Chapter13 ~Next Stage~

 「無理無理、ぜってー頭出すなよ!」

 バンは無線にも周りにも向けて叫ぶ、茂みと船の残骸に隠れた3人は身動きも出来ず、身を伏せることしかできない。

 『パイロンに兵装はないけど、機首の23mmだけで私らミンチだね』

 カヤとメイの支援組は、林の中からおっかなびっくりスコープを通してのぞき見するしかない。

 バン達の向こう、漁港跡の平地に着陸したMi-24攻撃ヘリはハードポイントに兵装こそ搭載していないが、機首の23mm連装機関砲がゆっくりと左右へ動き、辺りを睨んでいる。

 「今柴田のおっさんへ巡視艇に前進してもらうように依頼してる」

 茂みに寝転がりながらタブレットで向こう側を覗きつつ画像を送りなんとかしてくれと急かす、巡視艇の武装には対空射撃も可能な50㎜機関砲がある筈だ、射程でも命中精度でも戦闘ヘリとは別格だし、現状では最善手と思われた。

 「火力がなーんにも無いからなー」

 「多分だけどすぐに居なくなるんじゃない?」

 バンの隣に同じように寝転がるダイナが手鏡で様子を伺いつつ話す。

 「その心は?」

 「そもそもここに来るまでに巡視艇の対空レーダーにひっかかってない」

 「つまり?」

 「低空でレーダー避けつつじゃないと来れない筈、ってことは」

 「そもそも巡視船が出てるのを認識してるってことか、クソ」

 バンもタブレットのカメラ越しにハインドを監視しつつ吐き捨てる、画面の向こうではボディビルダーのような体のデカい男が吉岡を抱き上げてキャビンへ運び込んでいた。

 「カヤ、撃てるか?」

 『無理、ここからじゃ全然見えない』

 「まあ無理はやめとこうか」

 戦闘ヘリ相手に命張る時給は出てないしなーと呟く、画面の向こうでは再度キャビンから出てきた男が手近な倉庫から耐水コンテナを引きずり出し、ヘリに搭載する所だった。

 「あれもなんか大事なモンなんだろうな」

 「どうにもできねーですねー」

 「なあなあ、あのデカマッチョってこいつ?」

 ローターのダウンウォッシュで巻きあがる砂埃の向こう、耐水コンテナを運び込む姿を見てバンはギンにデータを見せる。

 カメラに向けて中指を立て、名前の欄にウィリアム・ヒューズと書かれた写真、何度か目を細めて見比べていたギンは間違いないねーと返した。

 「うーん、羨ましい目だ」

 「交換できるならねーちゃんにあげたいんだよー?」

 くりくりとした目でギンはバンを覗き込む、星空のような眼にドキリとさせられるが、今はそれどころではない。

 「何が起こるかわかんねーのは怖いから、また今度な」

 「お、飛び立つみたい」

 「やっとか、バレてないことを祈ろう」

 視線の先でハインドは離陸する、数十メートルの高度を取ると先ほどの倉庫を銃撃、するとあっさり倉庫は炎に包まれた。

 「ガソリンでも置いてあったかね、用意周到だなぁ」

 「私らの知ってる脳無しビルとは思えねえなぁ」

 数年前顔を合わせた時の脳筋さを思い出しながらバンが呟く、そんな間にもハインドは3人を向こう、ログハウスと事務所のようなプレハブを念入りに銃撃する。

 「PCか書類でもあったかな」

 「運が良けりゃなんか残ってるかもな」

 とはいえ銃撃はログハウスの西端、プレハブの東端を念入りに銃撃を行っており、なにがあるかをきちんと把握した上での銃撃らしかった。

 「んでとりあえず東に逃走……うわ高度低っくいな」

 ハインドは辺りを銃撃すると波にかぶりそうな低空で東へと抜けていった、あれでは巡視船のレーダーでは捕捉は無理だろう。

