第12話 裏ボス式ブートキャンプ

 自信満々に、いや常識を語るかのようなトーンでお兄様が宣言した。

 器用貧乏にはさせない。……なるほど。確かに説得力のある言葉だ。凡百の教師ならいざ知らず、至上の天才であるお兄様が断言したのなら、それはおそらく現実のものになるのだろう。

 優秀な選手が、優秀な監督になるとは限らない。教える才能はまた別。有名な考え方ではあるが、お兄様には当てはまるまい。

 ──指導者としての才にも溢れている。そんなシンプルかつ理不尽な理由で、あっさりと片付けられるのがオチだ。


「まあ、うだうだ言っても始まらないし。まずは試してみなさいな」

「で、ですが──」

「やれと言ってるんだけど?」

「は、はいぃっ……!!」


 わずかに冷たくなった声音。それを認識した瞬間には、言葉を引っ込め頷きを返していた。

 無理。あれは無理だ。一瞬ではあったがえげつないプレッシャーに晒された。たった一言で反論する気力が根こそぎ刈り取られた。

 いや、個人的には未だに『無理』だと思っている。お兄様のアビリティ、【龍頭荼毘】は破格も破格。ゲームの性能を知っているからこそ、コピーなんてできるわけがないと思ってしまう。

 そもそも【同調圧力】ですら、お兄様には効かないのだ。アビリティが事実上の暴走状態であったピュア八千流の時ですら、お兄様を対象とした精神感応が成功した試しがない。

 弾かれるのだ。心のパスを繋ごうとしても。何度やっても拒絶される。

 だからピュア八千流時代、お兄様の内面なんて何も分からなったし、アビリティのコピーなんて夢のまた夢。

 ただ誰もできない拒絶を可能としているからこそ、ピュア八千流はお兄様を恐れていた。その怪物性に気付いていた。


「この手の能力は実力差で無効化されたりするけど、今回は僕がちゃんと受け入れるから問題ないよ」

「さ、左様でございますか……」


 やはり的確に私の懸念点を潰してくるか。逃げ道もついでに塞いできているけれど。

 ……いいだろう。腹を括ろう。どちらにせよ脅されている時点で拒否権はないのだから、この際いい機会だと開き直るべきか。

 それに憧れがないと言えば嘘になる。あのダンダンシリーズにおいて、最強最悪と謳われたアビリティを使うことができるのだから。


「……ふぅぅぅ。それでは挑戦させていただきます」

「どうぞ」

「『接続コネクト』!!」


 アビリティ発動。対象はお兄様に設定し、私にのみ認識できる精神の触覚を伸ばしていく。

 これこそが私の【同調圧力】。感知不可能な触覚で密かに他者とパスを繋ぎ、精神に対する不正アクセス、及び肉体に対するデータの吸い出しを行う能力。

 このパスが存在する限り、私は対象の意識を読み取り、アビリティを筆頭とした肉体に宿る力の一部を不正利用することができるのだ。


(うん。繋がったみたいだね)

(……あの、お兄様? 何故、私のアビリティを感知できているのでございますの? そして何故、私に無許可で思念の送信ができますの?)


 ……【同調圧力】って、基本的に発動者である私の方に主導権が存在しているんですが。インターネットでちょくちょく例えてるように、クラッキングする側とされる側ぐらいの力関係があるのだけど。

 通常、私の方から分かるようなアクションをしない限り、相手がパスの存在に気付くことなんてできない。

 ましてや私の許可なく、思念をこちら側に送信することなどできないはずなのに……。


(自分の身体に何かされたら普通は分かるでしょ? あと許可も何も、こんなの糸電話の亜種じゃん。どんな代物か判別できれば、意識のやり取りなんて余裕だよ)

(お兄様に理屈を求めた私が愚かでございましたわ……)


 もう何が起きても『お兄様だから』で納得してまおう。じゃないと疲れて仕方がない。首を切り落とされても平然としてそうなほどに理不尽だ。


(首チョンパは流石に……いやアジとヒドラの回復力ならいけるかな?)

(何で主導権を握ってるはずの私の思考を、逆に盗み見ているんですの……? あと、サラッと人間辞めてる宣言はマジで遠慮してくれやがりませんこと?)


