第15話 成長と次なる地獄

 人間は慣れる生き物なのだなと、切り飛ばされた右腕をキャッチしながら思う。

 お兄様との訓練、という名の拷問が始まって約半年。初日の宣言通り、私は順調に壊されてしまった。


「──あははっ! もう部位欠損にも怯まなくなったねヤッちゃん!!」

「そりゃそうでしょうとも! 毎日四肢を飛ばされてればこうなりますわ!!」


 左手を使って傷口同士を無理矢理押し付け、リジェネーションを利用し回復。正直、放っておいても腕の一本ぐらいなら勝手に生えてくる身体になっているが、欠損部位を再利用した方が時間的ロスが少ない。

 ──ああ、本当に染まってしまったものだ。毎日四桁近くも致命傷を負わされたら、こうなってしまうのもやむなしではあるのだろうが。


「はい足元がお留守」

「それで膝を蹴り砕くとかどういう神経してるんですの!?」

「おっと」


 痛みに顔を顰めながらも、迎撃用に準備しておいた爆発の魔術を発動。と言っても、お兄様にダメージを与えることは期待していない。

 爆発の対象は自分。衝撃と爆風で自分の身体を吹き飛ばし、無理矢理にでも距離を取るのが真の狙い。

 代償で上半身の皮膚が溶けたりもしたが、お兄様の追撃を躱せたのなら十分すぎる。……単に見逃されただけだろうけど。


「……うん。十分すぎるぐらいに成長したねヤッちゃん」

「人としては劣化してるんですのよ……」


 致命傷を気にしなくなったのも、なんなら自分で致命傷前提の作戦を考えて決行するようになったのも。戦士としては確かに成長しているのだろうが、代わりに人として大切なナニカが欠けてしまっている。……そもそも戦士じゃなくて名家の令嬢なんだよな私。


「まーまーまー。そんな不貞腐れなくてもいいじゃないの。実際、結構強くなってるからね? ここまで戦えるようになれば、大抵のトラブルは切り抜けられるよ」

「でしょうねぇ!? なんか生命力がプラナリア並になりましたもの!」


 この半年間、致命傷を負いすぎて肉体が変な方向に進化したし! 初めの方は師匠の不死性と痛覚耐性が必須だったけど、途中から身体が適応したのか不要になったからね!? 


「んー、仕組み的にはアレだろうね。単純に肉体が変容したってのもあるんだろうけど、一番は条件反射で回復や痛覚鈍化の魔術を使ってるからだろうね。アジに魔術のイロハを叩き込まれた当たりで、ヤッちゃんもそうなりはじめたでしょ?」

「……確かに……」


 思い当たる節は……ある。一通りの魔術を使えるようになってから、私の生命力は跳ね上がったのは間違いない。

 そして時短のために、自然回復するのを承知で致命傷のたびに回復魔術を使うようになってから、それは更に加速していった。

 反復しすぎてしまったのだろう。ダメージ=回復魔術発動の構図が肉体に刻まれ、機能として定着してしまったのだ。


「……まさかこれ、ダンダンにあったリジェネ系スキルの正体?」

「かもねー。俗にいう『後天的リジェネレーター』。自然回復系のアビリティ持ちのような純正と違って、修羅場を潜り続けた者が辿り着ける一つの境地。その事実だけで、荒事に関わる全ての人間が一目置く歴戦の証明ってやつ。いい泊がついたねヤッちゃん」

「あのお兄様? 私、アンタの妹なんですよ。すなわち日本屈指の名門一族の令嬢ってことでして。そんな物騒な泊はいらねぇんですわよ」


 強さを尊ぶ元武家の血筋と言っても、そこまでは誰も求めてないんだよ。結局、十二支族の子供が活躍するべき場は政財界なのだから。

 その手の大会で優勝するとか、ダンジョンで活躍して多少有名になるぐらいで構わないの。ましてや男児ですらない令嬢なら、学校の授業で優秀な成績を取るぐらいでもなんら問題ないわけで。

 こんな修羅orバーサーカーの証明書みたいな肩書きは、これっぽっちも必要ないんだわ。


「この世は強さが全てだよ? 強ければ大抵のことはなんとかなるからね」

「お兄様だけ乱世を生きていらっしゃる?」


 確かに強さが大事なのは否定しないけども。前世と違ってダンジョンを筆頭としたファンタジー要素が飽和している以上、物理的な強さもまた一つの基準になっているし、将来的な選択肢を広げる重要なファクターだ。

