本選編
第14話 いるはずのない挑戦者
五月十三日、本選一日目。丸一日たっぷり休めた体は疼きだし、武者震いとなって現れる。まるで遠足前の小学生のようにそわそわしているルイに我慢できず、カエデが一喝する。
「ルイ! ちょっとは大人しくしてなさいよ!」
それすらも聞こえていない様子のルイ。もうため息をつくしかない。
『第一試合が始まります。Aグループの選手は舞台袖にお集まりください』
本選出場者にはグループが割り振られ、対戦相手は舞台に上がるまで知らされないのが本選のルールであり、醍醐味でもあった。
「カエデ、お前は何グループ?」
「うちはDグループ。まさかあんたと初戦やるの?」
何度も番号札を確認するルイに嫌な予感を抱き確認する。ルイが見せてきた札には『B』と書かれていた。
「今回はDグループまでしかないらしいから、当たるとしたら決勝だな」
準備を終え、ユウとともに観客席へと移動する。
「へぇ、じゃあ今回の本選出場は八人なんだ。結構少ないのね」
「お二人が決勝で戦うところ、見てみたいです!」
「ユウに言われちゃあ、勝つしかねぇよな」
三人は緩んだ雰囲気で観客席に座り、第一試合を待つ。
予選でもそうだったが、それを遥かに上回る人の多さにユウは緊張気味だ。予選の時は五千人ほどだったが、ざっと数えてもその六倍はいるだろう。どれだけ盛り上がるのかがうかがえる。
『Aグループの準備が整いました。まずは東、
予選とは違い、本選では名前が呼ばれる。
スズは色気のあるお姉さん、というのが第一印象だ。艶やかな黒髪をなびかせ、小さく微笑んでいる。
『対するは西、桜木龍人』
さっきまで和やかだったルイとカエデの表情が一気に固まった。
そんなはずはない、こんなところにいるはずがない。予選にはいなかったはずだ。そう思い、舞台に目を向ける。西側に立っているのは、中一くらいの白髪の男の子。
「ねぇ、ルイ……、同性同名……よね」
引きつった笑顔で静かに尋ねるカエデ。ルイは無言で舞台を睨む。
二人とも、名前は知っているがその姿を見たことはなかった。あまり公にならないよう、厳しい制限がかけられていたからだ。だが聞いていた外見とあまりにも一致しすぎている。
顔面蒼白のルイは思わず言葉をこぼした。
「
その真実に誰も気が付かぬまま、本選第一試合が始まった。真っ先に動いたのはリュウト。一瞬で間合いを詰めながら、雷の剣を作り出す。その光景に観客たちが思わず驚きの声をあげた。
「無詠唱!?」
「すげぇや、なんだあいつは!」
観客たちの反応を聞いていたユウが隣にいたカエデに尋ねる。
「あの、妖術って言葉を発さなくてもできるんですか?」
「できるわよ、理論上はね」
あえて強調した言葉の意図がわからず首をかしげるユウに、カエデは丁寧に説明を始めた。
「妖術は脳内でイメージしたことを幻像として映し出す力なの。つまるところ、イメージが緻密であればあるほど技の威力は強まるし、逆にイメージが崩れていたら妖術は発動しない。そのイメージを補うためにみんなは言葉を発する」
「……ということは」
「イメージがしっかりしてさえいれば、無詠唱でもできる。なんなら適当な言葉で術を発動させることも可能ってんだ」
二人の会話にルイが口を挟んだ。
幼児が妖術を暴発させる事故が多いのも、これが理由だった。だから妖怪たちはみな幼い頃から妖術の危険性を教えられ、自分の力を制御するようになる。
「お、お二人はできるんですか?」
「できたらとっくにやってる。だから理論上ってことだ」
ルイは眉をひそめ、難しい顔をした。雑念を抱かないというのはそんなに難しいことなのか、戦ったことのないユウには理解できない。それを悟ったのか、カエデが付け加えて説明した。
「例えばバトルなら、相手の動きを予測したりするでしょ。それも雑念に入るのよ。無詠唱でバトルをするなら、全ての思考を技だけに集約させる必要がある。でもそんなことしてたら相手の動きに対応できない。大抵のヒトが無詠唱でバトルをできないのは、それが理由なのよ」
無詠唱で技を出しつつ相手の動きに対応するには感覚で動く以外ない。要するに天才肌である必要があるのだ。ユウは無詠唱の凄さを改めて理解した。
観客がざわめき、ユウは舞台に目をやる。フィールド全体に電気が流れ、スズは倒れて痙攣しだした。
「あいつ、無詠唱だけじゃねぇ」
ずっとリュウトの動きを見ていたルイが冷や汗を滲ませながら言った。
「ノーモーションで技を発動しやがった……!」
リュウトが出した雷剣に対応し、スズも炎の剣をぶつけた。するとリュウトはスズと距離をとり、雷剣を消滅させると立ち尽くした。その直後にスズが突然倒れ、痙攣しだしたのだ。
カウントがゼロになり、余裕の表情で舞台を去ったリュウト。場内が騒然とする中、ルイは静かに立ち上がった。
「今日勝てば明日はあいつと戦うことになるな」
心配そうに見つめる二人に、ルイは親指を立ててみせた。
「まあ、任せろってんだ。ちゃーんと勝って、決勝に進んでやっからよ」
ルイは布切れを頭にかぶると、舞台袖へと向かった。
昨日調達した木刀を合わせて三本、腰につけていることを確認し息を吐く。
『Bグループの準備が整いました。まずは東、
名前を呼ばれ、大きく息を吸い込むとルイは舞台に上がった。待ってましたとばかりの歓声がルイの体を包み込む。
「やっぱ注目されてんのな、俺って」
苦笑いを浮かべ、ぼそりと呟く。空を見上げると、燦燦と煌めく太陽が頭を照り付けていた。
『対するは西、山羽響生』
赤みがかったルイの瞳が対戦相手を捉える。舞台に上がってきたのは、予選最終日にケンを負かした男の子、ヒビキだ。茶色い短髪を逆立て、ぎらぎらとした瞳でこちらを見つめている。ルイは木刀を一本引き抜くと、腰を落として構えた。
そして大きな鐘の音とともに、本選第二試合が始まった。
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