夢の世界

1-1 水面の緋翠

上も下も無い、無重力。


夢の入り口から入った緋翠は、真っ白い世界に包まれていた。


息が苦しい‥‥


意識の中で、死ぬと言う一線を感じながら一人でもがいた。




‥‥水の音と共に外に飛び出すと、外界の空気と共に光が飛び込んだ。


荒い呼吸を整えた後、自分自身の視界を確認する。

全身濡れたままで立った場所は、鏡のように一面に広がる水の上。

腰下まで水面に浸かっている緋翠は、呆然とするように呟いた。


「こ‥ここは‥‥!」


辺りを見渡すとそこは緋翠が見たこともない風景だった。森と水の世界に光が明るく照らし、緑や青が宝石のように煌めいている。


━━ここが、姉さんの夢の世界?


あまりにも意外だったので思わずきょとんとする緋翠だったが、気を引き締めようと思い出す。

そうだ、どこかにヒョウもいる筈。早く彼を探さないと‥‥。

そう思いつつも、この美しい世界が本当の彗祥自身であるかのように安心してしまいそうだった。

‥‥それに、彼女は正直、疲れていた。


「‥‥うっ‥‥」


体の傷が痛むと片腕を押さえ、うずくまろうとした。

それに耐えて一歩踏み出すと、ジャバッ、と音を立てて水が跳ねる。

次第に落ち着きだした揺れに自分の影が映ると、水面を覗き呆然とした。

━━透き通る水の中に浮かぶ、鬼のような戦士の表情の‥‥これが‥‥。


「私の顔‥‥‥」


緋翠は立ち上がり再び水の向こうの神秘的な森を見渡す。


水面の境目に木々と小さな岩があり、そこに誰かが蜃気楼のように映るのが見える。


‥夢‥‥?夢だと思った。だが彼女は気が遠くなるのを押さえ朧げにそこにいるものに呟いた。


「姉さん‥‥」


緋翠の眼に映る彗祥の姿は穏やかで、優しかった。全てが夢に見えるその景色の中で、彼女は幻想の中の絵のように何も言わず座っている。



その時━━。


「ここが彗祥の夢の中か」


はっと我に帰り、緋翠は声のする岸辺を見た。その声の主は、碧娥だった。


「まるで同じ六界とは思えないな」


「━━!!」


その、見たか見ないかの瞬間、碧娥は構えると爆風の弾丸ブラストブレットを撃ってきた。


水面が吹き飛んだと同時に鞭竿ウィップ・ロッドを逆方向にふり投げた緋翠の体も跳ね、森の中へと跳び上がる。


━━碧娥‥‥こんな所にまで来る!


一瞬で緊張感が戻った緋翠は緋い鞭竿ウィップ・ロッドを伝って森の中へと隠れるように入り込むと、お構いなしの碧娥は地上からさらに爆風の弾丸ブラストブレットを撃ち込み、緋翠は更に木々を足場に跳んでいく。


自分目掛けて追ってくる追手の攻撃に枝葉を渡りながらかわしていく緋翠は跳んだと同時に振り返ると、立ち並ぶ木々の周りに鞭竿ウィップ・ロッドを一振りさせて大気を地上に返した。


ザザッ!!と舞い落ちる木の葉を跳ね上げる。

舞い散る葉に覆われた碧娥。緋翠は爆風の弾丸ブラストブレットから逃れるように碧娥に目を眩まさせるが、碧娥は木の葉が吹き荒れる中で気配を探りながら氣を込める。

その視界から突然緋翠は現れた!


飛びかかり緋い蛇のように鞭竿ウィップ・ロッドを放つ緋翠と、それを見るなり爆風の弾丸ブラストブレットを撃つ碧娥。

風の弾丸を貫く緋い一閃、爆風は緋翠の横を砕き、放った緋い一閃は碧娥の横を掠める。

そして反射的に入れ違いになり、間合いを取って互いを見ると、碧娥は一言、言った。


「緋翠、何故ここにきた」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る