第25話 忍び寄る暗雲

 私と蘭丸君の関係性が、決定的に崩壊してしまってから、数日の時が経った。


「ねぇ……ほら……ふふっ」

「っ、またアイツら……!」


 ──そして現在、蒼天学園の初等部が大きく荒れていた。正確に言えば、私たち五年生の代が荒れている。

 理由は当然、私と蘭丸君の確執。家格はほぼ同じ、それでいて互いに初等部のボスということも相まって、トップ同士の確執がそのまま派閥間の諍いに発展しているのだ。

 ……と言っても、所詮は子供同士のいがみ合い。睨み合いや陰口がせいぜいで、たまに口論が起こりそうになるぐらいか。直接的な衝突は現状ほぼない。


「何度も言うけど、放っておきなさいな。気にするだけ無駄よ」

「でも八千流様……!」

「面倒ごとは嫌と、私は言っているのだけど?」

「っ、失礼しました……」


 なので基本的に、私たちの陣営は無視の選択を取っている。反応したところでメリットはないので、『相手にするな』と取り巻きのメンバーには伝えているのだ。

 もちろん、こういう状況での無抵抗はあまりよろしくない。だが今回の衝突に関しては、そこまで積極的に動く必要はないと私は考えている。

 何故なら相手方の行動は、蘭丸君の意向ではないから。彼は私のことを気に食わないと思っているだろうが、それを下の者にまで強要するタイプではない。あくまで自分個人の感情だというスタンスを取っている。

 つまりこの諍いは、蘭丸君の取り巻きたちが勝手にやっていること。彼らはボスの意向を汲んでいると思い込んでいるだろうが、実際は半暴走のようなものでしかないのだ。

 ……問題は、それを蘭丸君が止める気もないという点か。私のところと違って、彼の勢力は『君臨すれども統治せず』を地でいってるからなぁ。蘭丸君本人はボスとして振る舞うつもりはなく、周りが勝手に傘下になって動いている感じなのだ。


「ま、あなたたちの気持ちは分からなくもないけどね。不愉快なのは確かだもの」

「では八千流様……!」

「でも、わざわざ挑発に乗る意義もないのよ。私が本格的に反応したら、それこそ蘭丸君たちと全面対決よ?」

「うぐっ……」


 私の言葉に取り巻きのメンバーも押し黙る。動くつもりは元々ないが、それを抜きにしても動くに動けないというのが事実だからだ。

 まず私と蘭丸君では勢力に差がある。正確には、ボスである私と蘭丸君に差がありすぎる。

 私は『八千流』時代の悪評が原因で、勢力となるのは久遠家傘下の子供たちだけだし、友好関係にある他勢力もほぼ存在しない。『久遠家』という絶大な名前が、私をボスたらしめているだけなのだ。

 対して蘭丸君。家柄関係は私と同じだが、才能、人格などに優れた好人物でもある。実家の力を抜きに慕っている者も多いし、本人がボスとして振る舞うつもりがないため、色々な面でフットワークが軽い。なので学年を超えた友好関係を築いている。

 だからマトモに相手をしていられないのだ。ただでさえ勢力差があるというのに、私が受けて立った場合、『友人を気に食わない奴が攻撃している』と蘭丸君が出てきてより状況が悪化しかねない。特に私の悪評の関係で、かなりガチで蘭丸君が守りにきかねないのがね……。


「ほんっと、やってられないわよねぇ……。ある種の原因である私が言うのもどうなんだって話だけれど」

「いやっ、八千流様は悪くないかと……!」

「ありがとう霧香さん。ま、この辺は視点の違いってやつよ。向こうからすれば、私が原因となるのは間違いないわ」


 個人間の諍いを勢力争いにまで発展させたのは、明らかに向こう側なのだけど。残念なことに向こうからすれば、私が蘭丸君、自分たちのボスに喧嘩を売ったという図式が成り立ってしまっている。

 蘭丸君は元より、私も『個人の諍い』で片付けるつもりだったけれど、ボス同士の諍い=勢力争いという思考も分からなくはないので、この辺はあまり強く言えないところだ。


「……こう言ってはアレですが、鳳様にはもう少し周りの統制をしていただいてほしいものです。特に女子の」

「あー……」


 一人の呟きに、思わず私も遠い目をしてしまう。実際その通りで、この諍いで加熱気味なのが蘭丸君傘下の女子たちなのだ。

 まず蘭丸君はモテる。主人公のライバルとされるだけあって、容姿だけでも最上級。それに加えて家柄、才能、性格も申し分ないのだから、それはもうモテる。

 で、そんな愛しの君が、他の女子を気に入らないと言い切った。憧れの人の敵はファンの敵であり、それが家柄的には格上だけど悪名高い『久遠八千流』となれば……ね?