 でもそれ以上に、今の世の中で重要なものがあるんだ。経済力という名前なんだけど。少なくとも、そんな覇王思想がまかり通る世の中ではないはずなんだ。


「でもヤッちゃん、将来的にはバッドエンド一直線じゃん」

「それはそうなんですけども……」


 正直な話、バッドエンドよりも酷い目に遭った気がしなくもないというか。単純に悪名付きで一回殺されるのと、死なない代わりに半年間で数え切れないほどの致命傷を負うのと、どっちがマシかと問われれば……。


「ま、文句は言ったところでもう遅いんだけどね。予定通り、ヤッちゃんは綺麗に壊れちゃったし」

「悪びれずに言ってくれますわね……」


 覆水盆に返らず。私自身、一般人から逸脱してしまった自覚はある。だが壊した側が嬉々として手遅れと語るのは非情ではないか?


「でも以外と適応早かったじゃん。わりと初期の段階で受け入れたというか、考えるのを止めたというかさ。途中で逃げ出すか、鬱とかにでもなると思ってたんだけど」

「……」


 それは……ちょっと否定できない。いやだって、物理的にも精神的にも、お兄様は絶対に逃がしてくれないし。無駄に足掻くよりも、さっさと適応してしまった方がダメージ少ないと思ったというか。

 もちろん何度も逃げ出したくなったし、ナイーブにもなったりしたけれど。それ以上に衝撃的すぎて、早々に思考停止してしまったというか。

 お兄様が本当にデタラメすぎて。一周まわって同意書が必要なタイプのアトラクションに乗っている気分だった。


「僕としては願ったり叶ったりだったけどね。予定よりずっとヤッちゃんのことを鍛えられたし。最初のプランでは、心が折れて、発狂して、諸々吹っ切れさせて、精神を立て直して、そこから本格的な戦闘訓練のつもりだったんだよ?」

「二番目にものすっごい不穏な単語が混ざっておりましてよ?」

「ならなかったからどうでもいいじゃん」

「そういう問題じゃねぇんですわよ」


 デットオアアライブの二択を勝手に突きつけた挙句、生きてりゃ問題ないと唱えるのは色々と論外だろう。

 認めるのは甚だ遺憾だが、私に偶然その手の『素質』があったから回避できただけで、本来なら不可避のバステイベントということは頭に刻んでほしい。……それを最初から予定に組み込んでいたお兄様からすれば、工程の増減程度にしか認識していないのだろうけども。


「いやー、でも本当にサクサク進んだよ。メンタルの部分で、最低でも期間の半分は使うつもりだったからさ。ヤッちゃんが短期間で適応してくれたお陰で、予定外のレベルまで持っていけたもの」

「途中から訓練内容が『常在戦場』を意識してたのは、それが原因だったのですね……」

「うん。いっそのことヤッちゃん、バトル漫画とかのキャラみたいにしたら面白そうだなぁと思って。その辺を考慮して、色々と思い付いたやつを適当にね?」

「適当にね? じゃねぇんですわよ」


 そんな思い付きであんな狂気的な訓練を用意しやがったのかアンタ。行き当たりばったりで許される範疇を完全に超えてるんだよ。


「あはは。そんな怒らないでよヤッちゃん。ちゃんと無茶振りに見合った成長はしているんだから。……うん、よく頑張ったね。キミがここまで強くなったのは、兄としてとても誇らしいよ」

「お兄様──その労い、全然嬉しくございませんの」


 なんだったら普通に腹立たしいまである。


「えー。なんでよ」

「まず単純に、成長の代償として私の倫理観を勝手にベットしたことが不満でしてよ。あと色々と悪化した後半戦が、お兄様の趣味寄りのオマケだったことがたった今発覚したからですわね」

「へー」

「罪悪感どころか、興味すらも失せましたわね……」


 本当にこの裏ボスは……!!


「それはともかくね。いい感じにヤッちゃんも強くなったし、最初に予定していた期間も経った。──だからこの辺りで、訓練は終了しようかなって思うんだけど。どうかな?」

「……やっとこの地獄の日々が終わるんですのね……」


 一気に力が抜ける。お兄様は基本的に吐いた唾は飲み込まない人なので、これでようやく血に濡れた非日常とおさらばということになる。


「ヤッちゃんが延長を望むのなら、喜んで付き合うよ!」

「いや望みませんわよ。こんな荒みきった毎日、さっさと抜け出してしまいたいですわ。早く日常に戻りましょう」

「ヤッちゃんの場合、八千流時代のやらかしの精算が待ってるけどね。訓練の次は、黒歴史という名の地雷処理だよ」

「……」


 ──っ、忘れてたぁぁぁ!!

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