 「……目標は達成したけどまあ、惨敗か」

 「うーん、すんごいモヤモヤするねこれは」

 「すっきりしゃっきりはできないねー」

 土埃を払いながら三人は立ち上がりハインドが消えた方向を見つめる。

 「リベンジはそのうちだな、撃たれた借りは返さないと」

 「あのヘリもめんどいから落としたいよね」

 「とりあえず」

 ギンが2人を促し振り向く、辺りはぐちゃぐちゃ、ログハウスからは火の手が上がっていた。

 「消火して、ボディカウントかな……」

 うんざりした顔で建設現場に置かれていた筈の消火器を取りに行く3人であった。


◇◇◇◇


 「こりゃ随分派手にやらかしましたね」

 「やらかしたのはアタシらじゃねーけどな」

 カヤ、メイと合流し火を消した後に柴田を含む財務省のチームが現れた。

 「咎めているわけではないです、攻撃ヘリはまあ、無理です」

 「咎められたともおもってねーよ、情報も無かったんだろ」

 こんなところでもきっちりスーツを着た柴田とバンはめちゃくちゃになったログハウス跡を歩く。

 「まあそれはそうなんですが……ああPC回りは念入りにやられてますねえ」

 「事務所もだよ、紙の帳簿みたいなのは焼け残りがあるけど……中身は精々ブービー賞だな」

 燃え残りを蹴っ飛ばすバン、焦げた瓶は石に当たり粉々に砕け良い音を立てた。

 「んで、後は?」

 「こまめに映像でも報告いただいているので上の判断次第ですね」

 引き続き捜索するにはちょっと戦力がと話す柴田に傍で話を聞いていたダイナが慌てて遮る。

 「いやいやそれはそっちの話でしょ、私たちはそろそろ帰らせてほしいんですが」

 「もちろん今日はお帰りいただけます、もう商工会のヘリが来ますから」

 「今日はって何だ今日はって」

 三人のやり取りになんだなんだと人が集まり出す。

 「何なに、まだなんかやらされるの?」

 「私そろそろおなかすきましたー」

 「室長じゃん、ちっすー、ヨダさんがアムトラック呼んでいいかってさ」

 カヤ、ギンは露骨にぐったりして帰りたいオーラを放ちだし、メイは武装職員隊の隊長らしき人物を指して指示を乞う。

 「あなた方の仕事としては、後でお送りするフォーマットで報告書出していただければおしまいです、あとヨダさんにはオッケー出してください」

 メイが伝えてきますと駆けだすのを横目に、んじゃそれで、と帰りかけるバンを柴田は引き止めた。

 「先ほど閣議決定でこの中部地域が重点復興地域の一つに選ばれました」

 「どゆこと?」

 「復興が始まります」

 人、物、カネがこの地域に突っ込まれますと柴田は続ける。

 「国家プロジェクトです、膨大なプランが動き始めます、しかしそれを阻害する動きが強ければプロジェクトは中止です、復興は遠のくでしょう」

 「そういわれてもアタシら一介の女子高生だぜ、どうしろっていうんだ」

 「残念ですがこの地域はまだまだ犯罪率が高い、特に近年武装資格や特殊技能補助資格を持った沿岸校学生の犯罪は増加傾向にあります」

 「賞金稼ぎでもやれってか、公営の懸賞金センターに行けばたくさんいるぜ」

 「いえ、要は警察権のある学生が欲しいんですよ、潜入から捜査、荒事含めて実行できる人材が」

  聞き込み一つ取っても同じ学生の方がナマの情報を引き出せる可能性が高いでしょうと柴田は続ける。

 「特に内陸よりも沿岸の学生の方が武装し、そういう事案に関わっている割合が高く、治安の改善は急務です、これ以上人口、特に若年層がすり減ると復興どころか崩壊しかねません」

