第23話 異常と正常

 加藤先生との話し合いを終え、私は道場を出た。そして着替えのために更衣室に向かうと、意外な人物たちが私のことを待ち構えていた。


「──待っていたぞ。久遠」

「や、八千流様……」

「蘭丸君に霧香さん。これはまた珍しい組み合わせね」

「たまたま同じ目的だっただけだ。意図してのことではない」

「あらそ」


 二人揃って、わざわざ私のことを待っていたと。ご苦労さまと言うべきか、物好きだなと呆れるべきか……。

 とは言え、蘭丸君はまだ分かる。さっきの試合の件だろう。私の話を聞こうと、加藤先生に摘み出されるまで渋っていたのだから、そのうち問い詰めに来るだろうとは思っていた。……流石に更衣室前で待ち構えていたのは予想外だったけど。


「霧香さんはどうして? 私になにか用事かしら?」


 逆に分からないのは霧香さんだ。特に出迎えられるような用事はないはず。同じ剣道を選択していたのなら、まだこうして待っているのも分かるけど、霧香さんの選択種目は合気道。種目ごとに使用される更衣室も異なるので、私の居残りすら知らないはず。本当に何故いるのか謎だ。


「えっと、たまたま着替え終わったあと、剣道の子と会いまして。それで八千流様が居残りになったと聞いて……その、落ち込んでいないかと……」

「心配してくれたのね。ありがとう霧香さん」

「い、いえ! 私が勝手にやったことですので……!」


 私がお礼を言うと、霧香さんが慌てて頭を首を横に振った。なんとも微笑ましいような、いじらしいような。

 ……まあ、これが善意からの行動だとは、流石の私も思っていないけれど。ほぼ間違いなく自己保身からの行動。刷り込まれた下っ端意識がそうさせたのだろう。

 いや、霧香さんの善性を疑っているとかではなく、単純に彼女から心配される理由がないからね。それぐらいかつての『八千流』はやらかしている。

 一応、性格を改めたと宣言はしているが、それを素直に受け止められるほどの信頼関係は、残念なことに私たちの間には存在していない。

 だからこうして、念のためと足を運んだのだろう。かつての『八千流』ならば、機嫌が悪い時は目を覆いたくなるほどに当たり散らしたはず。そんな最悪の事態を回避するために、ご機嫌窺いのつもりでわざわざやって来たのだ。

 同じ剣道を取っている取り巻きのメンバーには、気にせず先に戻れと伝えたのだけどねぇ……。運悪くあの子たちとは会わず、それでいて私の居残りの情報だけを聞いてしまったのか。それとも会った上で不安を拭いきれずにやってきたのか。

 どちらにせよ、小学生にあるまじき気遣いぶりである。彼女がこうなった原因としては、とてもとても申し訳ない気分になってくる。時間は掛かるだろうが、是非とも改善していってほしい。私も協力するから。


「──それで久遠よ。説明はしてくれるんだろうな?」

「あら蘭丸君。女の友情に割って入るのは無粋というものよ?」

「ゆうっ……!?」

「ふん。侮辱した相手の前で和やかに談笑することの方が、俺には無礼だと思えるがな」

「……それもそうね」


 軽く肩を竦めながらも同意する。直球気味な言い回し。どうやら先程の試合は、相当腹に据えかねているようだ。

 まあ当然か。ダンダン無印では主人公サイドに配置されていることから分かるように、蘭丸君はとても真っ直ぐかつ善良な人物だ。その生まれから多少傲慢な部分はあれど、その本質は芯の通った熱血漢よりの好青年。

 故に、蘭丸君は『武道』の理念を神聖視している。中でも己が打ち込んでいる剣道に対しては、一際思い入れが強いのだ。

 無印ストーリーでも、その辺りの心理は強く描かれていた。物語が進むにつれて実戦に出ることが多くなるが、それでもなおゲームにおける『鳳蘭丸』は、剣士であると同時に剣道家としての在り方を貫き通していたほど。

 だからこそ許せないのだろう。私のやった暴挙は、蘭丸君との試合を台無しにしただけでなく、剣道そのものに泥を塗ったに等しいのだから。

 加藤先生が見逃したのは、あくまで特例だ。教育者として、より追及しなければならない問題に気付いてしまったから。そして私の変化を見抜いてしまったからこそ、見逃すことしかできなかったにすぎないのだ。


「鳳蘭丸様。先程は大変申し訳ありませんでした。全ては私の不徳の致すところであり、このようなことは二度と起こさぬよう心掛けていきたいと思います」


 加藤先生と同じように、蘭丸君が私の事情を見抜くことができたのならば、彼も理解を示してくれたのだろうが……。流石に経験が足りないだろう。いくら才能に溢れていようが、蘭丸君はまだ子供なのだから。

 ついでに言ってしまえば、それを望むほど私は恥知らずではない。よって私のアレコレを説明、いや言い訳するつもりもない。

 やらかしたという事実は変えられないし、なにより前世の大人としての良心が咎めるのだ。

 全良な子供に対し、わざわざ理解できない狂気を叩きつける必要などあるまい。私の血濡れの軌跡など、今の蘭丸君にとっては毒以外のなにものでもないだろう。

 確かに蘭丸君は、ダンダン無印における主人公のライバルだ。ストーリー通りに世界が進行した場合、過酷な運命が近い未来で待ち受けている。

 だが今の蘭丸君には、そんなことは関係ない。『鳳蘭丸』という少年は、ちょっと生まれが立派なだけの子供でしかないのだから。


「本当に申し訳ございませんでした」


 ……だからコレでいい。蘭丸君にとって、私は大切な剣道を穢した愚か者。それ以外の何者でもなくていいのだ。愚か者として過ちを認め、ただただ真摯に謝罪する。それでいいのだ。


「……何故だ。何故なんだ久遠……!」


 ──それでいいはずなのに、蘭丸君から返ってきたのは、悲哀に満ちた問い掛けだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る