第26話 救出。そして宣戦布告

 ──色々と愚痴をこぼしてはいたけれど。この瞬間に関して言えば、徹底的に鍛えてくれたお兄様に私はとても感謝した。


「……え……」


 階段から足を踏み外し、宙に浮かぶ霧香さん。何が起きたのか理解できていないのか、ポカンとした表情を浮かべたまま落ちていく霧香さん。

 加速する意識の中で、私は理解してしまった。アレは駄目だ。あの落ち方は駄目だ。ただでさえ階段上部からの落下なのに、背中から後ろに倒れる形になってしまっている。

 あのままいけば頭と首をやってしまう。霧香さんの様子的に最低限の受け身も取れまい。あの体勢で、この高さからマトモに転がり落ちれば──ほぼ間違いなく死ぬ。重症か半身不随で済めば御の字か。


「させっ……!!」


 完璧に意識が非常時のものに切り替わる。同時に肉体の制限を全解除。更にオーラによる身体性能の底上げと、補助魔法のバフによる多重強化。


「るかぁっ……!!」


 ──お陰で間に合った。霧香さんの身体が階段に叩きつけられるよりも早く、この身体を滑り込ませることができた。そのまま彼女の身体を抱き寄せ、怪我をさせぬようにと頭を中心に抱え込む。


「久遠っ……!?」


 遅れて聞こえてくる蘭丸君の声。その声音は驚愕に満ちていたが、今はそれどころではないので無視だ。なんだったら、私の背中を走るこの衝撃すらどうでもいい。

 優先すべきは霧香さんの保護。一番危険な最初の接触はやり過ごせたが、まだまだ安心できない。転がり落ちるフェーズが残っている。

 世界がスローモーションとなる中、最速で霧香さんに防御系の補助魔法を掛けていく。この段階では私自身のバフは不要なので、その分のリソースも彼女に注ぐ。

 もちろん、物理的な対応も忘れない。階段と接触するのは必ず私だ。受け身の反動を利用して、常にこの身体がクッションになる形で階段を転がっていく。


「っ……!!」


 ドンッと、最後に一際強い衝撃が身体に走った。それと同時に世界も止まる。どうやら落ちきったらしい。


「き、きゃぁぁっ!?」

「そんなっ、八千流様ぁ!?」

「久遠!!」


 悲鳴が聞こえる。ドタバタと慌ただしい足音も聞こえてくる。

 それも当然か。目の前で知り合いが階段から転がり落ちたんだ。騒ぎの一つぐらい起きはするし、それが久遠家の娘となれば関係者全ての顔が青くなることだろう。

 ただ個人的に思うところはある。誰か一人ぐらい、それこそうちの子たちの一人ぐらいは、霧香さんの心配をしてあげろよと。一番の被害者は彼女なんだから。


「まったくもう……」


 まあ、それを言っても仕方ないか。代わりに私が霧香さんに目を掛ければいいだけだ。

 スっと身体を起こす。ぐったりとした霧香さんの身体を、できる限り揺らさないよう慎重に。されど素早く。


「八千流様!? 大丈夫なのですか!?」

「動かれては駄目です! お身体に障ります!」

「大丈夫よ」


 何事もないかのように動き出した私に対し、皆がギョッとした様子で駆け寄ってくる。

 心配してくれているのはありがたいが、本当に大丈夫なのだ。お兄様と過ごした地獄のような半年間のお陰で、階段から落ちたぐらいでは傷一つ付かない身体になってしまっているから。


「馬鹿野郎! あんな落ち方して大丈夫なわけがあるか! 動くな久遠!」

「……」


 それでも皆が止めてくるけど、不要なことだと分かっているから無視をする。

 だって無傷の私よりも、気にするべき怪我人がいるのだから。


「霧香さん、大丈夫? 私の声が聞こえる?」

「……ぁ……ぃ……」

「聞こえはする、と」


 膝枕の状態で霧香さんに問い掛けたところ、朦朧としていながらも返事はしてくれた。

 症状的に軽い脳震盪か。全力で守りはしたけれど、最初の衝撃だけは防御の魔法が間に合わなかった。その辺りが悪さをしたと思われる。あとは落下のショックでグロッキーになっている感じか。

 ひとまず安心できそうだ。少し寝ていれば回復するぐらいだろう。私は医者というわけではないが、それでも何度も自分の身体を治した経験がある。だからある程度は分かるのだ。

 だから次だ。やるべきことをやってしまおう。


「あなたたち。私は本当に大丈夫だから、先生を呼んできてちょうだい。担架を用意するように伝えるのも忘れないで」

「は、はい!」

「わ、分かりました!」

「あなた私と交代。霧香さん、軽い脳震盪を起こしているから揺らしちゃ駄目よ。先生方が到着するまで見ていてあげて」

「は、はい!」


 取り巻きの子たちにどんどん指示を出していく。最初は動揺していたけれど、私が指示を出すと全員がテキパキと動き始めてくれた。

 この辺りは流石だと思う。クソガキ時代から私の下にいて、ずっと我儘に付き合っていだけある。

 かつてはタチの悪いクソガキの手下だったのかもしれないが、今となって本当に頼もしい子たちだ。


「それじゃあ任せるわね。私はやらなきゃいけないことがあるから」

「やらなきゃいけないこと、ですか……?」

「大したことじゃないわよ。──この落とし前をつけさせるだけ。ええ、それだけよ」


 そう言って私は見上げた。突然の事態に、階段の上で固まっている蘭丸君の取り巻きたちを。


「随分とふざけたことをやってくれたわね。このクソガキども」


 ──その中で、特に顔を青くしている私の敵を睨みつけた。

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