第11話 山窮まり水尽く男たち

 三日目、ルイは一試合目からということで朝から忙しそうにしていた。三人で朝ごはんを食べ終えると急いで準備をする。腹部に巻いていた包帯を外し、状態をチェックする。


「うん、バッチシだな」


 患部をポンと叩き、完治したことをアピールした。


「よかったです、ルイさん」

「これで負けても言い訳できないわね」

「こんにゃろ、自分はシードだからって……」


 にやにやと笑うカエデを睨みつけながら準備を進めるルイ。一日目と同じように着替えも済ませ、武器も揃えた。


「よし、じゃあ俺は先に行ってるから、お前らは観客席で大人しく俺の活躍を見てるんだな」


 腕を突き上げ、ルイは気合を入れる。


「目指せ全勝!」


 雄たけびをあげながら廊下を走り去っていくルイに、カエデはやれやれとため息をつく。


「ほんと、子どもね。ユウちゃん、うちらも着替えて観客席に行きましょ」

「はい!」


 一試合目はルイvsチサキ。噂のチサキを一目見ようと多くの妖怪が観客席に集まっていた。先に席をとっていたカエデとユウは見やすい位置に座りながら心配そうに舞台を見つめる。


「カエデさん。どっちが勝つと思いますか?」

「チサキちゃんがこれまでと同じ戦闘パターンなら、ルイが勝つでしょうね。ルイは逃げ足だけは速いから、遠距離攻撃ならほぼ避けれる。避け続けてさえいれば向こうが勝手に力尽きてくれるから。でも……」


 カエデは口を押さえ、考え込む。


「三年前を最後に戦闘祭バトルフェスから姿を消して、今更帰ってきてなんの進化もないわけないと思うのよね」


 選手の準備が整い、ルイとチサキが舞台にあがった。十六歳になったチサキは三年前と比べて垢抜けて大人びている。真っ白なワンピースを着こなす姿は誰もが喉を鳴らすほどの美少女である。

 そんな容姿など気にも留めず、ルイは警戒態勢に入る。試合開始の鐘が鳴り響き、先に動いたのはルイだった。十メートルの距離を一気に詰めていく。


ロックレイン


 距離を詰められることを嫌ったチサキが両手の指を合わせ唱える。するとルイの頭上に大量の岩が現れた。そして文字通り雨の如くルイに向かって降り注いだ。その様子に観客は声を漏らす。


「うわ、マジだよ」

「ひどいねー、あれじゃあ避けらんねぇよ」


 ルイは必死に逃走経路を見つけては潜り込んでいく。だが雨は息つく間もなく降り注ぐ。岩は落ちたそばから消えていくため、ルイも逃げ道の確保は可能だった。

 それが三分ほど続いた頃だった。ずっと同じ状況に飽きて観客が少しずつ減っていく中、観客席で見ていたカエデはある違和感に気づく。そしてその正体に思わず身を乗り出した。


「まさか……!」


 ルイは必死に避けながらも標的は見逃さない。鋭くこちらを見つめるチサキをしっかりと捉えていた。三分経っても疲れを知らない様子。この三年間でよほどの体力をつけたのか。いや……。


変異種ミュータントっかよ……!」


 思わずそう吐き捨てたルイ。

 妖怪が術を発動させる時、自分の体内にある妖力を使って術を発動させる。だがそうではなく、空気中に混ざっている妖力を使って術を発動させる個体が現れた。それが変異種ミュータントである。空気中にある妖力が枯渇することはまずない。つまり変異種ミュータントは半永久的に妖術を使える個体となった。

 だがもちろん欠点もあった。自分の体内に入る妖力の値は限られている。許容範囲を超えれば体内で妖力は暴れまわり、最悪の場合死に至る。そのため変異種ミュータントが生き残れる確率はあまり高くはなかった。

 三年前は変異種ミュータントとしての力をうまく扱えなかったため、自分の体内にある妖力のみを使っていたチサキだったが、三年間かけて体内に取り込む妖力の値をうまく調節できるようにしたのだ。

 このまま逃げ回っていては埒があかない。ルイは必死に考える。岩の大きさからして木刀で叩き割ったり、弾き返すことは不可能に近い。それならばとルイは誰もが目を疑う行動をとった。棒高跳びの要領で岩に木刀を突いては上へ上へと上がっていく。そして術が届かない高さまで到達したルイは大声で叫んだ。


「どうだ! ここまでくればお前がどれだけ雨降らそうが届かないだろ!」


 チサキは思わず棒立ちになる。ルイは浮くことなんかできないため、みるみるうちに落ちていく。が、ルイは木刀を構えすでに攻撃態勢に入っていた。


ロックレイン!」


 慌ててチサキがロックレインを発動させるが、ルイの落下速度の方が速かった。


「ちょっと殺す気!?」


 思わずカエデが叫ぶ。いくら木刀とはいえ、十メートル以上の高さから振り下ろせば簡単に撲殺できてしまう。チサキは迫りくるルイに怯え、目をつむった。


 ──バキッ


 風を切る音と共に木刀が割れる音がし、チサキは薄っすらと目を開ける。チサキの真横に振り下ろされた木刀は地面に叩きつけられ、半分に折れていた。折れた方の先端がチサキの頬をかすめ、切り傷をつくる。

