Chapter12 ~Mixed up~
海風に揺られたカーテンから差し込む日差しで目を覚ます、粗雑なログハウスは風も音もよく通す、今の時期は快適だが秋を超えれば寒くなるだろう、それまでに改修するか新しい建物に移らないと。
吉岡恭子はまだ上手く回らない頭で眼鏡を探す、昨日は少し羽目を外し過ぎた、ビルが戻って来る前にシャワーを浴びて片づけないとまずい、と探し当てた眼鏡をかける。
ベッドの上は飲み物のシミを始め様々な液体でぐちゃぐちゃだ、よくこんな状態で寝られたなぁと思うと同時に、昔の自分からは考えられないとも思う。
学校の壊滅後、訳ありの先生や身寄が無かったり、親の借金だけ残された私みたいな除け者を飲み込んで、仕事と新しい身分をくれたのは感謝しかない。
親が蒸発した後、にも残らなかった私には学ぶしか道がなかった、幸い私には科学の知識、特に精製の分野を勉強していた、オクスリの質を上げるのにも重宝されている、ビルにもありがたいと褒められて大事にしてもらえてる、ここなら前の私とは違う人生を歩んでいけるんだ。
今日も一日を始めなきゃ、まずはシャワーと体を起こし、窓からの風を味わい髪をかき上げる、網戸の向こうでは建築中の倉庫兼監視塔が見える。
一昨日屋上に設置した対空砲が勇ましい、皆を守る為の要になるからと何往復も部品や土嚢、弾薬を持ち上げた、組み立て電力をつないで動いたときは嬉しかったな。
その対空砲が今、目の前で吹き飛んだ。
◇◇◇◇
「メイ、どうだ」
『対空砲の近くに居たのはカヤちゃんがトドメさしたよ、他はまだ見えない』
「2時方向のログハウスからチェックするから監視とカバー頼む」
『ご安全に』
バンはメイ達に支援を頼みつつ、柴田へ対空砲排除の連絡を入れる、これで1時間以内に一個分隊がデリバリーされるだろう。
バンが大麻畑から向こうを伺うが、建物の屋上で二次爆発が起きている以外は静かだ、離れたところから怒号が聞こえるがまだ遠い。
「んじゃいくぜー」
バン、ダイナ、ギンは大麻畑を抜けてログハウスへ取りつく、傍の窓から手鏡で中を覗くと、ベッドの上から長めの髪が薄い毛布から覗いている。
「当たりかもな」
バンはハンドサインでダイナに指示する、ブチ抜けと。
ダイナは即座にドアの蝶番を2発で破壊する、同時にバンとギンが体当たりするようにドアを破壊して中へ滑り込んだ。
「大蔵省だ!吉岡恭子だな?」
「……」
これだけ騒がしく突入したのにベッドから返事は無い、バンは威嚇が過ぎても良くないかと銃を下ろし、心底呆れた風に声をかける。
「これだけやって狸寝入りはだせえって、殺しに来たわけじゃないからゆっくり起きてくれると助かる」
「ねーちゃ、靴!」
見ればベッドから覗いている足は既に靴を履いていた、バンは呪詛を吐きながら銃口を向けるが間に合わない。
「くたばれ!」
吉岡が叫びながら枕の下から狙いもつけずにSMGをバラ巻く、バンのプレートキャリアの上で着弾が弾けた。
「bitch!」
ギンはプレートキャリアの背面、ドラグハンドルを掴んでバン引き倒しながら応射、しかし吉岡は想像以上の瞬発力でベッドの反発を利用し窓の網戸を破り室外へ逃れる。
「ナーさんごめんなさい逃がした!」
ギンは外で警戒するダイナに警告を発し撃ち尽くしたマガジンを交換、引き倒した床でプレートキャリアの中に手を入れ、出血が無いことを確認してぐったりするバンへ声をかける。
「出血はないよ、全部プレートで止まってる、ラッキーだね」
「信じらんねぇ、あいつ撃ちやがったぞ」
何度も信じらんねぇと繰り返しながらギンの手を借り立ち上がるバン、その目に映る色は怒りだ。
『ごめーん、ログハウスの裏から飛び出してきたのは撃てなかった』
