第34話 久遠の子供たち

「──会長の久藤って今日いる? 役員してる息子の方でもいいんだけど。いるんだったら呼んでくれない?」

「えっと……」


 大丈夫かなと不安に思っていたら、案の定駄目だった。


「だから言いましたでしょうに……」


 平然と無茶振りをするお兄様と、突然の事態に困惑する蓬莱百貨店の受付嬢。なんともアレな光景に、私は思わず頭を抱えてしまった。

 そりゃそうだ。いきなり現れた子供が、大企業の重役を突然呼べとか言い出したら反応に困りもする。


「えっと、お客様。失礼ですがアポイントメント、お会いする約束などはございますか?」

「え、ないけど?」

「ない、ですかぁ……」


 そしてアポもないとなれば、より反応に困るだろう。『どうしようかなぁ』と内心で頭を抱えている顔だ。


「その、ご両親とかは……?」

「いないよ? 僕たちだけ」

「そうですかぁ……」


 頼みの綱と思われた、保護者の同伴もなし。受付嬢の心情も察してあまりある。

 普通ならマトモに取り合わず門前払い、そうでなくとも警察に連絡するべきなのだろうが、お兄様の身なりがその選択を躊躇わせるのだろう。

 素材、造りからして明らかに違う上物の服を身につけた子供が二人。さらに呼び出そうとしているのは、普通の子供じゃまず知らないであろう重役。

 ここまで揃えば察するなどたやすい。間違いなくいいところの家のお子様だ。平日昼前という、普通の子供なら学校で授業を受けている時間帯というのも大きいだりう。学校を買い物程度の私用で休むことぐらい、上流階級の人間なら普通にやるからだ。

 だから門前払いができない。店の顔とも言える受付嬢が、特別な客の可能性があるお子様を、ぞんざいになど扱えるわけがないのだ。


「えっと、お客様。申し訳ありませんが、役員をアポイントメントなしでお呼び出しするのは……」


 丁寧な拒絶。できる限り優しく断ろうという受付嬢の努力が伝わってきて、こちらが申し訳なく思うほどだ。


「えー。呼べば多分くるからさぁ。いいから繋いでほしいんだけど」

「いえ、ですから……」


 ──だが残念なことに、彼女の必死な努力もお兄様には届かない。

 はたから見たら高圧的な態度のクソガキなのだが、実際に偉いから手に負えない。それを受付嬢も経験から察しているからこそ、『アポ取ってから出直せ、このアホ』と追い払えないのが実に哀れである。


「ていうかさぁ、お姉さん蓬莱の受付やってるんでしょう? 本当に真面目に働いてるの?」


 さらに哀れなことが。なんかお兄様が受付嬢にダル絡みを開始した。


「えっ、と、お客様……?」

「普通さ、百貨店の、それも蓬莱の受付なら、僕たちの顔ぐらい覚えておくべきじゃない? 僕、この店にとってかなり重要人物な自信あるんだけどなー」


 うーん。なんだろう。地味に一理あるのがタチ悪いよなと。ダル絡みはその通りなんだけど、実際に百貨店の受付やっているのなら、十二支族の、それも蓬莱の親である久遠家の関係者の顔ぐらいは覚えておけというのも……いや流石に無理か。

 公の場にでることのある当主と当主夫人ならともかく、子供の顔が広まってたらプライバシーやセキュリティ面で問題だし。かといって、久遠家ほどの家となると店で買い物なんてしないし。

 店の顔である受付嬢と言えど、所詮は平社員だ。役員ですらない社員が、私たちの顔など把握してるわけがない。


「あーあー。蓬莱百貨店は、こんなレベルなんだねー。僕としては凄く悲しいなー」

「あの、本当になにを……?」


 不穏な気配を感じたのか、受付嬢が一歩後退る。……いや待て。本当になんか妙な流れになってきたぞ? 具体的に言うと、権力だけはあるタチの悪いドラ息子的な雰囲気がお兄様から漂いはじめた。

 どうした? なんかお兄様らしくないぞ。確かにお兄様は裏ボスだしロクでもないけど、こういう小物的な雰囲気とは無縁な人のはず……。


「お兄様? なにか気に触る点でもございました?」

「だってさー。このお姉さん、いっこうに久藤を呼んでくれないしー? 僕が言ってるのにさー」

「アポがないんだから当然でしょう……。そういう規則というだけですわ。──ですわよね?」

「は、はい! アポイントメントのない方を、役員の前にお通しするわけには……」

「ということです。あとお兄様、僕が言ってるもなにも、あなた名乗ってないじゃないですか。彼女からすれば『どなたですか?』って首を傾げもしますわよ」

「えー」


 えー、じゃないんだよなぁと。同意からかコクコクと頷く受付嬢を横目で見ながら、思わず呆れの視線をお兄様に向けてしまう。

 本当にどうしたんだろう? お兄様ほどの人が、こんな三下のような振る舞いをするなんて。名乗りもせずに『俺を知らないとはなにごとだ!!』的な言動とか、マトモな感性をしてなきゃ──。