 お兄様の場合は本当に実現できそうなので、そういう怖い推測の類は止めてほしい。

 ……というか、ゲーム時に滅茶苦茶苦労して倒しても、戦闘終了したら普通に主人公たちと会話してんだよなぁ『天理さん』って。

 冗談抜きで、固有の復活ギミックが存在してる可能性があるという。


(ちったぁ人間らしい部分を見せてほしいですわ……)

(ヤッちゃん。動揺のあまり言葉遣いがおかしくなってるよ。『混ざりモノ』になったのは知ってるけど、最低限は家格に見合った口調を維持しないとバレるからね?)

(失礼いたしたましたわー)

(うーんヤケクソ)


 そりゃ投げやりにもなるだろうに。規格外すぎて考えることすら億劫だ。


(それではお兄様、アビリティの方を一部拝借させていただきますね)

(あー、ちょっと待って。これ、普通にやってもヤッちゃんに負荷が掛かりすぎる。僕の肉体リソースを移すには、器の強度が足りてない感じ。こっちで調整しなきゃ)

(……ついに私よりも私のアビリティに詳しくなりやがりましたわね……)


 何で負荷とか分かるですかねぇ……。リソースの調整とかも、できることすら知らないし私。


(単純にヤッちゃんとの実力差かなぁ。ダムの放水にストローが耐えられるわけないでしょ? それと同じだよ)

(つまり私とお兄様の器には、コップとダムほどの差があるということですの?)

(ヤッちゃん。あんまり自分を高く評価しない方がいいよ)

(自惚れるなクソガキと言いたいのは分かりましたわ)


 ええ。分かってましたとも。分かっていたので、その憐れみの視線は止めてくれませんかマジで。


(……うん。オーケー。準備できたから、始めちゃってくださーい)

「……色々と言いたいことはありますが、かしこまりました。──『盗用スティール』!!」


 お兄様の言葉に従い、吸い出しを実行。接続されたパスを経由し、お兄様のリソースがこの身体に……ギッ!?


「アッ……ァァァァッ!?」


 なにっ、熱い!? 熱い熱い熱い熱い!? 体内が、いやもっと奥深くが焼けている!? 

 マグマを血管に直接注がれているような、全身が無理矢理広げられているようなこの感覚……!! 何だこれっ、何だコレ!?


「ガッ、ァァ……ガフッ……!?」


 ビシャッと目の前の地面が濡れ、いや赤く染まった。……血だ。これは私の血だ。

 吐血。この理解不能な負荷のせいで、肉体が耐えられていないのだ。全身がズタズタになっているのを感じる。四肢の末端まで罅が入っているような錯覚に陥る。


「なん、で……!?」


 ──それでも不思議なことに、微塵も身の危険を感じない。明らかに致死量のダメージを負っているにも拘わらず、どうやっても自分が死ぬ未来が見えない。


「不思議? それは僕がヤッちゃんに送った力が原因だよ。キミは今、絶対的な不死性を宿している。この世界最高のリジェネレーターになっているんだ」

「リジェネ……レーター……」


 お兄様の言葉に納得してしまう私がいた。『再生者リジェネレーター』。自然回復系のアビリティを所持している者の総称。

 私は今それになっているという。しかも世界最高レベルの。不死に近い再生力を宿しているという。

 道理で死ぬ気がしないはずだ。ゲーム的に言ってしまえば、毎秒HPの八割回復のようなもの。バランス崩壊もいいところであるし、なんなら八割以上の可能性だって十分ある。

 そしてこの再生力の来歴も、力の源となっているも理解できる。目を閉じれば、その覇者の姿を幻視できる。


「大丈夫。負荷はほぼ全て僕が引き受けているから。ヤッちゃんは遠慮なく、その名前を唱えなさい」

「っ……!!」


 コレはあまりにも膨大。身の丈に合わない力である。しかし、お兄様は問題ないと断言した。代償不要と仰った。

 ならば躊躇う必要はない。この絶対の力の持ち主が、真の契約者が赦したのならば。


「アビリティ【龍頭荼毘】発動。──其は叡知と暴虐を宿す悪龍。この世の大いなる覇者にして、終末にて咆哮する滅びの化身」


 唱える。偉大なる力の化身の似姿を想いながら。心に浮かぶその真名を高らかに謳い上げ、この世界に招来せんと乞い願う!!


「我が声に応え招来せよ! 『三頭王龍アジ・ダカーハ』!!」


『グルァァァァァァァァ!!!!』


 ──そして、恐るべき三頭龍がこの世界に現れた。

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