第17話 過去の精算 その二

 案の定というべきか、私の久々の登校はそこそこの騒ぎになった。ついでに言うと、私の豹変はかなりの騒ぎになった。

 ……うん、まぁ、ね? 我儘放題のクソガキが大人しくなったら、そりゃ驚くよなとは私も思う。休み時間のたびに偉そうにしてたガキ大将が、当たり障りのない会話で波風を立てないよう振舞っているのは、やはり色々な意味で目立つのだ。

 そして子供というのは、そういう変化にとても敏感だ。特に上流階級の場合、人脈やら派閥云々が人生を左右すると言っても過言ではなく、だからこそ私の変化は学年中を駆け巡った。


「……」


 結果として、現在進行形で私はクラス内で浮いております。二十分休みの今は、とりあえずポーズということで持参した小説を読んでいるけれど、内心ではさてどうしたもんかと首を傾げている次第。

 個人的な意見としては、こうした腫れ物扱いは気にしないし、なんなら歓迎しているレベルなのだけども。……いやだって、クラスメート=私の黒歴史の生き証人なわけで。そりゃ遠慮したくもなるというもの。

 それを抜きにしても、私は前世のアレコレで精神が変質してしまっているし、お兄様との訓練で微妙に倫理観も壊れている。この辺のボロが出るのも避けたいところ。

 ……でも残念なことに、私ってお嬢様なんだ。それも久遠家という日本屈指の名家の。純粋な歴史だけでなく、財閥としての経済力も凄まじいの一言。そんな家の令嬢が、付き合い諸々を放棄することは許されないというジレンマ。


「……」


 読書に集中しているフリをすれば、他の面子も気を利かせて声を掛けてくることはない。実家の力がダイレクトに学校生活に影響を与えるからこそ、限度はあるにしろクイーンビーの振る舞いに異を唱えることは許されないのだ。その辺は正直ありがたく思う。

 だが、いつまでも誤魔化しているわけにはいかない。何度も言うが、上流階級に求められるのは社交である。それを疎かにすれば、このクイーンビーの地位も危うくなる。……地位にはそこまで興味ないけれど、久遠家の娘である私が平穏な日々をすごすには、この地位にいないと逆に都合が悪いのである。

 傍若無人かつ嫌味ったらしいクソガキだった『八千流』ですら、その辺は一応こなしていたと伝えれば、どれだけ重要なことなのかも分かるというもの。


「……ふぅ」


 本を閉じる。仕方ないので覚悟を決めよう。幸いにして、人格こそ変質していても私は『久遠八千流』なのだ。物心ついた時からお稽古と称して叩き込まれた英才教育の数々は、しっかりと私の中で根付いている。

 前世である二十代男性の性質が濃く出ていようとも、なんとかなりはするはずだ。その辺を駆使すれば、なんとか上手くやれると信じよう。


「ごめんなさいね? 昨日から読み始めた小説の続きが、どうしても気になっていたのよ」


 まず手始めに、ちょくちょく私のことを窺っていた女子たち、端的に言ってしまえば取り巻きのメンバーに声を掛ける。


「えっ、あ、そんなことで謝らないでください八千流様! むしろ私たちの方こそ、何度も不躾な視線を向けてしまって……!」

「いいのよ。久しぶりに貴女たちと顔を合わせたというのに、軽い挨拶で済ませてしまったのは私だもの。皆、私に色々と訊きたいこととかあるのでしょう?」


 苦笑を浮かべながらも、取り巻きの娘たちを手招きで呼び寄せる。その際に所作をできる限り鷹揚なものにして、これまでの印象を払拭することを心掛ける。


「先に断っておくけど、別に貴女たちのことを蔑ろにしてたわけじゃないのよ? 正直な話、私も色々と変わったという自覚があるから、どう接したものか悩んでてね。現実逃避もかねて本の世界に逃げ込んでいたのよ」


