第15話 誰が為に
「お~、やってるやってる」
超満員の闘技場内に足を踏み入れながら間延びした声を出したハジメ。窮屈なスーツに身を包み、顔を隠すためのサングラスをかけている。ココはハジメに抱きかかえられながら舞台を見つめていた。
「二試合目が始まったってとこか。リューは危なげなく勝ち進んだらしいな。にしてもリューを出すよりココが行った方が良かったんじゃないか? あんたの方がさくっと勝てるだろうに」
「ハジメ、ココの考え伝わってない」
口を尖らせながらハジメに視線を移し、不満げなココ。
「勝敗は関係ない。存在を示すだけでいいの」
「え? 少しでも勝率をあげるためにわざわざシードで参加させたんじゃないの?」
ココは首を横に振った。
「勝てたらそれで構わない。でも負けてもいいの」
ココははっと息を吸い込み、冷たい眼差しで舞台に立つルイを突き刺す。
「これは宣戦布告、だよ」
ハジメには全く理解ができなかったようで頭をかく。
「ただなぁ、お前が負けるのはないだろ、ケン」
その言葉でハジメの右隣りにいた茶色い獣が「うっ」と反応する。
「す、すみません……」
軍帽を深くかぶり、目立たないように身を縮めている。
「ケンシロウ」
名前を呼ばれ、背筋が凍る。それほどまでにその声には威圧感があったのだ。ギギギと首を動かし、声の主であるココに目を向ける。ココは青みがかった黒い瞳でケンシロウをじっと見つめていた。
「次はないよ」
ケンシロウは四本の尻尾をだらりと垂らし、ココから目を背けた。そして顔を歪ませながら小さく呟いた。
「はい……」
*
ルイもカエデも危なげなく勝ち進み、無事に本選一日目を終えた。
「で、明日は勝てそうなの?」
「まあ、たぶん……? それよりお前は自分の心配しろよ」
「お生憎様、うちは大丈夫よ。今日の様子からして運で勝ち上がったヒトっぽいから」
「ユウを一人にはしておけないから、明日と明後日はケンについてもらうことにした。さすがに闘技場内で何か起こるとは考えにくいけどな」
「お気遣いありがとうございます」
ご飯を食べ終えた三人は店を出た。
「じゃあ俺ちょっと寄るとこあるから」
「わかった。また明日ね」
カエデとユウから離れ、ルイは『神の森』に足を踏み入れる。うっそうと生い茂る木々をかきわけ、深い森の中へと入っていく。
神の森。地図上で見れば大して広くはない。だが本当の広さは未知数と言われている。進めば進むほど霧が濃くなり、距離も方角もわからなくなる。
むやみに入って迷子になる者も多く、神隠しにあったという騒ぎにもなったことから妖怪たちはほとんど立ち入らなくなった。
ルイはそんな森の中を迷いなく歩いていく。森の奥深くに入っていくほど、祀られている神様の格もあがっていく。つまり上位の神様を守るためのシステムなのだ。
――シャラン
遠くの方で鈴の音が鳴り、ルイは足を止めた。ヤコを頭につけていることを確認し、一歩足を踏み出す。
その瞬間、暗闇の中で周りの木々が緑色に淡く光りだした。とても幻想的なそれが歓迎の意であることをルイは知っていた。ほっと息を吐くと気を緩ませ笑みをこぼす。
「どうも、お久しぶりで」
狐面からヤコが飛び出し、彼の元へ行った。
「おや、誰かと思ったらルイ君じゃないか。なんの用?」
少年に撫でられたヤコは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「いやあ、ちょっと困りごとがあるんすよ。だから力を貸してほしいな、なんて思いまして」
少年が近くの石に腰を下ろすと膝の上でヤコが丸くなった。
「
少年は目を細めて笑った。
「なるほど、助けが欲しいと」
ゆっくりと立ち上がり、ルイの胸に右の人差し指を当てる。
「利子は高くつくぞ」
ルイはすぅっと息を吸い込み、少年を真っ直ぐ見つめた。
「そんなの、
少年がルイから距離をとり、両手を前に突き出すと虚空から刀が現れた。刃のない、特殊な刀だ。それをルイに向け、少年は大きく笑った。
「さあて、出番だぞヤコ!」
待ってましたとばかりの勢いで体をくねらせながら、ヤコが少年の腕にまとわりつく。刀の柄の部分に吸い込まれたかと思えば、黄金色の立派な刃が現れた。
少年はその刀をルイの胸に突き刺した。刃はルイの胸を貫いているが、血は出ていない。徐々に全身を何かがめぐる感覚にルイはひどい倦怠感を覚える。目を瞑りながらそれを必死にこらえていると、少しずつ胸に空気が通るような心地よい感覚に変わる。
「終わったよ」
少年の一言でルイはゆっくりと目を開ける。少年の手に刀はなく、肩の辺りでヤコがふわふわと浮いていた。少年は人差し指を口元に持ってきて静かに笑う。
