3-2 裏切り


刀を構えた彗祥は、囚われた都市部隊の仲間を救う為にルーダーと戦う事を決意した。


彗祥の手にする「風の刀ウインドブレード」は暗闇にすーっと細い光を走らせ、まるで月食になりかけのような湾曲を輝かせると壮麗な眼差しで不気味に立つルーダーの全身を確認しながら声を出した。


「見たところ身だけを守る鎧以外何も装備していないようだけど。私を侮っているのかしら?」


「まさか‥‥こんな美しい刺客に大歓迎しているのだよ」


侮っている、と根に思いつつも見る限りの外観からは武器らしいものは一切装備していないルーダーに彗祥は警戒する。

‥‥何かを隠しているのか?とは思ったものの、彼はその鎧から見える眼だけを、笑っているかのように細めてこう言った。


「それにそんな小細工のような物など、必要無いんだよ。私には、何もなくても人を動かす力があるのだから。そこにいる奴等とて‥‥お前も同じだ」


「なにを!」


彗祥は一歩踏み出し、銀色の長い髪がなびいたと同時に風の刀ウインドブレードは風を巻き上げると、かまいたちの如くルーダーに向かった。

風の刀ウィンドブレードを受けたルーダーの鎧はバキバキィッッ、という斬り走る音と共に表面に亀裂が走る。


風の刀ウインドブレードか‥‥生意気な。だがその刀や機械の剣マシンソード鞭竿ウィップ・ロッド‥‥光の小銃ライトハンドガンもあったな。‥‥例えあやつの榴弾砲ハウザーでもは破壊する事は出来まいが‥‥」


‥‥何故、そんな事まで知ってるの?内心焦る彗祥にルーダーは横目で「じゃあ、これはどうだ?」と言うと、檻の方に目を向けた。


「出てくるがいい」


すると、それまで檻の中にいた仲間達がのそりと動き出した。

次々と這い出てくる彼らは立ち上がり、不気味な目で彗祥を見る。


「こ‥‥これは」


いつもと違い余りの異様な雰囲気の仲間達に彗祥は動揺した。


「残念だなぁ。彼らは既に私のものなのだよ」


「どういうこと?」


「彼らはもう、私の命令しか聞かぬ‥‥どうだ?お前に奴らが斬れるなら、思う存分闘うがいい」


救出する筈だった仲間達が敵になるなど思ってもいなかった。

不気味に見据える目でじりじりと迫り来る彼らの後ろでルーダーはその様子を面白がるように眺めている。

彗祥は刃を向けるも困惑しながら後退りしていくと、不意に誰かにぶつかった。


彗祥が振り返ると、そこに居たのは行方不明だった刃灰だった。


「刃灰!どうして」


「この男は私と同じ、乱世を望んでいるのだ」


ルーダーと刃灰、二人は同じように不快な薄ら笑いで驚く彗祥を見る。


「俺は賭けたのだ。に勝ち目があるだろうとな」


口元が歪んだ爬虫類のような顔の男はそう言いつつも、内心こう思う。


『ここには葵竜が来ると思っていたが‥‥まさかお前だったとは』


ルーダー、都市部隊の仲間、刃灰‥‥そこにいる男達は狂気の目で彗祥を囲んだが、彗祥は悲しげな眼で彼らを見つめる。


「刃灰。あなたがいながら何故‥‥」


信じていた彼らが裏切るつもりで失踪していたのを知り、更にルーダーに操られるがままに向かってくる仲間達にすでに風の刀ウインドブレードを構える気力も失せた彗祥。

そんな彼女の姿に僅かな良心が痛んだのか、刃灰の薄ら笑いも消えた。


「どうしたんだ刃灰。まさかこの女に惚れているのか」


嘲笑するルーダーの言葉にも弁明するかのように彗祥を見る刃灰。


「許せ、彗祥。こうなるのは仕方が無いのだ」


「‥‥だったらお願い、せめて彼らを助けてあげて」


変わり果てた仲間達を救う事を望んだ彗祥に刃灰は暫く考えると、真顔でこう言った。


「ならば‥‥‥お前の命と引き換えに奴らを助けてやる。お前は何も見なかったし、何も知らずに死んだ事にしよう。それが条件だ」


‥‥それで‥‥彼れが助かるのなら‥‥


一殺多生を望んだ彗祥は意を決するように頷くと、風の刀ウインドブレードを自分の喉元へ持っていく━━。

‥‥だがその時、


「そうはさせぬ!」


自害しようとした彗祥の首をルーダーが掴み持ち上げた。

宙に浮き苦しむ彗祥の顔を、壊れた鎧の隙間から苦虫を噛んだような顔を向けながら、刃灰の方に横目をやる。


「刃灰、お前は全てを意のままにしたいのだろう?それなのに、諦めるつもりか?」


その様子に刃灰まで唖然と見ていたが、ルーダーは更に続ける。


「これでいい方法が思いつくだろぉ?も誘き出せる、いいのかぁ??」


ルーダーがニタッと笑うと、彼はその言葉ですぐに元の薄ら笑いに戻った。


「あ‥ぁあっ」


「これでお前は私の手の中に入った!!」


掌を押し当てられた前頭に指先と共にが喰い込んでいく。

激痛と精神が奪われるような感覚に悲痛な叫び声を上げると、心の中で名を呼んだ。


『緋‥‥翠‥‥‥!!』


風の知らせだったのか、その声は戦闘中の妹である緋翠に届いた。


「葵竜!」


緋翠は遠くに居る葵竜を呼んだ。


「葵竜‥‥姉さんが」


「彗祥がどうしたんだ?」


自分の方を見た葵竜に、緋翠は追いすがるように訴える。


「なぜか解らないけど、声が聞こえたの。姉さんが叫んだの!」


葵竜は何が何だか解らず驚いたが、一瞬黙ると、緋翠に言った。


「緋翠、心配するな。俺が彗祥彼女を助けに行く」


「しょうがないぜ」


横目で葵竜を見た火是が一言だけそう言うと、彼は颯爽と飛び出した。


「すぐに戻ってくる!」



「葵竜‥‥姉さん」


どうしようもない不安に駆られながらもその後ろ姿を眼で追う緋翠。

彼女が、葵竜と言葉を交わしたのはそれが最後だった。

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