第12話 いつか


 木属性の術使いはハズレであるという話は妖怪なら誰もが耳にしたことはある。世間の役にも立たない、ただ植物を生やすだけの術。それ故、木属性の術使いはいじめを受けやすかった。

 木属性どうしの間に産まれたケンシロウは生粋の木属性。周りの目も気にせずただひたすらに強くなろうと術の練習をしていた。

 七歳のとある日、誰もいない広場で一人練習にいそしむ。


「えぇ~い!」


 手のひらからつるを出したケンシロウ。だが長く伸びたつるが全身に絡まりケンシロウは身動きがとれなくなってしまった。


「なにしてんの?」


 見ると目の前には自分より少し大きい鹿の妖怪。絡まったケンシロウを見てぷっと吹き出した。ケンシロウは頬を赤らめて俯く。


「術の練習? そんなんじゃ植物が泣くぞ」


 つるに手を触れるとつるはケンシロウから離れ、地面へと消えていく。


「す、すごい……」

「オレ、平山賀久。木属性の術使いだ」

「ぼ、ボクはいずみ犬四郎けんしろうッス」


 ケンシロウは目を輝かせながらガクを見つめる。着物に隠れたすらっとしていて細い体躯。整った顔立ちで一目で美男子だということがわかる。大人びてはいるが、黒く煤けた軍帽の横に生えかかった二本の角は年齢を装えない。


「ガクさん、いくつッスか?」

「オレは九歳」

「じゃあボクの二つ上ッスね! さっきのすごかったッス! ボクに術の使い方、教えてほしいッス!」


 必死なケンシロウが面白かったようで、ガクは二つ返事で承諾した。それからガクにいろんな術を教わりながら仲良くなっていき、ケンシロウはいつの間にかガクを兄と慕い、常にガクの後ろを尻尾を振ってついていくようになった。


「オレ、いつか人間と妖怪が仲良くなる世界を作りたいんだ」


 ガクの口癖だった。ケンシロウはそんなガクの理念に強く心を打たれた。


「兄さんは戦闘祭バトルフェスには出ないんスか?」


 戦闘祭バトルフェスで世間が賑わうこの日、いつも通り遊ぶガクにケンシロウは尋ねた。


「出ないよ」

「なんでッスか? こんなに術使うのうまいのに」


 ガクは自分の拳を握りしめ、見つめる。


「木属性は、戦うための力じゃないと思うんだ。みんなを癒したり、守ったり」


 ガクはケンシロウに拳を向けて開くと、一輪の花が出てきた。びっくりするケンシロウににかっと笑う。


「木属性の術は人を救えるんだ」


 ケンシロウはガクの言葉に目を輝かせた。身を乗り出し、興奮気味に口を開く。


「ボク、強くなるッス!」

「え?」

戦闘祭バトルフェスで優勝できるくらい強くなって、そしたらボクもみんなを救えるようになると思うんス!」


 ガクはははっと笑った。


「そうだな。ケンシロウが目指すって言うならオレも戦闘祭バトルフェスに出よっかな」


 ガクはかぶっていた軍帽をケンシロウの頭にかぶせた。


「こいつ、あげるよ。オレのお守り」

「どうして……?」

「この軍帽はオレの父さんからもらったものなんだけど、オレの父さんとっても強いんだ。だからケンシロウが戦闘祭バトルフェスで優勝できるように、お前にこれやる。いつか戦闘祭バトルフェスで一緒に戦おう」


 ケンシロウは四つの尻尾を左右にブンブン振りながら元気よく頷いた。いつか二人で一緒に戦闘祭バトルフェスで、舞台に立って戦うんだと、ケンシロウは意気込んでいた。



 舞台上で対峙しながらケンシロウは軍帽を深くかぶりなおす。いつか、いつか、でも……そのいつかは来なかった。

 ケンシロウが戦闘祭バトルフェスに出る理由はお金が欲しいわけでも、名誉が欲しいわけでもない。勝つために、勝って強さを証明して──みんなを救うために。

 大きな鐘の音が鳴り響き、試合が始まった。


つるスティルプスフラッゲルム!」


 先に動いたのはケンシロウ。しゃがみ込み地面に両手をつくと、そこから亀裂が伸びルイの足元から巨大なつるが現れた。倒れこんでくるそれらを避けながらルイは木刀を構え、ケンシロウに向かっていく。