「
ルイは小さく頷き、踵を返した。ヤコもその後を追う。森の入り口辺りまで戻り、ルイはふと後ろを振り返る。木々に光はなく、生い茂る草木たちが森の奥を隠していた。
「ヤコ、面に戻って」
ヤコが狐面の中に潜ったのを確認し、ルイは家路を辿った。
*
本選二日目。ユウをケンシロウに託し、ルイは舞台袖に向かった。呼吸を整え緊張をほぐす。全身がドクドクと脈打つのを感じながら、準備が整うのを待った。
『両選手の準備が整いました。まずは東、大日向類』
名前を呼ばれ、ルイは大きな歓声に包まれながら舞台にあがる。
『対するは西、桜木龍人』
アナウンスとともにあがってきた彼を鋭い眼差しで睨みつけた。リュウトもぎらついた目をこちらに向けている。
大きな鐘の音が鳴り響いたと同時にルイが動いた。一瞬で十メートルの距離を詰めていく。木刀を振り下ろしたルイに対し、リュウトも雷剣で迎え撃つ。やはり無詠唱だ。
「っ……!」
剣が交わるぎりぎりで回避し、リュウトの背後を取ると再び木刀を振り下ろす。自分の足に微かな痺れを感じ、ルイは動きを止めた。地面から足をつたって全身に電流が巡ったのだ。
リュウトは形状を維持している雷剣を横に薙ぐ。ルイは目一杯の力を振り絞り回避した。
このままでは後手に回ることになると悟ったルイは一旦リュウトから距離をとった。だが電気はフィールド全体をめぐっている。距離をとっても痺れは治まらない。
動きの鈍いルイに引導を渡すべく、リュウトが動きだした。雷剣を消滅させると両手をルイに向け、大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、観客は大きくざわついた。リュウトの右手からは電撃が、そして左手からは炎が激しく飛び出したのだ。いたずらに暴れまわるそれは観客にも当たりかねない。慌てて審判が注意を促す。
「ちょっと君! 観客に危害を与えたら――」
「わかってるって。大丈夫大丈夫」
一見乱雑に繰り出しているように見えて、ちゃんと舵はきっていた。観客に当たる前に屈折させ方向を変えると、その攻撃はルイに向かっていく。
観客席から見ていたユウは表情を曇らせた。
「これ、どうやって避ければいいんでしょう……」
「でもルイはなんか算段があるみたいッスよ」
隣で見ていたケンシロウがルイを指差した。全身をめぐる電流で体は思うように動かない。乱雑に繰り出された技はどこから襲ってくるかわからない。にもかかわらず、ルイの目はリュウトを真っ直ぐ射抜いていた。まるでこの状況を読んでいたかのように。
右手を高く天に突き上げたルイ。人差し指を空に向けると大きく叫んだ。
「
突如リュウトの頭上に雷雲が現れ、けたたましい音を立てて雷が落ちた。技を受けたリュウトはふらつき倒れかかるが、右足で踏ん張り堪える。属性の関係で雷には多少の耐性があったのだ。それでも倒れかかるほど、ルイの技の威力は群を抜いていた。
リュウトは苦い顔をする。
「あいつ、妖術使えないんじゃなかったのかよっ!」
リュウトが乱発した電撃と炎はまだ生きている。右手を天に突き上げているルイは隙だらけ。避ける気配すらなかった。それにケンシロウが気づく。
「わざと受けにいってる……?」
直後、ルイは電撃と炎を同時に浴びた。体が燃えるような熱さに頭の奥で何かがはじける感覚に襲われる。だがルイの眼は死んでいない。むしろ水を得た魚のように生き生きと、突き上げていた人差し指をリュウトに向けた。
全てを察したリュウトの顔が引きつる。
「違う、俺の技を……反射している……?」
ルイがやっていることは
ただ〝反射〟と言葉にするだけでは猿真似のように聞こえる。だが他人の妖術を体に取り入れるという行為は本来とても危険なもの。
例えば同じ血液型の血液、もしくは異常反応が現れない血液型でなければ輸血できないように、妖術も相性が良くない限り体内で妖術が暴走し、死に至る。それを昇華させ自分の物にしてしまう者がどこにいるのか。
「やられた分、しっかり返させてもらうぜ!」
人差し指に集約されていた電撃と炎が一つの巨大な球となり、リュウトに襲い掛かった。自分の数倍の大きさの爆弾に為す術なく飲み込まれ、リュウトは意識を失う。
カウントダウンを聞きながらルイは疲れ切った様子で、倒れているリュウトを見つめる。
「なかなか強い妖力だったぜ、
ぽつりと呟いた頃、カウントダウンがゼロになりルイの勝利が告げられる。ルイは拳をぐっと握り勝利を噛みしめると、ゆっくりとその場に倒れこんだ。
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