 呆然としているチサキに対し、ルイはそのまま頭突きを食らわせた。チサキは額を強く打ち、鼻から血を流して倒れる。観客はカウントダウンを始め、ゼロになるとルイは震える腕を突き上げ勝利を示した。

 緊張から解放されたカエデは全身の力が一気に抜け、椅子にぺたんと座り込んだ。


「びっくりしたぁ……」


 チサキが救護室に運ばれるのを見送りながら、ルイは折れた木刀を拾うと頭をさすった。


「痛ぇ……」



 ルイは休憩室で二試合目が終わるのを待った。二試合目はケンシロウvsヒビキ。


「やっぱ今回は若手が多いなぁ。毎試合どっと疲れる」


 試合の様子が映されているモニターを見つめながら独り言つルイ。時折右腕をさすり、気にする素振りをみせる。


『腕、怪我したのか?』

「ヤコはほんとに勘がいいな。そりゃ、あんな高さから地面に向けて木刀振り下ろしたんだからダメージないわけないよな」


 折れてはいないだろうが、若干痛みを感じるのがルイは気になっていた。


『お、試合終わったぞ』


 ヤコに言われ、ルイはモニターを見る。倒れていたのはケンシロウだった。


山羽やまば響生ひびきといったか、あの小僧。ケンシロウを倒すとはなかなかだな』


 山羽響生。十二歳。火属性の術使い。粗削りだが持ち前のセンスで試合を勝ち抜く若人。


「若いやつは型にはまらない戦い方をする。個性的でそれぞれに対策を考えなきゃいけないからやりにくい。ただ、実力がまだまだなやつが多いからチサキ同様、博打感は否めないけどな」


 ルイは支度を済ませ、舞台袖へと急いだ。右腕の痛みは未だ消えず、ルイの心の中には不安が募る。使えないほどではないが、多少の動きづらさを感じる。三本用意した木刀も二本になってしまった。この二つの懸念事項がルイの勝利に暗影を投じることになる。


「──そんな……」


 ユウは口を押さえて驚きをあらわにする。カエデも汗を滲ませ、舞台を真っ直ぐ見つめる。舞台上にはガッツポーズをする男の子と倒れているルイがいた。

 。今まで圧勝してきたからこそ、その事実は観客の心をざわつかせた。

 救護室に運ばれるルイを見ていたカエデが急に立ち上がった。


「うち、ちょっとルイの様子見てくる」

「わ、私も行きます!」


 後を追うユウ。救護室に入ると、ルイは椅子に座って治療を受けていた。


「んお? どうした二人とも」

「どうしたじゃないわよ。二連敗もして……怪我は大丈夫なの?」


 ルイの体を診ていた医者がカエデとユウの方に振り向いた。


「右腕と頭部に怪我を負っています。頭部は数針縫う程度ですが、腕は骨にダメージがあります。三試合目終了後すぐに治療をしたため、そこまでひどくはないものの通常通り動けば傷が大きくなると伝えました」

「そ、だから六試合目は傷を考慮して手ぇ抜いたわけ。まあ、手ぇ抜いて勝てる相手だったらよかったんだけどな。これで次の試合は絶対負けらんなくなっちまった」


 頬杖をついて不満げなルイ。いつも通りの様子にカエデは胸を撫でおろす。


「でもだいぶよくなったし、次はケンとだろ? 絶対負けらんねぇ!」


 右手をぐっと握りしめ、気合をいれるルイ。八試合目はいよいよケンシロウとの試合。過去の試合を思い返したカエデがあることに気づく。


「あら、確かケンさんも次勝たないと本選に進めないんじゃなかった?」

「そうですね。つまり……」


 ルイはにやりと笑い、うちから湧き出る興奮を抑える。


「山きわまり水尽く、か」


 鐘が鳴り、七試合目が終了したことを告げられた。ルイは立ち上がり狐面を頭につけると、再度気合をいれ直す。


「逆境の中で輝くのが男ってもんさ。見とけよ、俺たちの試合」


 カエデとユウに人差し指を向けそう言い放つと、ルイは舞台袖へと急いだ。カエデは腕を組み、ため息をつく。


「全く、うちらの心配はなんだったのさ。ユウちゃん、観客席に戻りましょ。二人の試合の行方を見届けないと」

「そうですね」


 ──舞台袖についたケンシロウ。呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。負ければ本選には進めない。重圧プレッシャーがケンシロウの胸を熱くする。


「兄さん、見ててください」


 二人の準備が整い、ゆっくりと舞台にあがる。凍てつく眼差しでルイを突き刺した。


「絶対、勝ってきますんで……!」

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