第21話 悪役令嬢の剣 その三
カッコつけて大見得きった手前、大変アレなのだけど。
「メェェェエンッ!」
「っ!!」
──現在絶賛苦戦中。というか、シンプルに負けそうだったりする。
「コテェェェッ!」
「くっ!」
蘭丸君の攻撃は鋭い。動作の起こりは極めて少なく、足運びは滑らか。それでいて体幹は不動の如く、竹刀に宿る力は苛烈。
最小限の動きで最大限の威力を。そんな意識のもとで振るわれる竹刀の数々は、小学生が放っているとは到底思えない。これまで行われた試合とは、明らかに一線を画している。
剣の天才という評価に偽りはなく。正しく将来の英雄に相応しい技術が垣間見える。
「メェェェエンッ!!」
「ふっ!」
だから勝てない。勝ち目が見えない。主人公のライバルと、物語の途中で倒されるべき悪役令嬢。物語における重要度は天と地の差がある。決して埋められない才能故に、私は蘭丸君に勝てない──否だ。
苦戦の理由はもっと切実で、それでいてどうしようもないほどにくだらないもの。
「チッ!」
思わず舌打ちが漏れる。睨み合いながら思ってしまう。実に『やりにくい』と。
「……強いな」
対して蘭丸君がそんなことを呟いた。剣の天才らしからぬ試合中の無駄口。それだけ意外で、ついつい零してしまったのだろう。
実際、健闘はしていると思う。少なくとも、昔の八千流なら一瞬で勝負がついていたはず。こうして試合になっている時点で、考えられないレベルで成長している──
「ふぅぅぅ……」
……いや、うん。もう正直に話そう。弱いです。私じゃなくて蘭丸君が。ぶっちゃけてしまえば、その気になれば普通に勝てる。蘭丸君が反応するよりも早く、この竹刀を彼の身体に叩き込める。
それも当然だろう。なにせ私が半年間対峙していたのは、一人で世界を圧倒できる裏ボスである。それでいてただの棒切れを、最強無敵の魔剣に変える理外の天才である。
いかに蘭丸君が剣に秀でていようとも、空間を歪めて距離を無視する斬撃を放つことも、因果を無視して過去を切り裂くことも、千の斬撃を一つにまとめることもできまい。……我ながら何を言っているのか全く分からないが、これを全て実行するのがお兄様なので仕方ない。
ともかく。そんなファンタジー剣術を筆頭としたデタラメと、半年間向き合ってきたのが私なのだ。血みどろになりながら喰らいついてきたのが私なのだ。
いくら凄まじい才能を秘めていようが、ただの子供と戦って負けるものか。実戦すら経験していない雛鳥、いや産まれてすらいない卵が私に挑んだところで、勝負になどなるわけがない。
「コテェェッ!」
「フンッ!」
振るわれた竹刀を防ぎ、そのまま流れるように腕を掴みに……いこうとして咄嗟に停止。そしてお茶を濁すために雑に竹刀を振って仕切り直す。
「……もはや呪いね……」
──コレだ。これがあるから勝ち目が見えない。反射的に勝負を決めにいってしまいそうになる。骨の髄にまで刻まれてしまった殺し合いの如き経験が、試合のルールを無視した一手を打ちそうになる。
面がくれば竹刀を掴んで奪い取る。小手がきたら無視して蹴り。胴がくれば竹刀を盾にカウンターパンチ。選択肢を挙げていけばキリがなく、それでいてその全てがスポーツマンシップもなにもない反則技。
なにより恐ろしいのは、致死性の攻撃すら反射的に叩き込みそうだということ。単純な危険技のみならず、魔法やスキルすら使いそうになるのは洒落にならない。
「っんと、やってらんないわ……!」
魔法もスキルも、基本的に人に向けていいものではない。お兄様の実行した訓練がおかしいのであって、本来なら一発アウトの犯罪行為である。
なにせ魔法やスキルは、たやすく人を超人に変える。特に害する方面にかけては、兵器顔負けの性能を発揮することも多い。
ダンジョン由来の、弱肉強食が基本ルールの物騒な空間で磨かれた特殊技能の数々が、平和的な代物であるはずがないのだ。……もちろん回復魔法など、平和的な代物もなくはないが、それはそれで他者に使うには資格が必要だったりする。
ともかく、他人に使うものではないのだ。ダンジョンならともかく、日常においてはまず使ってはいけない。せいぜいが自衛と救命行為ぐらいでしか許されない。
「メェェェエンッ!!」
「ハッ!」
そんな危険な技が反射的に出そうになるとか、あまりにも笑えない。単純な身体強化ですら、一般人からすれば脅威。身体のできていない子供相手にぶちかまそうものなら、冗談抜きで殺しかねない。
まったく……! こんな副作用があるなんて聞いてないっての! 強くなったのは結構だけど、こんな日常生活に支障をきたす後遺症が出るなんて話が違うだろうに!
これが死の淵を反復横跳びし続けた弊害。急速に強くなることを第一として、倫理を犠牲にされ続けた代償。
攻撃と害意に対して、自動で反撃してしまう防衛本能。リジェネレーションと同じく、地獄の鍛錬の果てに無理矢理後付けされてしまった身体機能。ゲーム風に名付けるのならば【オートカウンター】だろうか?
「ッ、メェェェエンッ!!」
「しまっ……!?」
やってしまった。馬鹿なことを考えたせいで、わずかに集中が途切れた。気が弛んでしまった。
──自然と意識が加速する。迫り来る竹刀がスローモーションに見える。
(……)
私のほんのわずかな隙を見逃さず、攻撃に転じたその手際。流石は蘭丸君だ。主人公のライバルを務める、剣の天才だけあると感心してしまう。
だがそんな意識とは裏腹に、身体が勝手に動いてしまう。考えるよりも早く踏み込み、身体をわずかに逸らして竹刀を躱し、その喉元目掛け──
「っ、ばっ……!?」
「んなっ!?」
──意識が追いついた。それと同時に持っている竹刀を床に叩き付け、身体を床へと投げ打った。
「ふっ、ふぅぅっ……!!」
あっぶない……!! 危うく致命の刺突を蘭丸君の喉に叩き込むところだった! あんな全身を使った突き、それもお兄様の訓練のせいで素の身体能力すらも跳ね上がってる私の突きなど、蘭丸君が喰らったらひとたまりもないぞ。防具ごと喉を貫きかねない。
周囲の空気は凍っている。だが私の凶行に対する反応ではない。ただ突然竹刀を捨て、床を転がった私に驚いているのだ。
幸いにして、生徒の中にあの一瞬を把握できる者などいないだろう。可能性があるとすれば蘭丸君ぐらいだが、様子を見る限りだとわけが分からないといった感じで混乱しているし、可能性は低いだろう。
だからよしとする。この冷えた空気は居心地が悪いが、これは激しく脈打つ身体を沈めるための冷水として受け止めておこう。
「──そこまで! これにて試合は終了します! 両者位置についてください。……そして久遠さん。あなたは授業が終わった後、少し残りなさい」
──ああ、でも。冷水なんかいらなかったかもしれない。加藤先生から告げられた言葉だけで、私の心は凍りついたのだから。
「……はい」
……そりゃそうだよな。小学生には分からなくとも、大人である加藤先生ならば。剣道界の生ける伝説であるこの人ならば、今の一瞬で何が起きたのか把握するなどたやすいはずだ。
「やっちゃったなぁ……」
さて。なんて言い訳をするべきだろうか……。
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