第18話 主人公のライバル 鳳蘭丸
廊下の方から聞こえてきた声。男と呼ぶにはまだ幼い、子供特有の甲高さのある男子生徒の声。
私はその声を知っている。同じ初等部のボスの一人であり、『八千流』の時から交流があった人物だからだ。
「あら。あなたがこの教室に来るなんて珍しいわね。私のことを毛嫌いして、滅多に近寄ろうとしなかったのに。ねぇ、蘭丸君?」
【鳳蘭丸】。久遠家と同じ十二支族にして、もっとも力のあるとされる鳳家の次男坊。私の同級生であり、二つ隣のクラスである三組の支配者。
なにより重要なのは、鳳蘭丸はダンダン無印における主要人物、すなわち主人公のライバルキャラであるということ。そして主人公と苦楽を共にしたパーティーメンバーでもある。
性格は名家の御曹司らしく尊大。だが同時に優しさと生真面目さも兼ね備えており、その家柄とカリスマから多くの人間を率いるリーダー兼兄貴分。
無印版ストーリーでは、その尊大さからたびたび主人公と衝突していたが、根は全良であるが故に次第に打ち解け、互いに高め合うライバルという形に落ち着くことになる。
「毛嫌いと言うと語弊があるな。ただ少しばかり思うところがあっただけだ」
「素直に大嫌いだったと言えばいいのに。中途半端に体面を取り繕ってもまどろっこしいだけじゃないの」
……だからこそ、性根が腐っていた『八千流』とは極めて相性が悪かったりする。まあ、そもそもが主人公パーティーと終盤の中ボスなので、対立するのも当然ではあるのだが。
「……ふむ。言葉に棘はあれど嫌味ったらしくない。呆れはあるが、嫌悪は微塵も存在しない。まるで別人だな」
「ふぅん? 流石は鳳雛と名高き天才少年剣士様。ほんの二・三言で人の精神を看破してみせるのね」
「確かに竹刀を交えれば、そいつの人となりは見えなくもないがな。お前ほど分かりやすければ、剣の心得など不要だろうさ」
「へぇ。鳳雛云々は否定しないのね」
「大仰だと思わなくもないが、一部でそう呼ばれているのは事実だからな」
「あらそ」
苦笑を浮かべる蘭丸君に対し、あえて私は素っ気なく答える。悪評で名を馳せていた身としては、中々に反応が難しいのである。
だが実際、『鳳蘭丸』という名は社交の世界でもよく耳にする。単純に十二支族である鳳家の子息という点はもちろんながら、その才覚で話題のお子様なのだ。
ゲームにおけるプレイアブルキャラとしての性能は、攻撃力と素早さの高い剣術使い。物理系の高火力アタッカーであり、欠点として耐久性と魔法適性が低い点が挙げられる。
現実もゲームの設定とリンクしており、まだ幼いながらも剣の天才として、剣道界を筆頭に様々な分野から注目されているのだ。その辺は流石というべきか、無印ストーリーの主要人物の面目躍如である。
「で、どういう風の吹き回しなのかしら? もしかして、半年ぶりに登校した私のことを心配でもしてくれた?」
「そのようなものだ。久々に登校してきた同級生が、別人のようになっていたと噂が流れればな。自分の目で確かめたくもなるだろう?」
「同意できてしまうのが悲しいところね」
それだけ衝撃だったということだろうし、それも当然だと思ってしまう自分がいる。私の家柄にしろ悪名にしろ、注目されて然るべきものなのだから。
「それで豹変の理由は? こうしてちゃんと会話ができるぐらいマトモになったタネ、是非とも教えてほしいものだが」
「……まるで以前までの私では、会話が通じなかったとでもいいたげね。日本語は喋っていたつもりなのだけど」
「その台詞の時点で自覚はあるだろうに。言葉は通じていても、会話が通じない。お前はその典型だったぞ?」
「なんとも人生経験が豊富そうな言い草だこと。私と同じ五年生の癖に」
「そりゃ色々な大人の行事に顔を出しているからな。家での教育も含めれば、こんな風にもなるだろう。前までのお前が例外だっただけだ」
「あら言ってくれるじゃない。否定はしないけど」
私と蘭丸君の間で、実に可愛げのないの会話が飛び交っていく。子供らしからぬブラックユーモアは、上流階級特有の帝王学の成果だろう。
ただ私の場合、前世の記憶で下駄を履いている恩恵が大きいのがなんとも言えない。なにせ目の前の五年生男子が、ただ己の才覚のみでこの会話を成立させているのだから。
「実際問題、前までのお前ならこの時点で不機嫌そうな表情を浮かべていたし、酷い時は癇癪も起こしていたじゃないか。そういう意味では、今のお前はとても話し易いが……正直、変わりすぎてて不気味に思える」
「あなたねぇ……。仮にも乙女に対して、その評価はどうかと思うわよ。紳士としての配慮に欠けるわ」
「生憎とまだ五年生なのでな。紳士ではなくわんぱく少年なのさ」
「いけしゃあしゃあと……」
さっきまではマセガキのスタンスを取っていた癖に、舌の根も乾かぬうちにわんぱく少年とほざいてみせるか。
まるで社交界での雑談だ。毒と見栄で塗り固められた、なんともおハイソなやり取りじゃないか。