「バンー、無事―?」
撃ち損ねたカヤの無線とのんきなダイナの声に余計な怒りを募らせながら部屋をチェックするバン。
「クソが、次! 吉岡はSMG持って逃走!手足くらい撃っていいからな!」
『よく見えないけど4,5人がそっちに集まり始めたかも、武器はわかんない』
ぷりぷりしながらバンは建物を出る、メイの報告に容赦無用と叫び返す。
3人は隊列を整え建材が置かれていて視界の悪い建設途中の建物へと接近していった。
◇◇◇◇
「信じられません!警告も無しにいきなりドアブチぬいてきたんですよ!信じられない!」
「落ち着けってお嬢」
ログハウスから紙一重で逃れた吉岡はここを運営している組織の男から新しいマガジンを受け取りながら喚く。
最初の空爆から逃れた4人は事前の計画通り、資材置き場に併設した武器庫で集合していた。
敵の姿は見えていないのでとりあえずヘリポート替わりの漁港跡を背後にし、建設中の壁の無い鉄筋コンクリート倉庫内で半周囲防御を敷いている、そんなところへ吉岡が泣きながら逃げてきたという訳だ、当の吉岡は泣きながらも手慣れた手つきでM11SMGのマガジンを交換し、弾を装填しなおす。
「お嬢も手慣れてきたなぁ、教え甲斐あるってもんだ」
「なんなんですかあの人達は!」
対応するガタイのいい男も慌てて出てきたのか、半裸のまま資材置き場に置いてある軽機関銃に弾を装填する。
「前にボスが行ってた政府側の連中じゃないか?」
「政府の……じゃあ警察?」
「警察なんて今はやくにたたねえよ、委託された流れ者だろ」
傍でM4カービンを構える元軍人らしい角刈りが吐き捨てる。
「いつも通りだし計画通りだ、殴られたら殴り返して交渉、簡単だろ」
ガタイのいい男がリーダーなのか、回りの男に指示を出す。
「ボスが戻るまでもう直ぐだ、タマはたっぷりあるから弾幕で押し返せ!無理するなよ!」
資材で簡易にでっちあげた防御陣を守る男達から力強い声が返ってくる、それを聞いてガタイのいい男は吉岡に耳打ちした。
「相手の戦力がわかりません、お嬢はボスが戻ったら即離脱してください、ヘリポートまで援護します」
「でも今日はアレで戻ってくるって、アレさえあればあんな奴ら……」
「無線がやられてます、連絡手段が無いので、お嬢は離脱してボスへ援護を頼んでください、それにお嬢ケガさせたらボスに殺されます」
ガタイのいい男はにっこり笑うと吉岡から離れてM249軽機関銃のバイポッドを展開、資材に据えると気合を入れた。
「よーっし!どっからでも来いやぁ!」
◇◇◇◇
「行くわけねーじゃん、やだなー、対人経験のある相手」
気勢を上げ手あたり次第に乱射する犯罪組織集団を壁越しに伺いつつ、無線でメイとカヤを呼ぶ。
「へいアベック、どこまで来た?」
『見えるところまで、とりあえず上は取れてるけどバリケで見づらい、あとカヤちゃんとならデートもそのあとも全然おっけーだから』
『メシと遊びが全額出るなら前向きに検討、何人かは視界内だけどスキが無いなー』
「んじゃ帰ったら存分に遊んでくれ、とりあえず今すぐ1人撃てるか? そのあと赤スモークぶち込んで突入するわ」
『りょーかい』
数拍置いて射撃音、肉に着弾する鈍い音が響き、悲鳴とスナイパーを警戒する声が上がる。
「吉岡もあの中だね、手あたり次第に撃つのは無しかな」
とは言いつつも適当にドカドカバリケードに打ち込むダイナ、バリケードは乱雑に積みあがっていくようだ。
「しゃーない、選んで殺すしかない、私がスモークぶち込んでくるから後頼める?」
「りょーかい、後詰はお願いね」
「わーい、こういうの久しぶりだね」
ダイナはショットガンに、ギンはミニウージーにそれぞれ銃剣を取り付ける。
「んじゃお互い無理せず、さっくり頼む」
