第20話 悪役令嬢の剣 その二

「めーん!」

「こてー!」


 パチンパチンと、竹刀の音が道場内に響き渡る。授業は進み、現在は当初の予定通り試合の時間。立候補、または加藤先生に指名された生徒たちが、竹刀を構えて立ち合っていた。


「ふむ……」


 それは普通の光景である。なんの変哲もない授業の一コマ。子供同士が普通に剣道の試合をしているだけだ。

 正直な話、この光景だけなら前世のそれとなんら変わらない。ファンタジーが実在する世界だとしても、小学生の段階でそんな物騒な内容など履修しないからだ。

 もちろん、細部では違いがあるのかもしれない。私の前世は、剣道とは縁のないものであったから、細かい違いまでは分からないけども。

 もしかしたらルールが違うのかもしれないし、男女合同で試合などやっているのもおかしいのかもしれない。だが大雑把な視点で見る限りだと、前世と大した違いはないように思える。


「ふふっ……」


 自然と笑みが零れた。だって微笑ましいじゃないか。小学生が熱心に竹刀を振っている姿は。安全に配慮して、子供らしい拙さで行われる試合は、とてもとても心が穏やかになる。

 別に馬鹿にしているわけではない。上から目線で評価しているわけでもない。むしろ絶賛している方だ。授業ではあるものの、これこそが健全な鍛錬というものだろう。……いや本当に。この光景を見ていると、私がやってきた、もといやらされてきた鍛錬がいかに狂っていたのかが分かる。


「……」


 獲物は包丁。防具の類は無意味。安全に配慮するどころか、怪我して上等とばかりに刻んでくるという。四肢欠損は当たり前、臓物を引き摺り出された回数など憶えてない。酷い時は腹から下を消し飛ばされたこともある。

 無理矢理死なない身体にされた上での暴挙。あれを堂々と鍛錬と言い切ったお兄様の、なんと頭のおかしいことだろう。

 ──だから私は今、とても幸せだ。ようやく地獄から現世に舞い戻ってきたような気分というべきか。常識が通じる世界に戻ってきた感覚だ。


「──はい。それでは次……そこで何故か遠い目をしている久遠さん。前に出てください」

「っ、はい! 失礼しました!」


 名前を呼ばれて慌てて立ち上がる。しまった。またやってしまった。加藤先生も若干だが呆れている気がする。立場的に他の生徒から笑われることはないとはいえ、これは流石に恥ずかしい。

 というか、なんで私は戦場から帰還した兵士みたいな感傷に浸っているんだ。おかしいだろ。これでも日本屈指のお嬢様だぞ。やっぱりこれもお兄様が悪い。責任転嫁じゃなくて本当にお兄様が悪い。


「しばしば上の空になっているようですが、もしかして体調が悪かったりしますか? まだ完全ではないとかならば、ちゃんと教えてくださいね」

「ご心配おかけして申し訳ございません。ですが大丈夫ですわ。久々の授業だからか、つい懐かしんでしまいまして……」

「なるほど。気持ちは分からなくはないですが、これも授業です。しっかり集中するように」

「はい。本当に申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる。同じ授業で二度目の謝罪。イメージ払拭を目指しているにも拘わらずコレか。あまりよろしくないなと思う。


「……さて。では気を取り直して、久遠さんの相手は──」

「はい! 私にやらせてください」


 加藤先生の言葉に反応した生徒がいた。蘭丸君である。どうやら先程の宣言通り、私と竹刀を交えるつもりらしい。


「おや鳳君ですね。では前に」

「ありがとうございます!」


 一度深々と加藤先生に頭を下げたあと、蘭丸君が前に出てくる。普段の尊大な態度がなりを潜めているのは、加藤先生が剣の世界におけるレジェンドだからだろう。


「……まさか本当に竹刀で会話するつもり? 日本語を使えばいいじゃないの」

「ふっ。確かに言葉はコミユニケーションにおいて重要だ。だが使い方によっては、いくらでも誤魔化しが効くのが言語というものでもある。本心、深層心理を見抜くには直接ぶつかるべきだ」

「男の子ねぇ……。ちなみに私は女の子なのだけど」

「剣に男も女も関係ないさ。どれだけ真摯に向き合い、研ぎ澄ますかが全てだ」

「へぇ……?」


 信念のこもった言葉だ。多分、蘭丸君は本心でそう言っているのだろう。──だからこそ若い。思わず笑ってしまうほどに。彼は気付いているのだろうか? その言葉には、才ある者特有の傲慢さが混ざっていることに。

 私は蘭丸君が、英雄の領域に届く天才だと知っている。だからこそ、彼の台詞はとても空虚に感じてしまう。憧れてはいるけれど、かつては持たざる者であった私からすれば、努力を賛美するような言葉は響かない。それは弱者のことを理解できない、どうしようもない強者の妄言であるのだから。

 なにより私は、剣の果てを目にしてしまっている。努力なんて言葉とは無縁で、真摯に向き合ってすらいない。それで剣を極めている怪物を知っている。


「随分と青臭い台詞ね。ま、いいんじゃないの?」

「やけに棘のある言い方だな」

「さあ、どうかしら?」


 あえて言葉を濁す。そのまま肩を竦めて移動。ちょうど準備もできたことだし、なによりこうした方がやり取りとしては映える。

 何度も言うが、私は蘭丸君に憧れているのだ。せっかくゲームの登場人物と会話しているのだから、やはり『らしい会話』というものはしてみたい。


「では入場から始めますよ」

「「はい!」」


 加藤先生の声に従い、互いに向かい合う形で定位置につく。そしてまずは礼。


「……」

「……」


 同時に前に進み、竹刀を構えて蹲踞。


「──はじめ!」


 さあ、ダンダン無印における主人公のライバル。そのお手並みを、拝見しようじゃないか。

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