第25話 生命石の噂

 ルイの言葉でケンシロウもカエデも振り向いた。そこにあったのは事切れた〝地に住まう者ゲーノモス〟の背中に手を伸ばすユウの姿。

 気づかれたとわかってもユウが手を止める様子はない。背中の森の中をまさぐる様子を見て何かに気づいたルイが慌てて叫ぶ。


「待て! それはとっちゃだめだ!」


 あまりの剣幕に驚いたユウが生命石ヴァイタラピスを握ったまま、手を引っ込めた。生命石に繋がれていたつたがぶちぶちといいながら切れると、〝地に住まう者ゲーノモス〟の背中に生い茂っていた木々が一瞬にして枯れ、粒上となってさらさらと消えていく。そしてたちまち〝地に住まう者ゲーノモス〟までも砂のようになり、風に乗って消え去っていった。

 その光景にユウは生命石ヴァイタラピスを握りしめたまま固まる。何が起きたのか理解しているのは、この場にはルイとヤコのみだった。

 ルイはカエデを引きはがすとゆっくりとユウに近寄る。


「大人しくそれを地面に置け」


 いつにもなく怒りをあらわにしたルイにユウは怯えた顔でかぶりを振った。


「い、嫌だ……」

「置け!」

「嫌です!」


 凄むルイを涙目で睨みつけるユウ。カエデもケンシロウも何もわからずただ二人を見つめていた。


「見ただろ! お前が生命石ヴァイタラピスをとったから〝地に住まう者ゲーノモス〟は消えた!」

「バケモノが消えて私のも叶うなら、何も問題じゃないじゃないですか!」

「やっぱ、それがお前の目的だな」


 虚をつかれ、ユウは閉口した。


「嘘をつき騙してまでこの世界にいたかったのは、生命石ヴァイタラピスの噂を知っていたからだろ」


 カエデもケンシロウも聞きたいことはたくさんあっただろう。それでも口を挟まなかった。挟むことができなかったのだ。それほどまでにユウとルイの勢いは激しかった。

 図星を指されたユウの目の色が変わった。生命石ヴァイタラピスを握りしめ、鬼の形相でまくし立てる。


「そうよ! 生命石ヴァイタラピスがあれば死んだ人間を生き返らせることができる! 人間世界でも知らない人はいないくらい有名な話! わ、私は、どうしても生き返らせたい人がいるの! どうして邪魔をするの!」


 涙を堪えながら言いきったユウの呼吸だけが虚しく響く。人間世界で有名なその噂は妖怪世界ではあまり浸透してないようで、カエデとケンシロウは揃って顔を見合わせる。ルイが言葉に迷っていると、横からヤコが口を挟んだ。


「死にたいのか、人間」


 一瞬固まったユウは顔をしかめた。


「死ぬ……?」

生命石ヴァイタラピスは確かに人を生き返らせることができる。だが代わりに、願った人の命を奪うのだ。命を救うとは、そういうものなのだ。己の命をささげてまで、オマエはそいつを生き返らせたいと思うのか?」

「か、構わない! 私は死んでも構わない! だから私は――」


 突然乾いた音が響いた。何が起きたのかわからない様子のユウはじわじわと頬に痛みが走るのを感じる。赤くなった頬をさすり今にも泣きそうなユウに、そんな状態にさせた張本人であるルイが激昂した。


「死んでも構わないとか言ってんじゃねぇ!」


 普段から温厚で滅多に怒らないルイが怒鳴っているところなど誰も見たことなく、空気が一気に静まり返る。


「自分の命も大切にできねぇやつが、誰かに生きてほしいなんて思うんじゃねぇ! 人の命を踏み台にして生き返らせてもらったところでそいつは絶対喜ばねぇ! 命はたった一つしかないんだぞ! それすらも大事にできねぇやつは大っ嫌いだ!」


 そこまで言いきったところでルイははっとした。目の前には呆然とこちらを見つめるユウの姿。ルイは慌てて目を逸らし自分の気持ちを落ち着かせると、震えているユウを優しく抱きしめた。


「ヒトってのは簡単に死んじまうんだ。死にたくなくても、死のうと思わなくても。お前が死んじまったら悲しむヤツ、人間世界にたくさんいるだろ?」


 耳元で小さく囁いたその言葉がユウの胸を打つ。瞳を潤ませルイにしがみついて嗚咽を漏らしていたが、やがて大声をあげて泣き出した。まるで子どものようなそれは我慢していた全てを吐き出すかのように。

 ルイは彼女が泣き止むまでずっと離さなかった。彼女の苦しみを理解しているから。


 わずか十四でこの世界にやってきた女の子、水無月優雨。優等生で自分の我が儘を無理に突き通すような子ではない。そんな彼女がたった一人の命を取り戻すためにこの世界に乗り込んできたのは、相応の覚悟があった。

 平凡で、退屈な日常を変える覚悟が――

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