ならば、こっちも相応の態度で返そう。これもまた黒歴史処理、『八千流』の悪評を払拭する一手として、名家の令嬢に相応しくあしらってみせよう。……短時間で同じ説明をするのは、流石に面倒でもあるし。
「残念ね。あなたがわんぱく少年と主張するなら、私の変化は教えてあげない。これは乙女の秘密というものよ。お子様にはまだ早いわ」
「おいおい……。俺とお前は同学年だろう?」
「あら知らないの? 女の子は早熟なのよ。特にこの時期は、精神的にも肉体的にも、女子の方が一足早く成長するからね」
「……まさか乙女の秘密ってアレか? 初潮がきたことで性格が変わったとかか? 思春期になるとそう例もあると聞くが」
おいコラ。
「あなた、その返しは流石にデリカシーに欠けてるわよ。わんぱく少年というよりも、脳内ピンクのクソガキの類じゃないの」
「むっ……」
女子だとマジで反応に困る奴だぞそれ。繊細な子によっては張り手が飛んでくるからな。実際、私の取り巻きの面々も微妙な顔をしているし。
「下世話よりの内容なのは理解しているが、そんなに不味かったか……?」
「はぁぁ。やっぱりその辺は本当にお子様なのね。周りを見なさないな。鳳家の御曹司に、それも容姿に恵まれて女子人気の高いあなたに対して、この子たちが渋い顔を向けているのよ? それで分かるでしょうに」
「そうか……」
いやまぁ、男子だと中々実感できないのは分かるんだけども。私自身、男として生きた記憶もあるし。
「その辺、本当にデリケートな問題なのよ。だから気をつけなさい。気にしない子もいるでしょうけど、その場合でも生々しくならないように気を遣うし」
「……そういうものか」
「ちなみに誤解を解くために教えておくけど、私の性格の変化とそれは関係ないわ。そもそも私はまだだし」
「「「八千流様!?」」」
私が雑にカミングアウトした途端、取り巻きの面々が悲鳴のような声を上げた。そりゃこの流れで伝えれば驚くよな。
蘭丸君は蘭丸君で予想外だったようで、これまでの尊大さが引っ込んでしどろもどろになっている。
「お、おう……」
「ね? 言われたところで反応に困るでしょ。だから下手に雑談のタネにするのはオススメしないわ」
「き、肝に銘じておこう……。それはそれとして、言ってよかったのか?」
「少なくとも私はどうでもいいわね。生物として当然の仕組みだし、身体に異常がなければ時間の問題でしかないのだから。この程度で鳳家の御曹司の教師役になれるのなら、むしろ得した気分よ」
精神は男よりである以上、女子の感覚については私もどうでもいいのである。それで主人公パーティーの一人に貸しつくれるのなら、願ったり叶ったりというべきだろう。
「お、おう……。この礼は必ずしよう。そして俺は失礼する。もうすぐ休み時間も終わりだからな」
「あら、お可愛いこと。もしかして気まずくなった?」
「……癪ではあるが、YESと言っておく。切り出した俺の自業自得だが、それでもあのカウンターは予想外だった。思った以上に居心地が悪い」
「男の子も大変ねー」
バツの悪そうに頭を搔く蘭丸君に対し、私はクスクスと笑ってみせる。ああ、分かるとも。この年代の男子は、キャパを超える下の話題は気恥しいものだ。
おかげで彼の顔の皺がより深くなったが、撤退宣言をした時点で勝負はすでについているのだ。ここで反論しても無駄な足掻きでしかない。
「全く……。本当に変わったな久遠は。別人みたいに喰えなくなった」
「理由は聞かなくていいのかしら? 今なら気分がいいから、特別に話してあげてもいいわよ。どうせ噂として広まるだろうけど、自分で直接確かめたいのでしょう?」
「流石にこの場に残ってまで聞こうとは思えんよ。一旦出直すさ。ちょうどいいことに、訊ねるのにおあつらえ向きなタイミングがある」
おあつらえ向き? なんかイベントでもあったか?
「お昼にでも訪ねてくるつもり?」
「それよりも前さ。四限、合同での『武道』だろ?」
「あー……」
言われて気付く。登校するのは半年ぶりだからうっかり忘れていた。
この蒼天学園は、日本の上流階級に属する家柄の子供たちが通う学び舎である。その性質からか、武道の類が盛んなのだ。
この世界において、ダンジョンという闘争の場が社会に組み込まれている。日本の十二支族がそうであるように、歴史上で力のある集団はダンジョンから得た力で基盤を形成している。
それが転じて、この世界では『武』が一つの文化となっているのだ。特に歴史を重んじる上流階級においては、決して疎かにできない教養の一つにカウントされている。
だからこそ、蒼天学園でも体育の授業他に、武道がカリキュラムとしてガッツリ組み込まれているのだ。初等部の段階では、空手道、柔道、剣道、合気道の四種だが、中高となるにつれて選択の幅も増える。
で、私と蘭丸君が、武道の授業で選択しているのは──
「同じ剣道を選択しているんだ。お前の心境の変化とかは、竹刀を通して訊いてみるさ」
──それはなんともまあ、主人公パーティーの一員らしい、そして剣の天才らしい台詞であった。
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