第4話

 バスの中でも、真中の家まで歩いている間にも、真中は隣でずっと涙をこぼしていた。相当ショックだったんだろう。無理もない、俺だって血の気が引いたのだから。

 幸いバスの乗客も通りを歩く人も、今日に限ってほとんどおらず、人目を気にする必要はなかった。


「ごめんね……」


 震える声で、真中は謝った。

 田舎道には外灯がぽつぽつとしかない。すっかり暗くなってしまった今時分では、真中の横顔もぼんやりとしか見えない。


「謝るなよ。真中、何も悪くねーだろ」

「わたしが買い物に付き合わせなかったら、沢渡、あんなもの見なくて済んだのに……警察に事情も訊かれて、帰りがこんなに遅くなって……」

「バカ言ってら」


 真中は、そういうやつだ。

 コンコン咳き込みながら、ぽろぽろ涙をこぼす真中の後頭部を、俺はぽんと叩いてやった。


「そんなことより、足大丈夫か? 火傷しただろ」

「大丈夫。大したことないよ。ありがと」


 真中は顔を上げて笑った。濡れた頬と睫毛が、月明かりに照らされてキラリと光る。無理やりとはいえ、わずかに笑顔が戻ったことに、心の底から安堵した。


「あれ? 変だなぁ」


 自宅の敷地に足を踏み入れて、真中は首をかしげた。


「もう暗いのに、どの部屋も電気がついてない……まだ誰も帰ってないのかな」


 二階建ての真中の家は、しんと静まり返っていた。

 父親はまだ仕事なのだろうが、中学生の弟も部活から戻ってきていないのだろうか。母親は昼間のパートで働いていると聞いているけど、出かける急用でもできたのだろうか?

 多少引っかかりを覚えながらも、その時はまだ俺も真中も、それ以上は深く考えなかった。


「じゃあ、送ってくれてありがと。また明日、学校でね」


 そう言って引き上げた真中の口角は、かすかに震えている。

 もう少し一緒にいてやろうか? そんな言葉が飛び出しかけた。あんなグロテスクなものを目の当たりにしたあとで、真中を一人にしたくない。


 でも、口をつぐむ。

 言わない。俺の役目ではないからだ。それは、真中の「先輩」の役目。ただの友達でしかない俺にできることは、ただ一つ。


「くだらない話したくなったら、いつでも電話してこいよ。どうせ暇だしな」


 それだけ言って鼻水をすすり、来た道を戻り始めた。


「ばいばい、沢渡」


 背中に投げかけられた言葉に、俺は振り返りもせずに手だけあげる。

 俺のセリフに頷くことはしないけど、拒否もしないのが、真中の優しくて残酷なところだ。泣きたいほど愛おしくて、たまらないところだ。

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