第33話 怪物たちの暗躍

「──それで、何処に向かうんですの?」

「んー、もうすぐだし秘密。ま、その内に分かるかるよ」


 いろいろと覚悟を決めた翌朝。私とお兄様は送迎車の中にいた。

 本来ならば学園で授業を受けている時間帯なのだけど、お兄様の指示で休むことになった。

 ズル休みと言われればその通り。だが幸いなことに、私たちの行為を咎める者はいない。何故なら家中は完全にお兄様によって掌握されたから。


「それにしても、まさかあんな荒業に出るとは思いませんでしたわ」

「だって手っ取り早いでしょ?」

「手っ取り早いで済ませるのは、いささか問題があるでしょうに……」


 にゃははと笑うお兄様に対し、私は小さくため息を吐く。軽い調子で返されたが、やっていることはえげつないことこの上ない。

 簡単に説明すると、クズたちは今朝お兄様の力によって調になった。関係各所には犬飼経由(サマエルの力で支配済み)で過労と連絡を入れているが、実際は意識不明の状態で横たわっている。お兄様曰く、軽度の石化状態とのこと。

 実権を握っていたクズたちが動けなくなれば、必然的に家の長は長男たるお兄様。あとはもう完全にお兄様の天下だ。ただでさえアンタッチャブルとして恐れられているのに、実権まで握ってしまえばもう誰も止められない。

 そんなこんなで、お兄様の命令で運転手が用意され、こうして車上の人となっているわけだ。

 なお学園に関しては、昨日の一件があるため私は大手を振って欠席の連絡を入れることができた。お兄様も看病の名目を使ったそうな。


「──っと。もう着くよ」

「もうですの。早いですわね」

「そりゃ久遠家傘下、それも本家と縁のあるぐらいには近しい場所だからね。工場とかでもない限り、大抵は都心のどっかにあるよ」

「なるほど」


 言われてみればその通りか。久遠家傘下の企業、それも本家に近しい中核寄りの組織ともなれば、どこもかしこも有名な大企業だ。

 そのレベルの企業ともなれば、都心部に本社やらオフィスやらを構えているもの。一時間足らずで到着するのも当然というもの。


「ここは……蓬莱百貨店ですか」

「そ。うちの傘下企業の一つで、久遠の分家の人間が頭を張ってるところだよ。ヤッちゃんはアレだけど、八千流の時には何度か外商部の人間が家にやって来てたんだけど。その辺は憶えてる?」

「ええ。記憶喪失というわけではないので」


 お兄様の言葉に私は頷く。冗談みたいな話なのだが、真の金持ちは買い物になんか行かなかったりする。店側の人間がやってくるのだ。

 で、真の金持ちの中でも弩級に位置する久遠家も、当然その例に漏れず。傘下の店である蓬莱百貨店のお偉いさんが、恭しく我が家に訪問してくるのである。

 ちなみにこの蓬莱百貨店だが、ダンダンのストーリーでは未登場だったため、メタ的な視点では私はなにも知らない。

 とりあえず『八千流』としての知識をさらってみたが、前世の百貨店と大した違いはないだろう。ダンジョンなんてものがあるから、多少扱っている品に変化はあるが。


「それでここで何を? まさか買い物をしにきた、なんてことはございませんよね?」

「そりゃもちろん。今言ったここの頭に会いにきたんだよ。現会長の久藤家当主のお爺ちゃん。二番手とまではいかないけど、年寄り組の中でもそこそこの発言力があるんじゃないかな。『久』の文字を使ってる久藤だしね」

「久藤……ああ。あの家ですか」

「ヤッちゃん知ってるの?」

「むしろなんでお兄様は若干あやふやなんですの? 本家の子供として、有力な分家は覚えさせられたはずでは?」

「いや興味無いし。一瞬だけ覚えてポイだよ」

「お兄様、一応は次期当主でしょうに……」


 絶対強者特有の傲慢さに溢れる返答が提出されたことで、自然と眉間に皺が寄るのを感じる。

 興味のない相手はとことん興味がない、というのは分かる。有象無象、その他大勢、エキストラ、モブ。言い方はアレだが、そんなカテゴリーの人間を記憶していろなんて言われたら、私だって億劫にはなる。

 問題なのは、お兄様の中でもモブカテゴリーが、かなり広大であるということ。普通、久遠家の有力な分家の人間は、モブのカテゴリーになんか入らない。モブとして片付けるには、権力、財力、社会的な地位がありすぎるのだ。

 いくら本家の人間、それも次期当主といえど、有力な分家の人間を無碍にすることは難しい。戦国時代の武家の当主が、家臣たちをぞんざいに扱えないのと同じことだ。


「久藤家って、昔でいえば家老格の重臣ですわよ? それを興味無いから忘れたとか……」


 久遠くおん久遠くどう、『久』の文字が入る家、それ以外。旧家とかで見られるような、ざっくりとした一族のランキングだ。

 で、このルールに当てはめると、『久』文字が入っており、一つ上の久藤と同じ読みの久藤家は、一族の中でもかなり高位の格を持つ分家ということになる。

 それをこの裏ボス様は……。呆れてものが言えないというか、なんというか。

 その気になれば世界を滅ぼせるお兄様の台詞でなければ、失笑しつつ距離を取っていたところだ。


「ま、いいのいいの。コキ使おうって時は、適役の相手だけ思い出すから」

「都合のいい脳みそをしてますわね。で、今回は久藤家の当主に白羽の矢が立ったと?」

「そ。あのお爺ちゃん、今回みたいな時にはうってつけなんだよね。野心そこそこ、計算能力あり、それでいて根回しもする協調型。手駒にできれば便利でしょ?」

「手駒って……。いやそれよりも、よくそこまで分析されてますわね。どこかで仕事をしているのを見たのですか?」

「まさか。身内の集まりで何度か顔見たし。どんな人間かなんて一回眺めれば十分でしょ?」

「お兄様だけですわよそれ……」


 顔を見て能力やら性格やらを看破できたら、誰も人間関係なんかで苦労しないんだよ。読心可能なレベルの観察力があるお兄様と一緒にしないでくれ。


「ともかく。そんなわけで、あのお爺ちゃんに会いにきたのさ。無理そうだったら息子のオッチャンで済ませるけどね」

「……無理そうだったら? アポを取っているのではないんですの?」

「いや取ってないけど。面倒だし」

「面倒とかそういう問題ではありませんわよ!?」


 大企業の現会長と会おうとするのに、アポ無しでくるとか無謀がすぎるわ! 役員クラスの息子ですら無理だって普通!


「て言ってもねぇ。こういうのは、あんまり知られたくないからねぇ」

「だからって……!」

「いいからいいから。やりようなんていくらでもあるよ。ほらさっさと行くよヤッちゃん」

「すっごい不安なんですけど……」


 大丈夫かなこの裏ボス様……。

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