第27話 国の画策

 中央セントラル国に夜のとばりがかかる頃、国王の元に一報が入った。


「〝地に住まう者ゲーノモス〟が消えた……だと?」

「はい。南東の森に人間の警察がいるのを確認後、〝地に住まう者ゲーノモス〟が暴れ出したとのことです。恐らく彼らが生命石ヴァイタラピスを奪い、〝地に住まう者ゲーノモス〟を消滅させたのかと」


 一人の国兵が淡々と説明するのを聞きながら国王は頭を抱える。


「それより少し前に南東の森に入っていく人影を見たものが」

「人影?」


 一息間を空けて。


「大日向類です」


 聞きなじんだ名前に国王の表情が固まる。座っている玉座のひじ掛けの上で指をトントンと鳴らし、苛立ちをあらわにした。


「この間の戦闘祭バトルフェスでは決勝戦まで残っていたそうだな」

「はい。常に新夜楓とともに行動しています。最近では泉家の一人息子、犬四郎といるところを確認することもしばしばあるようで」

「忍び込んできた人間の娘は?」

「同様に彼らと行動しているようです」


 国王は腕を組み、考える。


「ケンちゃんがうまくやってくれるでしょ!」


 緊迫した空気を壊すように、明るい声が飛び込んだ。国王と国兵がそろって声の方を向けば、十歳ほどの小さな男の子がおもちゃ片手に部屋を駆け回っていた。国王が慌てて𠮟りつける。


「こらアサヒ! この部屋に入ってはだめだといつも言っているだろう!」

「え~、いいじゃんパパ」


 アサヒと呼ばれた男の子は国王の子ども、つまりこの中央セントラル国の王子であった。のんきでわんぱくな性格。走ったり木に登ったり、動き回っては怪我をするような子だった。お気に入りのおもちゃは七歳の誕生日プレゼントにもらったプラスチック製の飛行機で、常に持ち歩いている。

 国兵によってつまみ出されたアサヒはつまらなそうに口を尖らせる。

 アサヒがいなくなり、国王は仕切り直すようにこほんと咳を一つした。


「ケンシロウに動きを促しているが一向に進展がないのが気がかりだ。これ以上ルイに暴れまわられるのも困る」


 国王は国兵を睨みつける。その眼は憤りに満ちていた。


「大日向類はこの世界のだ。早めに捕らえろ!」

「はい!」


 ドア越しに聞いていたアサヒは何か考えついたようで、軽い足取りでお城から出て行った。



 〝地に住まう者ゲーノモス〟を倒し、英雄のようにもてはやされるルイ。のはずだったが……。


「えーっと……」


 仁王立ちをし鬼の形相で睨みつけるカエデの視線の先では、英雄であるはずのルイが正座をさせられ小さくなっていた。


「だ、か、ら! そのヤコって狐と神様とあんたについて全部教えなさいって言ってんの!」


 カエデにびしっと指をさされたヤコは咄嗟にルイの後ろに隠れた。


「ルイに聞け! わ、ワタシは知らん!」

「と、とりあえず落ち着こうぜ? ほら、リビリーに帰ってからゆっくりでも……」

「そう言って逃げるつもりでしょ! ほら早く話しなさいよ」


 一切の隙も与えてくれないカエデに観念し、ルイは背中に隠れたヤコを抱えて座る。ユウも話を聞こうと二人のそばに座り込んだ。


「カエデと出会うよりも前さ、ヤコと出会ったのは。俺は弱いから、強い力が欲しくて……」


 ルイの眼からハイライトが消えた。そして暗い声色でぽつり。



 カエデとユウの背筋が凍る。


「どういう意味?」


 強気で尋ねるカエデの顔は一切見ずに、ルイは続ける。


「自分の先天的な力を全て捨てるかわりに、神様から力を借りることにしたんだ。そして使った力の強さと時間に応じて副作用が起こる。強い力を得るために、俺は全てを捨てることにしたんだ」

「どうしてそこまでして強い力が欲しかったんですか?」


 今度はユウが質問した。それに対し、ルイは困ったような笑みを浮かべる。


「それを聞かれるとちょっと困るんだ。俺にも少なからずプライバシーはあるからさ」

「で、ケンさんも知っててうちらに隠してたんだ」

「言うタイミングがなかっただけッス!」


 突然矛先が向き、慌てて言葉を返すケンシロウ。


「だ、だいたいボクが勝手にルイのこと喋っちゃだめじゃないッスか。それで責められても困るッス」

「まあ……それもそうね」


 さすがのカエデもやっと冷静になったようだ。緊迫した空気が一気に緩み、ルイもほっと息をつく。


「とりあえず帰ろうぜ。あんまり遅くなると暗くて危険だ」


 立ち上がったルイは荷物を背負って、ユウの手から生命石ヴァイタラピスをかっさらう。


「こいつは没収な」

「あ……」

「ケン。これ国王に届けといてくれ」


 ルイの手からケンシロウへと渡る。ユウはがっかりしたように肩を落としながらルイに尋ねた。


「そういえばルイさん、〝地に住まう者ゲーノモス〟が消えたこと怒ってましたが、それはなんでですか?」


「あー……」


 少し言いづらそうにしていたルイは、少し声を潜めて答えた。


「最初に四大精霊エレメンタルのうちの一つって話したろ? 四大精霊エレメンタルってのはこの異世界の守り神的存在なんだ」


 ルイの視線がケンシロウの持つ生命石ヴァイタラピスに移る。


「まあ今となっては嬉しい誤算だけど……」


 ルイのその小さな呟きはその場にいる誰にも聞こえぬまま、四人は家路を辿った。

 一行がリビリーに到着する頃には時刻は夜九時をまわっていた。ケンシロウは国王の元へ行くということで三人と別れ、国王のいる中央セントラル城に向かった。

 歩きながらおもむろにポケットからスマホを取り出し、操作する。


「ええっと、とりあえずハジメさんに連絡して……」


 電話をかけるとたった数コールで繋がった。どうやら連絡が来るのを待っていたようだ。


『ケンか? 思ったより時間がかかったみたいだな。で、どうだったよ』

「どうもこうも、人間がいることわかってて鉢合わせたッスよね」


 不満げなケンシロウにハジメは高笑いする。


『やっぱいたか。いやあ噂程度だったからどうかとは思ったけど。んで、収穫は?』


 その言葉でケンシロウの目つきが鋭くなる。


「我々の予想通りかと」


 機械越しに静かに笑う呼吸を感じた。支配者の如く、悪役でもあり正義のヒーローでもあるように彼は言った。


『んじゃまあ、そろそろ動きますか』

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まやかしの異世界譚 璃志葉 孤槍 @rishiba-koyari

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