第13話 裏ボス式ブートキャンプ その二

 龍がいた。私の周りに、三つの龍の頭があった。

 真紅の瞳に、歪な形に伸びた角。鋸のように鋭い牙に、蛇のようなつるりとした質感の黒い鱗。

 首の部分には青い炎が揺らめき、そこから下は存在しない。あるのは頭のみ。

 だが不完全とは感じない。まず単純に、頭の一つ一つが私の背丈ほどもあるのだ。存在感という意味では、この一点だけでも凄まじい。


『……』


 ──なにより三つ首から放たれるプレッシャー。これが尋常ではない。ともすれば睨まれただけで失神してしまいそうになる、そんな本能的な力の差を感じてしまう。


「……これがアジ・ダカーハ」


 お兄様の【龍頭荼毘】を借り、私が呼び出した終末の龍。

 ゲームにおいては、一種類でありながら『三種類』扱いになっていた大ハズレ枠。AI三回行動、リジェネ、強MOB召喚、多様な魔法攻撃、全体一撃必殺を兼ね備えるぶっ壊れ。

 それ即ち、現実のお兄様が従える龍たちの中でも、特にヤバいであろう怪物の一つであるということ。

 事実、お兄様がこのアジ・ダカーハを全力で行使すれば、ただの一撃で大都市が瓦礫の山に変貌する。それほどの力をこの三頭龍は宿している。


『……珍しく口上を唱えたかと思えば、まさかこのような小娘が我を呼び出すとはな。我が主よ、コレはどういうつもりだ?』

「喋っ──」

『我は千の魔術を操る叡知の龍ぞ? 人語を解するなど当然のこと。それより小娘、貴様はちと黙っておれ。我は今、そこの理不尽と話している』

「ア、ハイ」


 ……意外と優しげに諭されてしまった。てっきり『身の程を知れ!』とか怒鳴られるかと思ったのだけど。喋ったことはもちろんなのだが、何か予想と違うタイプの龍だなアジ・ダカーハ。

 それに対してお兄様よ……。龍にまで『理不尽』と称されるとか、色々な意味で安心安定すぎる。


『それで我が主よ。何故、この小娘に我を与えた? まさか我は無用とでも言う気か?』

「あはは。捨てられるか不安かい? アジは本当に大型犬みたいだねぇ」

『──死ね』

「ちょぉ!?」


 私が静止するよりも早く、アジ・ダカーハの口から一発の炎弾が放たれた。

 全ては一瞬のできごと。それでも召喚主として繋がっているからか、私にはその刹那を知覚することができた。

 放たれた炎弾はとても小さなもの。だがそれは見た目だけだ。何故ならあの炎弾は、最低でも山を抉るほどの威力があるのだから。


「コラ。あんまりヤンチャは駄目だよアジ」


 ──だがお兄様はそれを片手で掴み取り、そのまま握り潰してしまった。


『相変わらず出鱈目な……!!』

「うっそぉ……」


 アジ・ダカーハと私の意見がシンクロする。いや、本当に意味が分からない。何から何までおかしすぎる。

 それと同時に分かった。アジ・ダカーハが思いのほか温厚な理由が。多分だけど、お兄様に何度も振り回されて疲れきっているのだ。……少し親近感が湧いた。


『……それで此度の召喚は何だ。誠に我を侮辱するつもりなら、全力で貴様の喉元に喰らいつくぞ』

「んー。流石にキミとの殺し合い、もとい調伏の儀をもう一度やるのは面倒かなぁ」

『ならば答えよ!! 我をこの小娘に与えた目的を!!』


 私のことをそっちのけで、張り詰めた空気が流れはじめる。

 正直な話、止めてほしい。怒気を発するアジ・ダカーハが、とてつもなく恐ろしいのだ。

 この召喚が気に食わなかったというのなら、誠心誠意土下座した上で、丁重にご帰還していただくとも。その上で二度と、身の程知らずな行為はしないと誓う。

 だからどうか鎮まってくれ。頼むから私を中心に、大怪獣バトルを始めないでくれ。本当に死んでしまうから。


「与えたとか、そういうんじゃないよ。ただアジにも手伝ってほしくてね。ヤッちゃんを鍛えるのを」

『委譲と貸与に大差などあるまい。侮辱には変わらぬぞ』

「大違いさ。貸与の場合は、アジのご主人様は変わらず僕だ。ご主人様が配下をどう使おうが、僕の自由でしょう? そういう契約を結んだはずだけど、まさか忘れたとは言わないよね? ──敗者の分際で」

『……フンッ。やはり騙されぬか。幼子らしく、力に溺れればいいものを』

「そういうキミは相変わらずだねぇ。悪龍らしいと言えばいいのか。何度もご主人様を騙そうとしちゃってさ。……勝ち目もないのにご苦労さま」

『そのまま傲り続けているがいい。その至上の才が腐り果てた時、我らがその肉を喰らってくれる』


 ……怖い。なにこれ凄い怖い。ゲームでしか知らなかったのだけど、お兄様と配下の龍たちってこんなにバチバチしてたのか。

 というか、今の会話から察するにアレだな? 【龍頭荼毘】って、龍を従えるの『調伏の儀』とかいう事実上の殺し合いを乗り越える必要があるな?

 お兄様が荒事慣れしているのも納得だ。まだダンジョンにすら入れない年齢のはずなのに、才能だけでは説明がつかない部分、心構えとかが完成されすぎていると思っていたのだ。まさか法律とは無関係のところで戦闘経験を重ねていたとは。


「ま、ともかく。今回はアジにもしっかり付き合ってもらうから。──やることは承知してるね?」

『ああ。今しがた思考が共有された。そして確かに、この役目なら我が最適よな』

「そーそー。だから頼むよアジ。ヤッちゃんは僕の可愛い可愛い妹なんだ。しっかり面倒見てあげてね?」

『ハッ! 大切な肉親にこのような狂気的な修練を振るものかよ!! 主のそれは親愛ではなく愛玩だろうに!』


 吐き捨てるようにアジ・ダカーハが吼える。悪龍でありながらも、お兄様の思惑とやらに対して呆れているのが分かる。

 ちなみにそれを真横で聞いていた私は、恐怖で震えが止まらなくなっていた。なんだったら涙目になっている。

 だって悪龍に『狂気的』と言わしめるようことが、私を待ち受けているということなのだ。何をされるのか全く想像がつかないし、それでいて酷い目に遭うことだけは確定しているのだから、そりゃ泣きたくもなるというもの。


『……ふむ。憐れな小娘よ。名を問おう』

「や、八千流です。久遠八千流」

『そうか。ではヤチル。我が主の命に従い、これより我はお前の一時的な配下となる同時に、高みへと教導する役目を負った。以降は我を師と仰ぎ、よく従うように』

「きょ、教導……?」


 それってつまり、お兄様だけでなく、アジ・ダカーハも私の師匠枠として参加するってこと……? え、待って。本当にこれから何をされるんだ私は!?


『まあ、その辺は今から判明することだ。下手に言葉を重ねるよりも、その身でもって実感した方が早かろう』

「そーそー。それじゃあヤッちゃん、はっじめーるよー!」


 だがアジ・ダカーハ、師匠からは説明らしい説明はされなかった。


『師として言えることは一つ。壊れるなよ』


 代わりに贈られたのは、そんな不穏極まりない言葉と。


「お待ちください師──」

「開幕は……豪快にいこうか」

「へ……?」


 ──実の兄による、包丁での容赦ない袈裟斬りだった。


「あ……」


 そして、鮮血が視界を染め上げた。

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