「……まさかお兄様。いっこうに名乗りもしなかったことといい、もしかして悪ふざけの演技ですか?」

「あ、正解。よく分かったね」

「まさかとは思いましたがやっぱりですか!! 人様の仕事の邪魔をしてんじゃねぇですわよ!?」


 クッソ迷惑なことして遊んでやがったこの裏ボス!! 初対面の社会人相手に、なんてことしてやがんだこのクソガキ!?


「なにしてんですのお兄様!? いや違う。なにがしたいんですの!?」

「この手の無茶振り、一回やってみたかったんだよねー。上の人に文句言って、相手の顔を青くさせるまでがワンセットで」

「洒落にならないかつ、笑えもしないジョークを実行しようとしないでいただけませんこと!?」


 他人の人生を面白半分で台無しにするんじゃないよ! アンタの立場的に、マジで下手なこと言ったらこのお姉さんクビになるでしょうが!!


「自分のお立場を考えてくれやがりまして? 人の、それも傘下企業の社員の人生とか、あなた一息で吹き飛ばせますからね?」

「全人類でもできるよ? 物理的に」

「そうでしたわね絶対にやめてくだいいや冗談抜きで」


 だから何度も言ってるけど、がそう台詞吐いたら笑えないんだって。特にお兄様の場合、気まぐれで冗談を実現させかねないから本当に笑えないんだって。


「……ともかく! 初対面の相手に迷惑をかけないでくださいませ! 一緒にいる私まで恥ずかしいではありませんか!」

「僕は恥ずかしくないよー?」

「社会人の貴重な時間を奪うなって言ってんですわよ」


 そりゃアンタは恥ずかしくないだろうさ。だって本気で全人類を有象無象と認識しててもおかしくないんだから。虫けらにどう思われようが気にもしないだろう。

 だが私は違うんだよ。そこまで割り切れてないんだよ。なんなら今も頭が痛いわ。受付嬢の微笑ましいような、生暖かい視線でダメージを負ってるんだよ。


「……んんっ。我が家の愚兄が失礼いたしました」

「お気になさらなくて結構ですよ」


 もうお兄様には任せてられないと判断し、私が代わりに話をすることに。……本当に優しい対応が心にしみる。傷口に塩を塗られている気分だ。

 なのでさっさとこの場から去ろう。アポ無しで役員を呼べなんていう無茶振りではなく、もっと確実な方法で。


「外商部の人間を呼んでいただけますか? いらっしゃるのなら、我が家を担当している佐々木がよろしいのですが」

「外商部の佐々木ですか。お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 やはりというか、受付嬢も今度は素直に取次ぎの姿勢に入ってくれた。

 最初から役員クラスの名を出すから相手も二の足を踏むのだ。普通の社員なら、部門と名を出せば取次ぎぐらいはしてくれる。

 外商部の名に加え、とつけたのも大きいだろう。こうすれば私たちも正式な、それでいて重要な客になる。

 そうすればもう終了だ。中に入ってしまえば、『久遠』の名は絶大な効果を発揮する。


「むー。普通すぎてつまんないのー」

「そういう問題じゃねぇんですわよ」


 ありきたりな手段を取ったことでお兄様が膨れているが、雑にツッコミだけ入れて放置。こんなことでいちいち突飛な手段を使ってられるかっての。


「──っと。失礼。要件の方は、とりあえず買い物で。急な来訪ではありますが、久遠八千流と久遠天理の名を出せば、向こうも拒否はしないはずです」

「買い物で、久遠様ですね。少々お待ち……久遠?」


 受付嬢の動きか一瞬止まる。それと同時に肌から血の気が消えていく。

 私たちか洒落にならない客だということが、ついでに冗談抜きで自分か解雇の危機であったことに気がついたのだろう。


「ええ。久遠ですわ。恐らくあなたが想像しているであろうね。それより、早く繋いでくださる?」

「っ、た、大変失礼いたしました!! 少々お待ちください!!」


 ──一気に動きが固くなった受付嬢を見て思う。やはり久遠の名は、この社内においては絶対な力をもっているようだ。


「おー。やっぱりこういうのっていいよね」


 なお、お兄様はお兄様で嬉しそうだった。『この紋所が〜』的なリアクションが見れて満足だったらしい。

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