三章 依頼という名の手招き

第19話 キャンプ

 妖怪の世界は妖怪たちが作った人工的なものだが、その作りは人間世界とほぼ同じ。人間世界の日本から行ける妖怪世界の中央セントラル国には四季が存在した。雨が降る日もあれば、寒くなると雪も降る。

 そして、そんな世界が梅雨に入り始めた頃。


「キャンプ……ですか?」


 戦闘祭バトルフェスも終わり、平穏な日々を過ごし始めたルイたち。カエデの部屋で昼食をとりながらそんな話を始めた。


「そ。まあ役所からの依頼は『薬草の採集・納品』だけどな。ちょっと場所が遠いから、キャンプでもしながらまったりやろうって話」

「なんでわざわざ名指しでうちらなのよ。それくらい、他の妖怪ヒトでもできるでしょ」


 不満げにサンドイッチを頬張るカエデに、ルイはスマホの画面に映し出された地図を見せた。


「その薬草があるのは南東の森。わかってると思うが、南には〝地に住まう者ゲーノモス〟がいる。こいつと鉢合わせちまった時に足がないと逃げれねぇ。だから戦闘祭バトルフェスで活躍した俺たちが抜擢されたってわけ」


 〝地に住まう者ゲーノモス


 その名前に女子二人の肩がはねた。住処とは少しずれているものの特に境界線があるわけでもないため、うっかり立ち入ってしまうこともあり得る。

 一か月半ほど前のことだがはっきりと三人の記憶に残っている。ルイにあれほどの怪我を負わせたバケモノの怖さはよく知っていた。


「ねぇ、おかしくない? あれがどんだけのバケモノか知っててうちらに? 何か別の思惑があるんじゃ――」

「依頼は〝地に住まう者ゲーノモス〟の討伐じゃねぇ。動けるヤツが欲しいだけだろ」


 カエデの不安をばっさり切ったルイはスマホをポケットにしまうと立ち上がった。


「万が一のためにユウはケンと留守番で……」


 言いながら目をやるとユウはきらきらした瞳をルイに向けていた。


「キャンプ、私初めてなんですよ!」

「いや、だからお前は」


 ユウはぴょんぴょん跳ねながら準備を始める。行く気満々の彼女を止めたいルイは助け船をを求めカエデの方を向くと、彼女もまたいそいそと準備をしていた。ルイは諦めたようにため息をつく。


「……まあ、そこまで危険でもないし大丈夫か」


 南東の森は徒歩で行くには少しばかり遠いため、三人は汽車で移動することにした。

 妖力で動くこの世界ならではの汽車だ。


「一応ケンにも手伝ってもらえるか連絡してみた。用事があるから途中合流でなら行けるとさ」


 スマホを操作しながら伝えたルイだったが、二人とも全然聞いていない様子だ。片やよだれを垂らして眠る優勝者チャンピオン。片や落ち着きなくきょろきょろと周りを見回す迷い人。


「なんだ、ユウ。そんなにこの汽車が珍しいか?」

「ええ、まあ。なんか、らしくないなって思いまして」


 理解できず首を傾げるルイにユウは言葉を付け加える。


「ほら、この世界って妖術が存在するじゃないですか。私が知ってる漫画とかじゃそういう世界って移動手段も妖術なのになって。こう……詠唱したら瞬間移動する……みたいな」


 ああ、とルイは手を叩いた。


「妖術は何でもできる力じゃないからな」

「そうなんですか?」

「妖術には五つの属性があるって話したろ? 逆に言えば五つの属性存在しないんだ。五つの属性で世界は作れても、瞬間移動とかはどの属性にも当てはまらないから誰にも使えない。妖術は万能じゃないから、技術も人間世界と同じように進歩してんだ」


 妖怪の世界ができた時、妖怪たちはみな歓喜した。自分たちの力を存分に使えるから、と。だが五つの属性しかない技術では何も発達しなかった。

 妖怪たちが妖術に夢中になっている間も人間たちは次々と技術を進歩させていった。鎖国状態ではどうにもならない。そうして遂に、妖怪と人間は互いに取引をし合うようになった。人間からは技術を、そして妖怪からは妖術から生み出された特産物を。

 そんな説明を聞きながらユウは小首を傾げる。


「じゃあ、どうして……」

「どうした? ユウ」


 ルイに問われたユウは閉口し、小さな笑みを見せた。


「い、いえ……あ、そろそろ着きますよ!」

「あ、うん……」


 隣で寝息を立てていたカエデを起こし、ルイたちは電車を降りた。


 一方、ケンシロウは街を歩いていた。スマホを耳に当て、応答を待つ。


「ハジメさんッスか? そー、依頼に誘われたんで行ってきます。ケド……」


 かぶっている軍帽のふちをなぞった。


「あの依頼、ハジメさんが出したものッスね」

『カハッ、さすがだなあ。まあちなみに依頼を出したのは俺じゃなくてシライさん。ハビイトの薬草を採ってこいってさ』


 ケンシロウは人目から逃げるように路地に入る。


「なんでそんな依頼を?」

『行けばわかるさ。お前のやることはわかってんな?』

「……はい、ではこれで」


 通話を切ったケンシロウは路地の壁を軽く叩いた。


「こんな下っ端に教える価値はないってかよ……!」


 怒り混じりに言葉を吐き捨てたケンシロウはすっと息を吸うと、路地から出て駅に向かった。



 南東の森は東側からぐるりとまわらないと入れないようになっている。南に〝地に住まう者ゲーノモス〟がいる影響だった。

 森の入り口に着いた三人は目的の薬草をスマホの画像で確認する。


「これが依頼されたハビイトの薬草。主に薄暗いジメジメした場所に生えてる。これを百グラムだとよ」


 ハビイトは鬼灯のような実をつける植物だ。葉と茎はすりつぶせば血圧をあげる効果があり、実を食べれば妖力が回復する優れものだ。だがハビイトの種には幻覚作用があり、数時間は治らないので注意が必要である。


「ハビイトって結構レアなやつよね? それで百グラムってなかなかハードね」

「ケンが来れば割とすぐ探せるだろ。もう少しで日没だし、キャンプできそうなところも探しながら歩こーぜ」


 しばらく付近を散策する三人だったがハビイトは一つも見つからず、少しひらけたところにテントを張ってキャンプをすることにした。

 カエデが木の棒に電気を送って火をつけ、焚火を作っていく。残る二人がテントを張り終えたところでケンシロウが合流してきた。


「あら、ケンさんじゃない」

「どーもッス」

「おせぇぞ、ったく」


 ルイに小突かれ、軽くよろけたケンシロウ。


「痛いッスよ~。でもでも、食料持ってきたんで許してください!」


 ポケットから小さな巾着を取り出してにかっと笑う。


「それが食料……ですか?」


 こんな小さな巾着に四人分の食料がどうやって入っているのだろうか、とユウが首を傾げる。ケンシロウは巾着を逆さにして、中から種を取り出した。


「さっすがケンさん。今、穴掘るわね」


 察したカエデが持参したスコップで拳ほどの大きさの穴を掘った。そこにケンシロウが先ほどの種を入れて埋める。そして地面を優しく撫でると、あっという間に茎が伸び葉が出て大きな実がなった。


「わー、すごいです!」


 ユウの拍手を受け、ケンシロウは照れながら実をもぎ取り、渡していく。それを食べ終えた四人は焚火を囲いながら夜を過ごした。

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