旋風ウェルテクス!」


 ルイに手のひらを向けると、旋風がルイの体を包み込む。


「ぐっ!」


 ルイは強風に飛ばされ、遥か上空へと舞う。ケンシロウは弓を構えるように両手を広げ、ルイに狙いを定める。


旋風ウェルテクスアルクス


 詠唱とともに弓が現れ、それを引くと渦を巻きながら弓矢がルイに向かって飛んでいった。


「ハイペース過ぎるだろ、ったく」


 息つく間もなく繰り出される攻撃に思わず不満が垂れる。風にあおられながら飛んできた弓矢を木刀ではたき落とすと、そのまま木刀をケンシロウに向けて思い切り投げつけた。

 ケンシロウはガクの言葉を思い出す。


『植物のことをちゃんと思いやるんだよ。植物ともっと会話しろー?』


 にいっと笑い犬歯を見せると、右手の人差し指をくるりと上に向けた。


「行け」


 はたき落としたはずの弓矢がくるりと向きを変え、ルイの右腕を貫いた。


「痛ッ!」


 ルイは落下し、地面に頭を打った。ルイが投げつけた木刀はケンシロウの横を通過し、地面に転がる。


「もう終わりッスか? いいんスよ、使っても」


 痛みを堪えながら起き上がったルイ。頭から流れる血に気づき拭っていると、狐面が淡く光りだした。


『ワタシと勝負する気か、小童』

「やめろヤコ!」


 飛び出しそうなヤコをルイが必死に止める。


『何故だ! いざという時のためにワタシがいるんじゃ……』

「この祭りでお前を使う気はない。そういう約束だろ!」


 ケンシロウは舌なめずりをする。


「悪いけど、ボクは容赦しないッスよ。優勝、したいんで」


 ルイに手のひらを向けたケンシロウ。観客席で見ていたカエデは苦い顔をする。


「右腕を貫いた弓矢より頭を打った衝撃の方が強いわ。意識を保つのが精一杯なはず。これは……」


 ユウも心配そうに舞台を見つめている。誰もがルイの敗北を覚悟した。


死を呼ぶ大地モルス・テララ!」


 ケンシロウの叫びとともに地面が割れ、ルイを飲み込んでいく。ルイは動かぬままただじっとケンシロウを見据える。何もしないままルイは岩盤に埋もれてしまった。

 静まり返った舞台。観客たちは恐る恐るカウントダウンを始めた。このまま五秒間動かなければケンシロウの勝利である。

 だがケンシロウは嫌な予感を感じていた。ルイのあの静かな眼差しは──


「五……四……三……!」


 ガラリと瓦礫が崩れる音がし、ケンシロウの背筋が凍る。隙間から流れ出た殺気に気づき、瞬時に構えた。


「あー……いてぇ」


 ゴロリと大きな音とともに瓦礫をどかしながらルイが起き上がった。血まみれだがその眼は血走り、狂気じみた笑みを浮かべている。今までとは違った雰囲気のルイにみんな絶句した。


「余計な血が抜けて、だいぶ頭がすっきりしたぜ。やっぱバトルってのはこうじゃなくちゃなぁ」


 滴るほど血を流しているルイ。もう疲労困憊のはずだが、その気配は明らかに常軌を逸していた。


『おい、ルイ! お前もう……』

「うるせぇ、ヤコ」


 ルイはボロボロの布切れとともに血のついた狐面を外すと舞台袖に投げた。鋭い眼差しで睨みつけてくるルイに何かを感じたケンシロウは、急いでルイに手のひらを向け術を発動させる。


旋風ウェルテクス!」


 吹き付ける風に耐えながら、ルイはじっと相手を見つめる。何かを訴えるような目に、ケンシロウは旋風を強くさせる。


「ボクは勝ちたいんス! 勝って……」


 ルイは飛ばされないように必死に耐える。どちらが劣勢か、誰がどう見ても明白だった。だが優勢であるはずのケンシロウの顔はどんどん歪んでいく。


「勝って……、みんなを救えるくらい強くなって……!」


 ルイに向けていたその手は震えていた。ルイはもう一本の木刀を構える。風の巻き方。方向。強さ。ルイは一歩、足を踏み出した。その事実でケンシロウの脳内に雑念がよぎる。


「ボクはルイなんかにっ、負けてたら……」


 目を潤ませ必死に風を送り続けるが、ルイの歩みは止まらない。


「──どうしてあんな強風なのにルイさんは飛ばされないんですか?」


 ユウの疑問は最もだった。最初に旋風を受けた時にはルイは簡単に飛ばされていた。カエデは舞台から目を離さないまま答えた。


「あの旋風ウェルテクスは渦を巻いてるから多分風の軌道があるのよ。それさえ見抜ければきっと耐えることは可能なのだろうけど……」


 それでも近づくことは難しいはず。それができているということは……。


「雑念で、術の威力が弱まってる……?」


 妖術はイメージから成り立つ幻像。脳内でどんな技を繰り出すかイメージすることで術が発動する。つまり雑念でイメージが崩れれば、妖術は威力を失いやがて消える。

 だが優勢であるはずのケンシロウが何故そんな雑念を抱くのか、それは今舞台に立っているこの二人にしかわからない。

 ケンシロウまであと二メートルにまで迫ったところで旋風は完全に威力を失い、消えてしまった。ケンシロウは手をだらりと垂らし、完全に戦意を喪失してしまっているようだ。

 ルイはケンシロウの背後にまわり、木刀で静かに首を叩く。


「倒れてくれ」


 ルイの言葉通りケンシロウは倒れ、観客はカウントダウンを始める。ルイは投げて落とした木刀を拾い、カウントがゼロになるのを待った。

 そして──試合終了の鐘がドーム内に響き渡った。

 ケンシロウはゆっくりと起き上がると救護室に向かう。その背中にルイはずっと憐憫の目を向けていた。

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