 「いろんなことの締め付けも強くなるってこと?」

 「みたいだな、私らみたいな不良生徒に頼らなきゃいけないんだからよっぽどなんだろ」

 半笑いで茶化すバンに柴田は真面目な顔でその通りですと返した。

 「やるとなったら柴田さんの下で色々やると?」

 「いえ、組織自体は大蔵省、文部省、総監府、港湾局、共同軍の中部軍団、あとは河川局だったり領事警察だったりのタスクフォースです、書類上は」

 「共同軍以外ここいらじゃ嫌われ省庁のオールスターだな」

 「なのでとりあえずは地域限定の学校自治警察、沿岸学校捜査局(Coast School Investigative Service)として発足される予定です」

 「CSISってか、シャレてんね、んでアタシらの自由は」

 「べつにフルタイムでとは言ってないです、部活、というより生徒会に近い形で結構」

 いくつかの学校でスカウトが行われている筈ですと柴田は話す。

 「私の自由はどうなりますか」

 普段よりも数段冷たいトーンでギンが柴田へ問うと、もちろん保障されますし、今までの外交部にいるよりは政治的なガードは固くなるはず、と答えた。

 「ならやってもいいです、お小遣いはたくさんあってそんは無いです」

 ギンはにっこり笑って了承した。

 「私はどちらでも、ギンの自由と、あとは学課にあんまり影響が無い時なら」

 「うーん?わーたしは、どうしよう、まあヒマな時にでもね?」

 ダイナとカヤはそれぞれ難色を示しつつも、拒否はせずに判断をゆだねるようにバンを見る。

 「賛成1、勝手にしろ2か」

 バンはニヤリと笑って撃たれたプレートキャリアの穴を示す。

 「アタシはやるぜ、借りは返さないとな、それに出るもんが出るんだろ? ちまちま危ない橋渡ってる今よりいいし、正規雇用の言葉は魅力的なもんだって聞いたぜ」

 「わかりました、どれだけ出るかはちょっとまだわかりませんので決まり次第皆様にお知らせが行きます」

 「そういやメイはどうなんの」

 「あの子はほぼ強制参加ですね、ウチとそちらの連絡要員が必要ですから」

 「あいつより給料が低かったらやんねーからな」

 そんなやり取りをしているうちに漁港に商工会のUH-2汎用ヘリコプターが着陸する。

 「運ちゃんが来たぜ、後のことは後日でいいんだろ」

 「大丈夫です、報告書のフォーマットを校長殿のPCに送りましたので後日記入して渡して下さい、領収書とかもその時にまとめていただいて」

 「ちょちょちょ置いてかないで!」

 喋りながら移動する5人を慌ててメイが追いかけてくる。

 「ひ、ひどくない?」

 「え?いやメイちゃんはそっちの人たちと一緒に行くんじゃないの?」

 カヤが大蔵省組を指して驚く。

 「いえ、できれば暫く今まで通り同行してください、今後の連絡もありますし」

 「ほらー、やだよーみんなで一緒に居ようよー、またお風呂であそぼーよー」

 「すごい、二足歩行のなめくじみたいだ、ってうわ」

 ずりずりと4人に擦り寄るメイ、ダイナが半歩逃げるのを見逃さず腰にしがみつく。

 「つれてーけーおねーがーい」

 「港湾局のヘリも時間が無いそうなのでお早めに」

 しがみつくメイ、急かす柴田に押されるように5人はヘリのキャビンへ腰かける。

 「それではまた後日」

 柴田がキャビンのドアを閉め、離れるとヘリはあわただしく離陸した、時間が無いのは本当らしい。

 「とりあえず、帰ったら風呂とメシだな」

 機内のヘッドセットを取り付けながらバンが呟く、疲れたなーと口に出すと疲労が脚から這い上がってきたような錯覚を覚える。

 『機長が港湾局のヘリポートまで1時間もかからないってさ」

 ダイナが機内のヘッドセットで機長へ確認した行程を伝えると、疲労も相まって全員からやる気のない返事が返る。

 『……逃がしちゃったけど、対空ミサイルでも無いと無理だよねえ』

 『無理だなー、無理無理』

 『どんな風にやっていくかは知らないけど、経費って奴で色々できるといいねえ』

 『お菓子もたくさん』

 『そもそもどこで作業すんだ、教室か?』

 『ドラマとかであんじゃん、専用の秘密本部みたいなやつ』

 『なぜか文化遺産が本部になってるやつか』

 『やきにくたべたい』

 まだ見えない未来への話が楽しいお年頃、疲労に包まれつつも娘達を載せてヘリは飛んでいく、既にだいぶ高くなった眩しい日差し、一日はまだまだこれから始まるのだった。

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C.S.I.S ~沿岸学校捜査局~ ニセタヌキ @nusetanuki

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