4-1 ルーダーの秘密

彗祥を刃灰は、次は葵竜だ━━、と薄ら笑いを浮かべる。


思い起こせば、刃灰が異凶徒軍と通じるようになったのは最初は密偵の為からだった。だが、敵の行動を知る為に仲間を連れて異凶徒に近付いた彼は、そのうちルーダーに引き入れられてしまう。


刃灰が味方に対しても卑屈になったのは、思い起こせば葵竜が都市部隊に現れた頃からだ。

彼が現れてから火是と部隊は変わってしまい、涼しい顔で街の人気を得る葵竜。

━━己の立場がこの中で半減してしまった刃灰は羨望と妬みで潜むようになる。


‥‥そんな思いを持ちつつ異凶徒から謀反の示唆をされた後、部隊の中で同じ気持ちを持つ者を内密に集める刃灰。

そして火是がルーダーを前にしたあの日‥‥異凶徒軍を取り囲むフリをした刃灰は、時が来た、とばかりにその仲間と共に忽然と姿を消したのだ‥‥。


一変して裏切りという行動を取りながらも刃灰とルーダーは当然互いには信用はしていない。刃灰が仲間を操られ、いつ寝首を掻かれる立場にあいながらもそこに来たのは、腹黒い野望が一致したからだ。

刃灰にとっては仲間の事は容易く、彼等の戦術や行動は既にお見通しである。

今、囚われた仲間を探しているであろう彼等が自分たちにしか解らない目印を追って来ることも予測していた。‥‥それが彗祥だったのは当てが外れたが、次に誰が来るのかも読んでいる。

案の定、彗祥を探しに向かう葵竜は彗祥と同じ網にかかる運命にあったのだ。



━━彗祥!

彗祥の危機を知らせた緋翠の声で、彗祥の居る場所を追う葵竜。

彗祥が付けていた印を辿りながら、彼女の無事を願っていた。

そして、その跡が途切れるところまで来ると、彗祥と同じように一つの部屋を見つける。


地上に飛び降りた葵竜は周囲を見渡しながら銃を構える。

━━その場所は薄暗く、辺りは静かだった。彗祥が来た時と違うのは鉄格子が壊れた檻や、床に何かが散乱した形跡があり、薄光の中でも僅かに確認出来た。

冷たく不気味な空気を感じながら隅の方を見ると、そこに何かがあるのに気付く。

葵竜は咄嗟に銃を構えたが、骸のようなそれをよく見ると‥‥横たわる姿から女だと解った。

‥‥死んでいるのかと思いきやその女は‥‥葵竜の目の前でゆっくりと起き上がった。


「‥彗‥‥」


長い髪、風の刀ウインドブレードを力なく手に持ち、暗闇に背を向けたまま佇む美しい後ろ姿。葵竜はそれが誰なのかすぐ解った。


「‥‥彗祥!」


葵竜がそう叫びながら近寄ろうとしたその時、突然銃声が響いた。

とっさに彗祥をかばい背を向けると、流れ弾が肩を掠める。


それを合図に人影が次々と現れると、葵竜と彗祥は取り囲む者達に銃を突きつけられる。

一斉に二人を撃とうとする彼らに「やめろ」と別の方向から声がし、葵竜は激痛が走る腕を押さえながら声の主へと顔を向けた。


「出てきたな。葵竜」


呆然とする葵竜の前に現れたのは、刃灰とルーダーだった。


「刃灰、それに‥‥」


葵竜は目の前に敵の総支配者と刃灰が居る事に驚いた。今までうすら笑っていた刃灰は、笑顔を消すと銃を持つ者達に視線を向ける。


「‥‥彗祥の言う通り、仲間を元に戻してやった」


何の事か解らない葵竜がさらに驚いたのは、自分を取り囲み焦燥の目で銃を突きつけている者達が自分の仲間だという事だ。

だがそんな事はおかまいなしに刃灰は葵竜に聞く。


「お前なら火是から聞いた筈だろう。スタルオへと通じる方法を‥‥教えるのだ。教えるのなら彗祥を助けてやってもいい」


「‥‥何を言っているんだ刃灰。彗祥はお前を救いに来たんだぞ」


その言葉で刃灰は一瞬黙るが、突然目を向き出して憤るように声を荒げた。


「彗祥といいお前といい、二人そろって間抜けな奴らだなぁ!だから、お前が、許せんの、だよおぉ!!!」


言い終わった後ゼェゼェと息を切らした彼はすぐに冷静さを取り戻し、見下すような薄ら笑いを浮かべて彗祥に目を向ける。


「解っているのか葵竜、決めるのはお前だと」


「どういうことだ‥まさか‥‥」


「見ての通り、まだ死んではいない。だが‥‥」


「この女は、既に私の物なのだよ」


そう言いながらルーダーは二人の間に入り口を挟むと、葵竜は彼を見据えた。


「どう言う意味だ」


「何度でも言おう。いくらお前でも毒の抜けた魚に戻すという事は、容易く出来ないという事を。見るがいい‥‥‥」


するとルーダーは突然、鎧に覆われている両手を高らかに翳し、自身に満ちた声を上げる。


「スタルオには、この星を動かす力ともう一つ、生も死も操る力があるのだ。その僅かの力がにある」


今まで握られていて気づかなかったが、彼の指先の爪は見たこともない光りに輝いている。


「‥‥我のの爪を受けた者は、精神を破壊され、支配する事が出来るのだ。そこの女も‥‥」


「「彗祥‥‥が‥‥?」


「‥‥実際、見てみるがいい」


葵竜は信じられず、彗祥の顔を見つめた。


「彗祥!眼を覚ますんだ!」


葵竜は彼女の意思を取り戻そうと、彗祥が気が付くように何度も呼ぶ。楽しかった思い出、戦中でも共に助け合った日々。これまでの出来事が脳裏に浮かぶ。‥‥そんな彼の想いとは意に反し、愛する女性が堕ちているのが信じられなかった。

すると今まで虚ろだった彗祥の口が開いた。


━━わ‥‥私‥‥、


彗祥は目の前の葵竜に気づいていない感じで、まだ夢から覚めないようにぼうっと独り言を呟いている。


━━どうして‥‥私は死んだ筈よ‥‥あれは‥‥夢‥‥?」


「?」


虚ろな目をした彗祥は、暗闇の中に自分一人だけがいるかのようにきょとんと自らの手を眺めていた。


「‥‥何の夢を見ていたというんだ?」


━━‥‥私が、何度も殺されて‥何かに変わる夢を‥‥‥。


「彗祥‥‥」


その言葉に絶望を感じた葵竜はルーダーを睨んだ。

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