第18話 欠けた歯車
突如、木刀がぶっ飛んだ。何が起きたのか理解できず呆然とするルイの目の前では、雷を全身にまとったカエデが足を振り上げていた。くるりと背を向けたと思った瞬間、途轍もない殺気を感じ取ったルイは後ろにさがる。だがそれよりも速くカエデの回し蹴りがルイの頬を激突した。
ルイは口の中の血を吐き出すと、カエデの変化について考える。カエデはとりわけ遅いわけではなかったが、ルイの方が素早かった。だが今はルイの動きについてくるどころか、数段速く動けている。カエデの身に何があったのか。
「
小刀を形成すると、ルイの首を狙う。ぎりぎりかわしたルイだったがカエデの動きは止まらず、そのまま小刀を振り回す。どんどん速くなる動きに次第についていけなくなり、ルイは首を切られた。
痛みを堪えながら後ろに下がるが、カエデは追ってこない。反撃を警戒したのだろうか。
雷をまとうカエデの全身がピクピクと痙攣していることに気づいたルイはようやくカラクリを理解した。カエデもルイに気づかれたことを感じ取ったようだ。
「つくづくお前はやってくるなぁ」
「まともに妖術使ってこないあんたこそ、うちを腹立たせるわよ」
カエデは電気刺激によって全身の筋肉を動かし、これまでよりも速く動いていたのだ。だがこの戦法にも欠点はある。
「三分……」
息を切らしながらカエデが呟いた。ルイも身構え、じっと見つめる。
「あと三分で、ルイを倒す!」
そう息巻いたカエデは決してルイを舐めているわけではない。
この速度まで上昇させるためにカエデはかなり調整して電流を体に流している。もちろんずっと電流が流れているのだからいくら耐性があると言っても限度がある。
そして何より消費妖力値が半端ないのだ。例えるなら、蛇口をひねって水を出しっぱなしにしているように、体全体に電流を流している間ずっと妖力を放出し続けていることになる。
それら全てを考慮した結果、彼女が導き出した
一本の光の線が見えたと同時にカエデが目の前から消えた。不意を突かれたルイは急いで辺りを見回す。右方向から水音がし、ルイは木刀を振った。だが右足に鋭い痛みを感じ、膝をつく。そんなルイの後方で、
「バケモンっだろ……」
ルイはほぼ反射神経で動いている。それでもカエデの方が速かった。これではカエデの攻撃を避けるのは不可能だ。
「音聞いてから動いてもだめだ。先読みして動かなきゃ」
首を振って黒髪に溜まった雨粒を振り落とす。すっと息を吐くと、頭のてっぺんから足の先まで透明な糸がピンと張った感覚がした。
足を一歩踏み出す。体を沈め、構えた木刀はまだ振らない。カエデの姿はもう見えなかったが、ルイに焦りはなかった。
先ほどルイは右足に攻撃を受けた。ここで左足を切りつけることができれば、ルイは完全に動きが鈍くなるだろう。ということは左側から攻撃を仕掛けてくるはずだ。
普通ならば、だ。
四年連続
カエデは速度上昇している。それならきっと利用してくるはず。
背中から突風に合わせ、ルイは振り向き木刀を振る。そこで風を利用しさらに加速したカエデとぶつかった。自分の動きをコントロールできず避けられないカエデは足を強く打たれ、バランスを崩して地面に倒れた。
絶好のチャンスとみたルイがたたみかけるように、木刀を振り下ろす。
「さ、サンダー!」
頭上に現れた雷雲に気づき、ルイは後ろに飛んで避けた。その隙にカエデも体勢を整える。
「くっそ、今避けるべきじゃなかったろ……!」
自分で自分を叱責するルイ。カエデもルイも体力の限界を感じ始めている。なるべく早くケリをつけたい時に、ルイの反射神経が邪魔をしてしまったのだ。
汗を拭い呼吸を整えたカエデは腰を落として構える。
「
もう何度目かの形成型妖術。この土壇場でまだ妖力が残っているのかとルイの精神が削られていく。速度上昇したままのカエデが地面を蹴った。避けきれないと判断したルイは木刀を構え、迎え撃つ体勢に入る。
雷剣を弾くために木刀を振った瞬間、ルイの膝が折れた。誰もが悟った。体力の限界であると。
連戦、そしてなにより前日の
