殺したくなるほどセンチメンタルな気分に追い込むという、そのウイルス。元々切なさを抱えて過ごしている人間には、猛威をふるえないのではないだろうか。


 俺は知っている。

 真中の「先輩」が最近、真中とは違う女子と二人でよく歩いていることを。そして、そのことを真中自身も知っている。そんな真中を、俺はいつも見ていた。


 もしかしたら、俺たちには抗体ができていたのかもしれない。もちろん、ただの憶測だ。


 泣きじゃくる真中の手を、強く握って俺は言った。


「ニュース、ちゃんと見たか? 抗体ワクチンをぶちまけてくれるんだとさ。その効力がすごいらしいんだわ」


 ずぶ濡れの瞳を、真中はこっちに向けた。


「悩みも悲しみも、みんな吹き飛ぶんだ。辛いのは今だけだぞ」


 俺は笑って、それから、派手なくしゃみを一つした。


 その時。

 遠くから機械音がした。二人揃って見上げると、上空に大型のドローンが姿を現した。


 その薬が、どこまでの効果を発揮するのかわからない。

 ひょっとしたら、俺の真中への想いも、今とは変わったものになってしまうのかもしれない。真中のことを誰よりも大切に思ってきた気持ちが、消えてしまうのだとしたら、それは残念だ。


 でも、真中。

 お前のその苦しい想いが消えるなら、俺はそれくらいどうってことない。真中だけには、いつも笑っていて欲しいんだ。

 だから、センチメンタルな感情なんて、すべて忘れろ。俺も忘れる。


 一緒だから、怖くないだろ?





(fin)

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さよならセンチメンタル 朋藤チルヲ @chiruwo

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