バンは腰のポーチからスモークグレネードを取り出すとピンを抜いた。
「行くぜ!」
◇◇◇◇
「クソ、もっとバリケードを高くしろ!」
ガタイのいい男は頭を打ちぬかれた味方をなんとか外へ押し出し、目隠しを兼ねてバリケードを高くする。
「6時半にはボスが戻る!耐えろ!」
工作機械と鉄板で組み合わせた簡易のバリケードは銃撃程度では抜けない、爆発物や大口径砲でもなければいきなり制圧されてしまうことはないだろう。
「落ち着いて撃ち返していけ! ここが吹っ飛ばせるなら最初っからヤられてる!」
男の言葉と散発的ともいえる着弾の少なさに吉岡もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「私が装填しますから、マガジンはこちらに!」
「お嬢の方が俺より射撃上手いじゃねえか」
「今ならここの誰よりも下手ですよ」
まだ震える手で投げ渡されたマガジンへローダーで弾を装填していく、銃も弾もあったが、マガジンへ装填されている弾は少数だ、必死で弾を込める吉岡、集中できることがあるのが今は救いだった。
「撃つな撃つな!」
ガタイのいい男が射撃停止を叫ぶ、辺りに静けさと呼吸音が響く、急な静寂で耳が痛くなる気がして吉岡は唾液を飲み込んだ。
「諦めたか?」
誰かが呟きわずかに空気が緩む、その瞬間に違和感を覚えた吉岡は手を止め回りを見渡す、バリケードの隙間に転がり、今鈍く朝日を反射していた空薬莢が光りを失っている、何故?
「……裏に居ます!」
悲鳴のように吉岡が叫ぶと同時に破裂音が響き、バリケードの上から赤い煙を引いた円筒形のグレネードが飛び込んでくる。
「クソ!」
全員がはじかれたようにバリケードから銃口を突き出し乱射するが、狭いバリケードの中、あっという間に真っ赤なスモークが充満する。
「お嬢!後ろに!」
軽機関銃を撃ち尽くしたガタイのいい男と角刈り男が吉岡を後ろにかばいつつ下がる、腰から拳銃とナイフを抜き、悪くなっていく視界の中集中する。
「!」
3人から一番離れたバリケード、張り付き乱射していた男が糸の切れた人形のように崩れ落ちる、男がスモークに沈む前首筋に鈍く光ったのは確かに銃剣だった。
「このガキ!」
その隣にいた男は襲撃者を認めたのか、外に向けていた銃口を振り戻しバリケード内のスモークへ向けるが、一瞬床からの這うような火線に体制を崩してしまう。
よろめいたところを先と同じように側面から銃剣が喉へ突き立つ、直後発射された弾は確実に脳幹を貫いた。
「ジェイク!」
角刈りの男は友の名前を叫んでライフルを撃つが、弾は空しく煙へ吸い込まれる、お返しのように飛んできた散弾が男の顔面を吹き飛ばす。
「逃げろお嬢!」
残された男は吉岡を背中側に押しやると拳銃を乱射しながらスモークへ突っ込む、一瞬ためらうが吉岡は悲鳴を飲み込んで駆けだす。
背後の銃声はすぐに静かになった、吉岡は最後の逃げ場所、簡易ヘリポートへ駆けていく。
もう嫌だ、助けてくれと叫ぶ余裕もない、アドレナリンが駆け巡り、開いた瞳孔は海の向こう地平線から急速に接近する影となって、吉岡に最後の希望を見せた。
希望は勇気に代わって力がみなぎる、破裂しそうな心臓を抑え、最後の力で振り向き、震えを抑え正対にM11を構え、スモークから現れる三人に向けてフルオートで弾をばら撒いた。
「私の勝ちだクソ共!」
思わぬ反撃に慌ててカバーに移る人影、弾を撃ち尽くしホールドオープンする銃を空へ突き上げる。
崩れ落ち膝をつき、空へ叫ぶ吉岡の後ろ、爆音と共にMi-24攻撃ヘリが守護聖人のように浮かんでいた。
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