第13話 誰も守れない
ルイも怪我がひどいため救護室に向かったと聞き、カエデとユウは様子を見に行った。
ケンシロウが途中で戦意喪失した理由もカエデは気になるところ。ケンシロウが一方的に叫んでいただけでルイが何か仕掛けていたとは思えない。ケンシロウに何があったのか。
二人は恐る恐る救護室のドアを開けた。
「あ、カエデちゃん、ユウちゃん! どーもッス!」
二人の耳に飛び込んできたのはケンシロウの弾んだ声。ベッドに座り大きく手を振っている。先ほどとは全然違う雰囲気に二人は呆気にとられた。
「えっと……、ルイは?」
カエデがきょろきょろしているとケンシロウが後ろのベッドを指さした。カーテンで仕切られている奥のベッドに横たわるルイ。もう治療は終えたらしく、すやすやと小さな寝息を立てている。
「勝った方がこんなにボロボロなんて、ほんと参っちゃうッスよね」
軍帽を脱いで茶色い髪をわしゃりとかきあげ小さく笑みをこぼす。
「あの、ケンさん。さっきの試合……」
カエデが聞こうとしていることを感じ取ったらしく、ケンシロウは言いづらそうに頬をかく。
「えーっとぉ」
深刻そうな顔を見せたケンシロウにユウもカエデも息をのむ。
「いやぁ、妖力が尽きちゃったんスよね~!」
頭をかき緩んだ声を出したケンシロウに二人は声も出ない。
「さすがに乱発しすぎたッスわ。でもルイ相手に後手に回るわけにもいかなかったし」
眠っているルイの方をちらりと見て眉を下げた。
「完全にルイの方が
「っでも……!」
さらに詰め寄ろうと口を開いたカエデの裾を引っ張ったのはユウだった。
「ユウちゃん……?」
「あ、あの……」
一度口を閉じたユウは一息つくと小さく笑みを浮かべ静かに口を切った。
「観客席に忘れ物をしてしまったので、一緒に取りに帰ってきてくれませんか?」
一度ケンシロウの方に目をやったカエデはユウに向けて笑った。
「うん、わかった。行こっか」
カエデはユウの手を取り、救護室から出ていった。だが二人は観客席には向かわなかった。カエデにユウが慌てて話しかける。
「あの、忘れ物は──」
「嘘なんでしょ、知ってる」
カエデはばつが悪そうに頭をかいた。
「ありがとね。ユウちゃんのおかげでうちも気づけた」
ケンシロウは試合の時とは打って変わって笑顔だった。だがその耳も四つの尻尾もだらりと垂れ、心のうちを物語っていた。きっと部外者が口を挟んでいいことではない。二人はそう感じ取ったのだ。
「さ、うちらは帰ってご飯にしましょ」
カエデはユウの手を引き、笑顔で自分の部屋に戻った。
二人がいなくなった救護室はとても静まり返っていた。その沈黙を破ったのはケンシロウだった。
「行ったッスよ、ルイ」
その言葉でもそりとルイが起き上がり、黒髪をかきあげる。
「さすがッスね。二人が来ることを見抜くなんて」
「そりゃ、あんな終わり方したらカエデは来るだろ。試合も終わって観客席にいる理由もないからユウもついてきたってところだろうな」
ルイの推理を聞きながらケンシロウは手元にある軍帽のふちをなぞる。それに気づいたルイが言いにくそうにゆっくりと口を開いた。
「なあ、ケン。お前の兄貴分だったガクってやつが死んだ時の第一発見者って誰だ?」
「……ボクです」
ルイにとっては予想通りの答えだ。
「その時、他殺に見える現場だったのか?」
顔を歪ませ、拳を握りしめるケンシロウ。畳みかけるようにルイは続けた。
「お前が他殺だと思っている理由は、この
そこで言葉は途切れた。ケンシロウから目を背けず、ただ黙って言葉を待つ。ケンシロウの脳裏に浮かぶのはガクの遺体を発見した時のこと。自室で首を吊り、変わり果てた姿となったガク。
「ボクは
弱々しい声に耳を傾けるルイ。煤けた軍帽に一つ、また一つと雫が落ちる。
「でも
ケンシロウは大粒の涙をこぼす。震わせながら一生懸命に声を絞り出した。
「強くなっても、ボクは誰も守れなかった……!」
胸をおさえ苦しそうに嗚咽を吐き出すケンシロウ。ルイがベッドから降りて近づこうとすると、それを拒むようにケンシロウは言葉を吐き出していく。
「一目見て自殺だってわかった。でもボクはそれを受け入れられなかった。兄さんの自殺を認めてしまえば、自分の無力さを認めることになる! 他殺にして、居もしない犯人を追い続けなきゃ、ボクは! ボクは……!」
ルイはケンシロウの手から軍帽を取り、優しくケンシロウの頭にかぶせた。
「そうでもしなきゃ生きていけなかった。ボクは、最低な
ぽつりと小さく呟く。ルイはそんなケンシロウの頭を優しく叩いた。
「俺の大事な友達のことを悪く言うな。完璧なやつなんて、どこにもいない幻想を求めるな」
そう言葉を投げつけ、机の上に置いてあった狐面を自分の頭につけると、ルイは救護室を出ていった。
狐面が淡く光り、ヤコが心配そうにルイに話しかけてきた。
『いいのか、あやつ。このまま自暴自棄になるんじゃ……』
「いんだよ、ほっとけ。余計な言葉をかける方があいつに悪いだろ。ケンはそんなやわじゃない。きっと俺なんかが支えなくても、自分でまた歩き始めるさ」
ルイの脳内ではケンシロウの言葉がぐるぐる巡る。
「強くなっても……誰も守れない、か」
わずかに感じる胸の痛みを気にしながら、闘技場を出て家路を辿る。
「それよりもだヤコ、いいか。
『あ、あやつがワタシをおちょくるから!』
「それでもだめなもんはだめだ。お前に乗っ取られたら俺は何もできないんだから、しっかりしてくれ──」
行き交う人の中から何かの気配を察知したルイは後ろを振り返る。
『どうした? ルイ』
目を凝らしてみるが、人が多すぎてその姿は確認できない。
「いや、なんでもない。……こんなとこにいるはずねぇよな」
そう答え、ルイはまた歩き出した。一瞬感じた
「さて、
明後日から本選。予選でふるいにかけられ残った者だけでなく、シード権の者も参加する。つまり……。
「勝ち上がればカエデと戦うことになる」
そう独り言つルイの目は鋭くぎらついていた。拳を握りしめ士気を高める。
「なるぞ!
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