2-2 包囲される

校舎の壁を背にする碧娥と緋翠。気が付くと二人の周辺には武装した機動隊に包囲されていた。


彼らの周りを《Wrong way侵入禁止》と書かれた黄色いテープが張られていくと、その線引きした先には人だかりが無言で手にしたスマホを操る。


『化け物を殺害して一般市民を危険に追いやった不審者男とそれに鞭のようなものを絡める謎の女!』


などとネットを沸かせる二人はほとんど見世物状態だった。

昨夜の変死体の事件もあり、更にさっき碧娥がぶち壊した部分だけ瓦礫となっているのを目にする一般人達。いわゆる奇人が学校の中に入ってきた異常事態になっていたのである。


「アー、ア、ア、君達は包囲されている。直ちに武器を捨て、大人しく降伏しなさい」


俺に武器など無いんだが、と碧娥は緋翠に愚痴を漏らしつつもシールドを突きつけて二人を捕まえようとする機動隊。

彼らは人が押し寄せる市民を前に、ついに言い放った。


「撃て!!」


短い音を立てて飛び立つガス筒が碧娥と緋翠に向けて発射されると、機動隊は意を決するように叫んだ。


「突撃ィ!」


その声で機動隊が突進したその瞬間、煙幕と同時に碧娥が撃った爆風ブラストで再び目の前のコンクリートの破片が跳ね上がり、一瞬で腕に絡まった鞭竿ウィップ・ロッドを払いほどくと二人は同時に反方向に跳んだ。


気が付くと、緋翠はさっきまで自分がいた場所に居る機動隊から離れた場所に移動し、碧娥はその向こう側で仄暗い者グリームの死骸を脇に抱え立っていた。


機動隊そっちのけで緋翠は碧娥の意外な行動に思わず叫んだ。


「碧娥、何のつもりよ」


仄暗い者グリームを抱いたまま、今にも銃を撃とうとする機動隊やざわめく群衆を背景に、緋翠の姿を見ながら碧娥は言った。


「緋翠、お前はを殺し、この星の人間に加担するつもりか」


「‥‥何が悪いの?私は化け物なんか生かすつもりは無いのよ」


「だったら俺を殺せ」


さらに「えっ?」という顔をした緋翠の心を見透かすように、碧娥は続けて言った。


「俺は別に‥‥このまま奴らに殺されても、化け物の餌になっても構わない」


だらんとした仄暗い者グリームの腕を掴み、彼は目の前で大口を開けそれを咥えると、息の根を止められていた仄暗い者グリームの死骸は彼の体の中で動き出した。


次第にびくびくと手探りで纏わりつくように、腕から全身、次は頭の方へといくと、その頭は碧娥の首元に噛み付いた。


「碧娥!何するつもりよ」


自滅行為に近い彼の行動に緋翠は思わず声を上げた。

彼は仄暗い者グリームと同化するつもりだった。仄暗い者グリームの血管が彼の体に吸い付きだし、体皮と肉の裂ける音がすると同時に長い髪を逆立たせ、もがきながら同化していく碧娥は言った。


「緋翠、俺から言わせればお前の方が無謀だ。誰の為か知らんが」


身体中が腐敗されながら何かに取り憑かれていく感覚。

今以上に不快な吐き気を覚える中で碧娥は以前にもこれと同じような事をした奴の事を思い出す。


━━これで強くなるだと?これじゃまさに塵糞ごみくそ同然じゃないか‥‥‥。


「そうはさせないわよ!」


そう叫ぶと碧娥目掛けて鞭竿ウィップ・ロッドを放つ緋翠。

ギャアアァ!と叫んだのは首を突き刺された仄暗い者グリームだった。


緋翠は、横殴りに次々と仄暗い者グリームの体だけに鞭竿ウィップ・ロッドを叩きつける。


「あんたがそんなのになったら、私は一生付き合わないわよ」


緋翠にシバかれたように傷だらけの碧娥はその言葉に、我に帰ったようにびくりとした。


それより、さっきの話はどういう事よ、と聞こうとした時、緋翠は、変に静かな事に気がついた。


‥‥見渡すと、今まで騒がしかったが皆倒れている。


「どうして‥‥!奴らグリームは倒した筈なのに」


緋翠がそう思ったその時、彼女の耳に叫び声が響いた。


━━緋翠!!


ヒョウ!?

その声で緋翠は振り返ると碧娥に、「借りは返したわよ」と言い残すとそのまま走り去る。


碧娥は黙ったまま彼女を見送りながら、己でくっつけた仄暗い者グリームを自分で引き剥がした。



「ヒョウ!」


ヒョウは、運動場付近に仰向けで倒れていた。駆け寄った緋翠は顔を近づけると、緋翠に気づいたヒョウは、動かないまま小さな声で呻いた。


「緋‥‥翠‥‥‥」


「しっかりするのよ!」


体を抱き起こし、がくがくと揺さぶると、ヒョウは目を見開いたまま、言った。


「沙夜が『あいつ』に拐われた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る