 ファン心理、反骨心、普段の鬱憤など、動機を挙げていけばキリがなく。大義名分を手に入れた女子たちが、これ幸いとばかりに動いているのだ。

 ……ぶっちゃけ、この諍いを主導しているのは向こうの女子たちと言っていい。一部の女子が主導し、それに単純な思考回路をしている男子や、蘭丸君のことを慕っている男子がのせられているのが真相というか。

 比較的冷静だったり、大人しい女子たちもいるにはいるが、保身の関係で同調するしかないという地獄。


「大事にならない限りは仕方ないわよ。蘭丸君って調整するタイプのリーダーでもないし」


 何度も言うが、蘭丸君のスタンスは基本的に『君臨すれども統治せず』だ。いや、そもそも君臨しているつもりもないかもしれない。

 周りから勝手にボスとして祀り上げられている、というのが実情だ。それで色々と物事が円滑に進むので、大人しくそのポジションに座っているだけという。

 その辺りはダンダン無印のストーリーでも語られるのだが、本人は鍛錬に専念できてラッキー程度にしか、ボスの立場については考えていない。

 ……それは名家の子息としてどうなんだと思わなくもないが、溢れ出るカリスマのせいで優秀な人材が勝手に集まるんだよなぁ。本人もしっかり優秀なので、いざという時はちゃんと決めるし。


「なにより男の子だもの。女子の思考回路を理解しろと言っても難しいわ。優秀すぎるからつい錯覚するけど、根本的な部分では蘭丸君も他の男子と同じよ? 二十分休みの会話を思い出してみなさいな」

「「「あー……」」」


 少し前の初潮発言を例として挙げたところ、全員から納得の反応が。

 全員がそうとは言わないが、男子って基本的に単純だからね。まだ思考が成熟しきってない男子に、女子の陰湿さを理解しろと言うのも無茶だろう。


「『男になる』なんて言う通り、男子は成長してなるものよ。対して『女は生まれながらに女』なのだから」

「なるほど……」

「ともかく。皆、もう少しだけ我慢してくれないかしら? 私の撒いた火種に付き合わせるのは悪いのだけど、具合のいい落としどころを用意しておくから」

「「「はい!」」」

「ふふっ。ありがとう。ただ相手のそれが過激になっていったら、すぐにでも私に伝えちょうだい。穏便に済ませることより、あなたたちの心身の方が大事だからね」

「「「分かりました!」」」

「それじゃあ休み時間ももうすぐ終わりだし、そろそろ音楽室に移動しましょうか」


 話が一段落ついたところで、次の授業に向けて動きだす。次は音楽の授業なので、取り巻きのメンバーを率いて移動を開始。

 それと並行して、頭の中で今後の対応をえが──


「あら……」

「……フンッ」


 ──その途中の階段で、偶然出会ってしまった。休み時間を終えて、教室に戻る途中らしき蘭丸君と彼の取り巻きたちに。


「「……」」


 だが互いに無言。蘭丸君は私と会話などしたくないと言いたげに。私はそんな彼を刺激するつもりはないために。

 そしてボスが不干渉の体を取っているために、他の面々も動かない。空気は険悪だが、それ以上のことは起きない。せいぜいがヒソヒソ話。……やっているのは蘭丸君の取り巻きたちだけだけど。


「「……」」


 そしてすれ違う。私たちは階段を上がり、蘭丸君たちは階段を下る。……これでいい。余計な騒ぎは御免なのだか──


「きゃっ……!」


 ──その瞬間、階段に少女の声が響いた。それが知っている声だと、異常を察知し加速した意識の中で気付く。

 そして振り向き、その光景を目撃した。大きくバランスを崩し、階段から落ちていく霧香さんの姿を。

 そのすぐ傍で、霧香さんがいたであろう位置とほぼ被さる場所に立ち、焦った表情を浮かべる蘭丸君の取り巻きの男子の姿を。


「霧香さん……!!」

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