カエデの容赦ない袈裟斬りによりルイは倒れ、カウントダウンが始まった。その間もカエデは集中力を切らさない。まだわずかにルイが動いていたからだ。何度か立ち上がろうと腕に力を込めるが、顔すらあげることができない。そして――
『この激闘を制した
雨音をかき消すようなアナウンスと歓声。カエデは自分の拳を握り勝利を噛みしめると、歓喜の叫びをあげた。
正式な場所で本気で戦う。二人で交わした約束をようやく果たすことができ、カエデは顔を歪ませる。ユウもケンシロウも観客席から拍手を送った。
ひとしきり歓声を受けたカエデは髪に溜まった雨粒を振り落とすと、倒れているルイを一瞥し舞台袖へと戻る。途端に全身の力が抜け、カエデはその場に座り込んだ。ぐるぐると世界が回る感覚に襲われ、カエデは目を瞑る。遠くの方で数人の声が聞こえるが、何を言っているのかは聞き取れない。そのままカエデは眠るように意識を失った。
ルイとカエデは即、病院に運ばれた。残されたユウを一人にしておくことができないため、二人の療養中はケンシロウが面倒を見ることになった。二人の意識はすぐに回復し、二日も経つとまともに食事がとれるようになった。
そして
「ん、まあ、だいぶ良くはなったな」
ルイの状態を確認し、椅子に座ってカルテを書き始める男。ルイは脱いでいた服を着ながら嘆息をつく。
「あのさ、ハルキせんせ。タバコ吸いながら診察するのやめてって言ってますよね」
「大丈夫だ。お前の時以外は吸ってねぇ」
「いや、俺もだめだろ。未成年だし」
ハルキは聞く耳も持たず、タバコをくわえながらパソコンにデータを打ちこんでいく。このやり取りももう何度か繰り返しているが、
そんなハルキだが、医者としての腕前は一流だ。今年二十九になるハルキは医者になって四年。まだ若手と括られる部類だが、その腕前はベテランとなんら遜色ない。
ジト目の彼はいつも薄笑いで表情は読めない。ぱっと見イケメンだが性格はかなり悪く、隠れサイコパスと呼ばれることもしばしばある。
ルイはたびたび彼のお世話になっている。そのためルイの過去のデータは全てハルキが管理していた。
「しっかし今回はだいぶダメージがデカかったぞ。特に本選二日目の
ハルキは煙を吐きながら灰皿に灰を落とす。ルイは近くのベッドに腰を下ろし、頭をかいた。
「いくらカミサマたちの力を借りてるからってなぁ、体が変化したわけじゃねぇんだ。お前はもっとその辺をだなぁ――」
ドアをノックする音が聞こえ、ハルキは説教をやめた。
「あの、ハルキ先生。精密検査のデータを持ってきました」
「入っていいぞ」
ハルキはタバコの火を消し、灰皿を隠した。看護師が入ってきてデータを渡すとタバコのにおいを感じ取ったのか、少し顔をしかめながらすぐに部屋から出て行った。
「絶対タバコばれたでしょ」
「もうとっくにばれてら」
薄ら笑いを浮かべていたハルキは頬杖をつくと神妙な顔でルイを見つめる。
「いいか。ヤコや他のカミサマばっかに力借りてっと、そのうちお前の体が耐えきれなくなる。〝
俯いたルイはハルキと目を合わせない。理想と現実がまだズレているのが子どもらしいというところか。
ハルキは資料を机に投げると手を叩いた。
「んじゃ、今日はここまで。お前も退院でいいぞ」
ルイは「はーい」と少し不貞腐れた様子で部屋から出て行った。残ったハルキは資料を睨みつける。
「厄介ごとはごめんだぜ、
*
同時刻、人間世界の警察本部は今日も忙しなく動いていた。
「
「ふぅん、それは困りましたね。で、彼らの情報を鵜呑みにするんです?」
鋭く睨みつけられ、部下である男は狼狽の色を見せる。しばらく沈黙が続くと、三石が口を開いた。
「仲良くするのは表だけでいいんですよ。所詮彼らは妖怪。私たちと分かり合うことなどできないんですから」
三石はかけている眼鏡を触り、にぃっと笑う。
「これだけ日本を探し回って手がかり一つないのなら、異世界にいるに決まってます。
物語はまだ、はじまりにすぎなかった。
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