 そしてすかさずフォロー。社交よりも読書を優先したということは、取り巻きである彼女たちのことを『文庫本以下』と断ずるに等しい行為。そうした侮辱は後々になって返ってくる可能性が高いし、それを抜きにしても心情的に気分のいいものではない。

 なのでここは正直に事情を説明し、先々の不安の種を取り除いておく。もちろん、こうした謝罪はかつての『八千流』では考えられない行為であるため、これは差別化を図るという面でも重要なことである。


「で、皆が疑問に思っているであろう私の変化なのだけど、結構単純なことでね。私のお兄様の手で、性格の方を矯正されたからなのよ」


 あとは流れに任せて説明。気持ち声のトーンを大きくして、取り巻きの娘たち以外のクラスメートにも、それとなく聞こえるようにするのも忘れない。

 取り巻きのメンバーは、自分たちのみならず家全体のリスクヘッジもあって、内心はどうあれ陰口を含む下手な情報の拡散はしない。だから私に近すぎない立ち位置の面々に、こっそりと噂の拡散をしてもらう必要があるのだ。……ただ間違いなく、盛大に尾ヒレ背ビレがつくよなぁ。必要経費と割り切って、今後の行動で修正していくつもりだけども。


「──そうだったのですね! 確かに今の八千流様は、以前よりも大人びているように感じます」

「ありがとう。でもそれ、単に前の私が酷すぎただけよ。問題児が一般生徒に戻っただけなのだから、大したことではないわ。マイナスがゼロになっただけ」

「いえいえいえ! 本当に歳上のお姉様のようで、私たちも凄く驚いているのですよ!?」


 うん。だって肉体年齢はともかく、精神年齢に関してはキミたちよりずっと上だろうし。というか、そうであってほしい。仮にも二十代男性としての記憶もあるのだから、小学五年生より子供っぽかったら崩れ落ちるよ。女の子が早熟だとしても、流石に負けてられんよ。


「ともかく。そんな感じだから、貴女たちも改めてよろしくね。前との違いで戸惑うこともあるだろうけど、その辺りは臨機応変……だとアレね。以前の良い部分なんて皆無だったわけだし。今の私の方を優先してくれると助かるわ」

「「「はい!!」」」

「ふふっ。ありがとう」


 ヨシ。ひとまずこれで第一目標は達成。ついでに裏の目的だった、取り巻きメンバーに対する軌道修正もどうにかなりそうだ。

 実は結構な不安要素だったんだよなぁ。やっぱり取り巻きとかやってると、どうしてもボスの言動に寄っていっちゃうわけで。マトモになった私目線からすると、かつての八千流の悪影響を受けている娘がチラホラいるのだ。

 全員がそうとは言わないが、それでも朱に交わればなんとやら。ピカピカの小学一年生から、悪童の取り巻きをやっていれば、そりゃ上手い具合に適応する娘も出てくる。元から同類の気配がある娘もいるし。

 逆に適応できていなくとも、頑張って適応しているフリをしている娘たちもいるから堪える。なにせ普通の子供と違い、私たちの関係性はダイレクトにお家の利益に関わってくるのだ。だから離れるに離れられず、演技までして私の取り巻きの地位を維持していたりする。


「ふぅ……」


 そういうわけだからこそ、彼女たちの精神を歪ませるなどした責任を、私はしっかり取らねばならない。元凶であり、大人としの感覚を備えているからこそ、できる限りの軌道修正を図らなければならないのだ。

 なお、同類の毛がある娘たちに関しては知らない。そこはもう我慢しろと思うし、その辺の考え方を修正した方が絶対に生きやすいので、無理矢理にでもこちらに合わせるつもりだ。

 ……うん。こうして見ると上々な滑り出しな気がする。このまんまハーメルンの笛吹きよろしく、彼女たちを先導しながら平穏な日常に──


「──ほう? 豹変したという噂は本当みたいだな。久遠八千流」


 ……今度はなんだ。




ーーー

書きだめ尽きましたので、以降は書きあがり次第上げていきます。

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