星幻の放浪者（改訂版）

２-1 乱入

緋翠はがらんとした人気の無い通路を一気に駆け抜けた。

校舎の長い廊下の窓からは日は射していたが、静かで凍るような気配を感じる。

突き当たると奴はそこに━━天井に足が吸い付いているのか、逆さに吊られた状態でいた。

仄暗い者（グリーム）は待ち構えていたように緋翠の顔を見ると、緋翠に巨大な掌が襲いかかる。

「！！」

瞬時に顔を掴まれた緋翠は一瞬宙に浮き上がると、その状態で片足を逆上がりをするように思いっきり蹴り上げる。

逆さのままの仄暗い者（グリーム）は打撃を受けると、頭ごと引っ張られれていた緋翠は体が離れたと同時に瞬時に鞭竿（ウィップ・ロッド）を放った。

一振り目で上にへばりついていた仄暗い者（グリーム）は落ち、足が床につくと同時に放った二振り目で仄暗い者（グリーム）の頭部を直撃し、砕け散る仄暗い者（グリーム）の鳴き声を後に、緋翠はまた走る。

「た、助けて！」

緋翠は叫び声の方に視線を移した。

とある教室の一角では逃げ回る教師に歩み寄る仄暗い者（グリーム）の姿。

教師は教室に突然現れた仄暗い者（グリーム）に奇声を発すると、変な生き物から逃れようと怯えながら生徒たちの並べられた机や椅子にぶつかりながら、窓際の隅へと追い詰められていく。

教室に入った緋翠はその仄暗い者（グリーム）に狙いをつけ、鞭竿（ウィップ・ロッド）を放つ。

下から上へ緋い線が走る鞭竿（ウィップ・ロッド）に仄暗い者（グリーム）は薙ぎられ、縦割りに落ちると緋翠は教室を出てまた走りだす。

仄暗い者（グリーム）は薄暗い校舎の中に次々と現れる。

見つけるなり手に持った鞭竿（ウィップ・ロッド）で仄暗い者（グリーム）目掛けて撃ち、倒れてはまた倒すを繰り返していた。

‥‥一体どうして‥急に奴ら（グリーム）は現れたの！？

肩で息をしながら緋翠は思った。

その時、校舎の外から沈黙を引き裂くような絶叫が聞こえると、緋翠は三階通路の窓からその声の方を見下ろした。

━━あれは！

緋翠は何かを見て意外な顔をした。

玄関から少し離れた生徒達の自転車置き場に見えたのは‥‥仄暗い者（グリーム）。

だけならまだましだったが‥‥

そこに居たのは碧娥だった。

前回、上半身裸だった彼は普通にシャツとジャケットを羽織い、仄暗い者（グリーム）を相手に拳を振るっている。

何匹もの仄暗い者（グリーム）を相手に爆風の弾丸（ブラットブレット）を撃ちつけ、動くたび流れる長い髪と衣服が風が吹き上げると、自転車置き場に並べられた学生たちの自転車は仄暗い者（グリーム）にぶつけられる度に音を立てて散乱する。

彼の足元には仄暗い者（グリーム）の死体が次々と転がっていくが‥‥突然、碧娥の前に数人の学ラン姿の若者達が現れた。

「何だこいつ？まるで化け物じゃん！」

その中の誰かが叫んだ。どっちのことかと思ったが、それは碧娥の方だったらしい。

自分たちの縄張りを荒らされたせいでなのか、屍と化した仄暗い者（グリーム）より印象の悪い碧娥はヤンキー風の若者達にたちまち囲まれてしまう。

「こいつをぶっっっ殺してやるぉうぜ！」

勇気あるガラの悪い若者達はそれぞれ鉄の棒にナイフ、はたまた鋲付きのメリケンサックと、手に凶器を装備している。

それを見ながら碧娥は出来るか、という顔をすると、突きつけてくる鋲付きメリケンサックをかわしながら、振り下ろされた鉄の棒の先を掴むと手首を使って彼らの凶器を払い退け‥‥そのまま自分も手を離した。

凶器が落ちる音が鳴ると、碧娥は威嚇を込めて校舎の横壁に一発蹴りを入れた。

ボグァ！という破壊音。自転車が地震のように揺れ、コンクリートの亀裂が入った壁から破片がそこら中にクラッシュする。

「お前達にはこれで十分だ」

チンピラ相手に余裕の表情を見せる碧娥。負傷した若者達が順番に倒れ込むのを横目に、逃げようとする傷だらけの一人に手を伸ばそうとした‥‥

その時、彼の腕は制止された。

「緋翠！」

緋翠の鞭竿（ウィップ・ロッド）が碧娥の腕に絡まると、巻きついたまま、碧娥は彼女の方に向いた。

「誰か助けてくれ〜殺されるよ〜」

逃げる若者達の助けを乞う声で場内は次第に人が集まりだすも、二人は気にせずに互いを見る。

「やはり居たか」

緋翠に会った碧娥は思わず破顔したが、緋翠は緋い眼で彼を見据える。

「碧娥、なんでここに居るのよ‥‥」

「さあな」

「それより、仄暗い者（あれ）はあんたが連れてきたの？」

「知るか‥‥それより」

すっとぼけた返答しかしない碧娥は続けて聞いた。

「《スタルオ》を持っている奴は何処にいる」

その質問に顔色が変わった緋翠の方が更に聞き返す。

「どうして沙夜を知ってるのよ」

「俺たちとこの世界を繋げた女だ。お前と一緒にいたガキなら解ってるだろうと思ってな」

それは緋翠が初めて知る情報だった。

だから葵竜は沙夜を‥‥？緋翠はそう思いつつ、彼達に沙夜を追わせまいと碧娥を睨む。

「残念ね、あれは私が持っているわ」

そう言いながら緋翠は持っていた石（スタルオ）を目の前に見せる。

すると碧娥の顔が豹変した。

「緋翠、無駄だ」

「どういうことよ？」

「そんなものはお前には何もならん。どうなっても知らんぞ」

「なによ！」

緋翠は逆上し、彼に立ち向かおうとした。が、気が付くと二人の周りには人が更に増えていた。